セックスの誘惑

スナタナオキ

セックスの誘惑

 気がつくと、遥斗は見知らぬ空間に横たわっていた。身を起こして辺りを見回すと、すべてが真っ白だった。周りには壁が無く、上を見ると天井も無いようだ。白一色の世界がどこまでも広がっている。


 呆然としていると、背後から声が聞こえてきた。


「ここはあなたの夢の世界よ」


 振り返ると、そこには今まで見たこともないほどの美しい少女が立っていた。絵の中から出てきた、といった形容がぴったりと当てはまるほど美しい。年齢は遥斗と同じ十八ほどに見えたが、同級生の女子とは比べものにならないほど、神聖なオーラをはなっていた。


 よく見ると服は着ておらず、黒い布を一枚身にまとっているだけだった。布の隙間からなまめかしい脚が覗いている。


 見とれていると、少女が口を開いた。


「わたし、サキュバスっていう悪魔なの。サキュバスがどんな悪魔なのか知ってるでしょう?」


 知っている。サキュバスというのは夢の中で男とセックスをし、夢精させる悪魔のことだ。ということは――。


「あなたはわたしとセックスができるのよ」サキュバスは遥斗の心を見透かすように、微笑を浮かべて言った。「わたしの身体を好きにしていいの」


 そう言って、サキュバスは身にまとっていた布を落した。あらわとなった肉体は、幼さが残る顔とは不釣り合いなほどに成熟していた。


 遥斗は一瞬でサキュバスの虜となった。夢だろうが何だろうが、あの肉体を好きにできると思うと、いてもたってもいられない。


 遥斗は欲望の赴くままに、サキュバスの肉体へ駆け寄った。


 しかし、あと少しで指先が触れるという瞬間に、サキュバスはこちらを見たまま滑るように遠ざかっていった。意地悪そうな笑みを浮かべて。


「クソッ」


 遥斗は苛立ちながらサキュバスを追いかけた。全力で走るが、サキュバスとの距離は一定を保ったまま縮まらない。サキュバスはこちらをからかうように遠ざかり続ける。


 遥斗は走りながら思った。所詮は夢か、と。どうせこのまま、あの肉体に指一本触れることなく眼が覚めるのだろう。


 諦めて立ち止まろうとしたとき、サキュバスの動きが止まった。


 今しかない。遥斗は飛ぶようにしてサキュバスに駆け寄り、抱きつくことに成功した。暖かな体温と弾力が伝わる。遥斗は無我夢中で、美しい顔にキスをしようとした。


 しかし、唇が触れる寸前、誰かが遥斗をサキュバスから引き剥がした。そしてそのまま、何者かは襟を掴んで、遥斗をずるずると後方へ引きずっていった。


 サキュバスから遠ざかっていく。


 所詮は夢。遥斗は落胆しながら、サキュバスの顔を眺めていた。その顔は怒りに歪んでいた。




「おい、答えろ」


 誰かの怒鳴り声で、遥斗は目を覚ました。意識がはっきりしていくにつれ、弟が馬乗りになっていることに気づいた。


「なんとか言えよ」


 弟がまた怒鳴った。


「なに怒ってんだよ」


 遥斗は狼狽しながら尋ねた。左の頬がひどく痛む。どうやら弟に殴られたようだ。


「とぼけんじゃねえ、お前、母さんに何しようとしたんだよ」

「は?」


 遥斗は辺りを見回した。そこは遥斗の寝室ではなく、両親の寝室だった。遥斗の視界に、悲しそうな母の顔が映った。


「まさか……俺……」


 遥斗は気がついた。現実では母親に手をかけようとしていたのだと。


「父さんがいない日を狙ったのか」


 弟が吐き捨てるように言った。

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