夢かわピンクの必殺ピザ

長月瓦礫

夢かわピンクの必殺ピザ


蓋を開けると、ピンクのピザが鎮座していた。

ピンク色したふかふかのパン生地、持ち上げた途端にこぼれるマーブル模様のチーズ、健やかな焼き加減、これが今話題の夢皮亭のピンキーピザだ。


販売当初は全体が淡いピンク色のピザが写真映えすると、若い女性を中心にひっそりと話題になった。

しかし、見た目に反して味もいいとメディアで取り上げられた途端、知名度は爆発的に上がった。


全国からピンキーピザの注文が相次ぎ、パーティにお呼ばれする社長令嬢の如く各家庭で開かれるパーティで振る舞われるようになった。

三つ星シェフからは絶賛こそされなかったものの毒々しい見た目と共に徐々に受け入れられつつあった。


「これが噂のユメカワピザ! マジでかわいいよねェ!」


蓋を開けた瞬間、チカは歓声を上げた。

スマホのカメラを向け、写真を撮る。

具材一つないピザがでんと箱に収まっているだけで、特に何もない。


「……なんかネットで見たのと違くね?」


彼氏のヒューマは首を傾げる。

夢皮亭のピザといえば、女子ウケを狙ったピザが大当たりし、関東を中心に勢力を広げているピザ屋だ。


ピザ屋だから、ピンク色じゃない普通のピザもある。

正直、マルゲリータが食べたかった。

こんな訳の分からないピザじゃなくて、普通のピザを食べたかった。

しかし、チカがどうしても食べたいと言うので、思い切ってデリバリーを頼んでみたワケだ。


「そりゃあそうよ。よーするに飾る前のクリスマスツリーみたいなもんだからね。

盛ってからが本番って感じ? これとかメッチャ可愛いでしょ?」


チカは写真を見せた。

彼女の言うとおり、ピザが山のように盛り付られているのだ。

これでもかと言わんばかりにピザにデコレーションを施し、可愛さと物量で情報量がとんでもないことになっている。


「ほらほら、いろいろ買ってみたからやってみよ! ねっ!」


チカはテーブルの上にデコレーションをのせた。

パステルカラーの小さな人形や虹色の砂糖、どれも食用には見えない。

ていうか、どこで買ってきたんだよ。

生まれて初めて見たよ、こんなケバケバしい食べ物。


呆気にとられているヒューマの隣で、チカは写真を見ながらピザを飾り付けている。

どれもケーキの上にのせるような物ばかりで、とてもじゃないがピザ用のそれには見えない。女子の考えていることは本当に分からない。

しかも、これが世間で絶賛されているのだから本当によく分からない。


ヒューマはつぶらな瞳をした馬を手に取り、しげしげと眺める。

ペガサスだったかユニコーンだったか、区別はつかない。

角があるか翼が生えているかの違いでしかない。

フィギュアをこっそり元に戻した。これを飾る気にはなれなかった。


いつの間にか、様々なフィギュアが並べられ、虹色の砂糖がふりかけられていた。

おもちゃみたいな地獄が生まれてしまった。

チカはピザを一切れ紙皿にのせて、ヒューマに差し出した。

本当に可愛い笑顔だ。天使のような笑顔だ。


「これ、本当に美味しいんだから食べてみてよ!」


「……食べたことあんの?」


「この前、友達と一緒に食べたんだ! 本当に美味しかったんだから!」


写真には見知った顔の女子と中心にデコレーションされたピザがある。

なるほど、どうりで手馴れているわけだ。

女子同士のほうが盛り上げるに違いない。


とろりと溶けたチーズはマーブル模様を描いている。

ピザには様々なフィギュアが飾られており、皿ごと持たないとこぼれ落ちてしまう。

濃いピンクのパン生地なのに、香ばしい香りが漂っている。


あくまでもピザであることを思い知らされる。

ヒューマは恐る恐る口へ運び、ゆっくりとかみしめる。


ピンク色の見た目なのに、ちゃんとピザだ。

これは世間が正しい。俺の感覚がずれているだけなのかもしれない。


チーズの濃厚な味が口に広がったその瞬間、意識は天国へ飛んだ。

手からピザと落とし、ばたんと後ろへ倒れた。


「言ったじゃんよ、盛ってからが本番って」


ピザに盛ったのが単なる飾りだと、どうして思えるのだろうか。

こんな毒々しい見た目をしているのに、どうして食べようと思うのだろうか。


私はそうは思わない。


玄関からパステルカラーのスーツを着た男たちが押し入り、ピザとヒューマを運んでいった。その光景をチカは恐ろしく冷たい目で見ていた。

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夢かわピンクの必殺ピザ 長月瓦礫 @debrisbottle00

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