第11話
嫉妬や好奇の視線の中に一つだけ違う種類の視線がある。
なぜ視線というのは声も出していないのにこれほど雄弁なのか。悲しいことに目が合っていなくても感情が何となく分かってしまう。
それにしても、視線の種類なんてなぜこっちが肌で見分けてあげなきゃいけないのか。
うんざりしながらその視線の方向には絶対に顔を向けないでおく。というか、そんなに見ていたらミラベル以外でも気付く人が出てきそうなのでやめてほしい。
フィッツロイにどんな呪いをかけられるか聞いてみよう。
「呼んだにゃ?」
声がしたのでキョロキョロする。
「どうした?」
「あ、いえ。何でもありません」
隣のギルバートにそう聞かれたので、視線だけでフィッツロイを探す。この人、どこかへ行ってくれないかしら。さっきからエスコートしてはミラベルの横に置物のように立っているだけなら。
「にゃはは。俺ちゃん馬車の中だよん。離れてても頭の中で会話できるみたい。契約したからにゃ」
「え、それってなんか嫌だわ」
頭の中覗かれてるみたいじゃない。
「ひどっ! 便利にゃん。誘拐された時とか」
「例がとても物騒ね」
「侯爵夫人なら狙われてもおかしくないにゃ。それで、どんな呪いならかけられるかって話~?」
フィッツロイと頭の中で喋っていると笑ったり怒ったりしてしまうので扇で顔を隠す。フィッツロイはさすが悪魔なだけあってミラベルを苛立たせる天才ではあるが、ギルバートほどではない。
「そうだにゃ~。今すぐなら水虫になる呪いとか、コイン禿げを頭のあちこちに作る呪いとか、キスのやつとか、歩くと必ず靴に小石が入るとか」
「悪魔のわりにしょぼいわね」
「水虫はキツイにゃ。髪の毛とか寿命くれたらにゃ~」
このあざと可愛いネコのような喋り方にも慣れてきた。それよりも悪魔って水虫になるの? 小石も地味にキツイけど……。
「そうしたらどんな呪いができるようになるのよ」
「それはわかんにゃい~。俺ちゃん、新米悪魔だから強くなったことない。知識もない」
「努力してよ」
他の貴族が挨拶してきたので頭の中でのフィッツロイとの会話を中断する。しばらく挨拶回りをして、フィッツロイと落ち着いて会話でもするかとギルバートの側を離れようとした。
「では、私は友人に挨拶してきます」
高位貴族の集まりだからどうだろうか。あの伯爵家のご令嬢くらいは来ているだろうか。一声かけて歩き出すとギルバートがついてくる。
「どうかしましたか」
「いや、一緒に挨拶しようと」
「大丈夫です。それよりもあのお方の意味深な視線を何とかしてくださいませんか。ずっとうるさくてかないません」
顔はそちらに向けず視線だけで示す。その方向にはもちろん第二王子妃がいるのだが……。なぜあのような縋るような目でこちらを見てくるのか。体に危険物でも巻かれているのか、自分から声をかけると死ぬのか。あ、この呪いは面白いかも。
「何か話したいことでもあるのではないでしょうか。思い詰めたご様子ですよ」
「もう彼女は第二王子妃なのだし、関係ない」
いやいや、結婚したのに初恋引きずりまくりじゃない。
「関係なくともあのような目を向けられるということは他の方は何かあると思うはずです。対処してくださいませ」
ギルバートはまだ迷っているのか第二王子妃のいる方向を見たいが見れないといった動作を何度か繰り返す。
「『私には愛する人がいる』と自信満々に話していたのですから。その愛する人がお困りですよ。私は巻き込まれるのはごめんです」
しばらくしてギルバートはパーティー会場から一旦出て行った。ややあってから第二王子妃もさも化粧直しをするかのように出て行く。
第二王子妃のウワサはこの前、公爵家のお茶会で聞いたばかりである。どうも彼女は王子妃の仕事がきちんとこなせないらしい。妊娠の話ではなく、仕事の話だ。
結婚して2年までは甘く見てもらえたが、三年目の今年からは周囲の目が厳しくなっているようだ。その泣き言でもギルバートに聞いてもらうのだろうか。
「夫の後を女性が追っているのに君はとても余裕そうだ」
急に隣で甘い香りとともに声がした。視線を上げると、見事な金髪の男性がアルコール片手に横に立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます