異世界武器屋の日常~今日は珍しい来客がある予感がする~

網谷トム

最初の来客

「うーん、うーん…」 


 目の前に居る女騎士が何やら唸っている。


「この剣、軽さとバランスがいいな。握りも手の中で回らない様に工夫されている…」

「見た目は重要ではないが、とはいえやはりこの美しいデザインも良い…」


 何やら色々剣を吟味しているようだ。彼女の姿勢は堂々としており、鋭い目つきは気品の高さを感じさせる。鎧を身に纏い、剣と盾を携えて、凛とした姿が印象的だ。

 そして体つきも鎧の上からでも分かる程で、朝から良くない気分になる。


 しばらく眺めていると突然女騎士が壁から剣を次々と外し始めた。そのまま剣を十本程一抱えにしてカウンターまで来るとドサドサと並べ始めた。

 

「ヴァルター殿、選べなかった。この剣全てもらおう」


(いや、多すぎだろ普通一度にこんなに買うかぁ?)

(あと、なんで俺の名前を知っているんだ?)


 俺が混乱しているのを感じ取ってか女騎士が再度喋り始めた。


「私の同僚がここの常連でな、彼から店主殿名前を聞いてんだ」

「これはこれは名前を覚えて頂きありがとうございます」


 俺は取り合えず無難に返しながら目の前にある状況を整理する。並んでいる剣を改めると全て地方の若手鍛冶師の一品だった。どれもこれから有名になるだろうという先行投資も兼ねて買い集めた物だ。それを全て引き当てるとはこの女騎士相当なマニアだろう。


「ヴァルター殿、我が求める剣の値段はいかなるものか?」

「全部で金貨八十枚になります」

「うむ。ヴァルター殿これが対価だ」


ドンッ

 目の前に金貨の入った袋が置かれる、中身を取り出し数えると、余った分の金貨を袋に戻して女騎士の前に差し出した。


「こちらお釣りの金貨二十枚になります」

「うむうむ、良い買い物だった」

「さて、これにて失礼するとしよう。また来るさらばだ。」


「はぁ…」

 ホクホクとした顔で店から出ていく女騎士を見送ると溜息が出た。なんとも濃い人物だけに終始圧倒されてしまった。




 女騎士が立ち去って時間が少し経ち昼頃になったが客が来ない。

「今日は暇だなぁ…」


 最初の女騎士以外の来客がないせいか独り言が出てしまう。普段ならこういう時は奥に引っ込んで剣を作るのんだが、ここ最近忙しかったし、今日ぐらいはカウンターでのんびりしても良いだろう。


 そうやってカウンターでだらだらと過ごしていると店先に人影が見えた。

 

 チリン

「いらっしゃい」


 ドアベルが鳴りみすぼらしい格好をした子供が入ってきた。スラムの子供だろうか、スラムの住人には手癖の悪い者も多い。俺は少し警戒度を上げる事にした。

 

 武器屋に来るのは始めてなのだろうか、キョロキョロとずいぶんとせわしなく辺り見ている。しばらくの店内を見回るとこちらの視線に気が付いたのかカウンターの方へやってきた。


「いらっしゃい。何かお探しかな?」

「この金で買える剣を売ってくれっ!」

 そう言うと子供は銀貨をカウンターの上に置いた。


 俺は改めて子供の恰好を見ると、冒険者の証である鉄プレートを首に掛けているのを見つけた。しっかりと金を持ってきた事、冒険者ギルド所属な事で、俺はこの子供を見込みのある客として扱う事にした。


「将来常連になってくれるかもしれない冒険者さんだから正直に言うけど、銀貨一枚じゃまともな剣は買えないよ。」

「そこんところなんとかならないのか?このナイフも付けるからさ」


 カウンターの上に出されたナイフを俺は手に取る。一見した限り良くある普通のナイフだが念の為、上下左右あらゆる角度から見ていく。 


 良くあるサバイバルナイフだ。全体的に手入れが良くないのか刃が欠けている所がある。凡そ見終わり、ナイフをカウンターの上に戻す。


「うーん。このナイフを合わせても厳しいね」

 そう告げると子供は明らかにしょんぼりしていまった。


「あまりおすすめしないけど、入口近くの樽に入ってる武器なら買える。ただ、あの武器たちは死んだ冒険者や倒した魔物が使っていた訳あり品なんだ。鋳造品も混ざってるし、見た目が良くても即折れてしまう可能性もある。それでも良かったら見て行ってくれ」

「ちょっと、見て来る」

 

 そう子供は短く返すと入口の方に行き樽をゴソゴソと漁り始めた。


 言葉使いは少し粗いが、少なくとも真面目に冒険者として取り組んでるようだ。あれなら多少目を離しても大丈夫だろう。




 チリン

しばらくするとまた来客を告げる鈴の鳴る。視線を入口に向けると見知った人物が立っていた。


「ダンカンさん、いらっしゃい」


 父の代からこの店を利用しているベテラン冒険者だ。少し前にBランクに上がった事もあり、ワンランク上の武器を求めてうちに依頼を出していた。


「よぉヴァルター。この前依頼した奴を取りに来たぜ」

「依頼されてた剣ですね。ちょっと待ってください、今お持ちします」


 俺はそう返すと店の奥に行き、立て掛けてある布で包まれた一振りの剣を手に取りカウンターに戻った。


「こちらが依頼されてた品になります」


 巻かれていた布を恐る恐る外していくと水色の美しい刀身が露わになった。


「純度の高い高品質なミスリルを使い鍛えた代物に、うちで契約している錬金術師が刻紋を施した一品になります」

「ほぉ!これがミスリルの剣か、直で見たのは初だ。どれどれ…」


 そういうと恐る恐る剣を手に取って頭上に掲げしげしげと眺め始めた。


「恐ろしく綺麗な形をしている。依頼していた切れ味を上げる刻紋はこれか」


 ダンカンが剣に魔力を流すと刀身に掘られた文字が光始めた。


「良い感じだ。魔力のロスが殆ど感じられない」

「ミスリルは魔力と親和性が良い金属ですからね。これはあまり知られていないですが、使用者の魔力に馴染む性質もあるので使い込む事で更に刻紋の効率を引き出せますよ」

「よし、これを受け取ってくれ」


 ドンッドンッドンッ


 ダンカンは懐か金貨の入った袋を複数取り出してカウンターに並べ始めた。


「金貨五百枚だ。確認してくれ」


俺は金貨の袋を一つ取り中身を皿の上に取り出した後に混ざりものが無いかの精査と枚数を数えた。それを五回程行い会計を終えた。


「金貨五百枚確認しました」

「ありがとう。また近い内に来る、それまでに使えそうな武器を仕入れておいてくれ」

「こちらこそ何時もご利用頂き、ありがとうございます」

「おうよ。じゃあな!」」


 そう言うとダンカンは上機嫌で店を出て行った。


 入口あたりでゴソゴソやっていたルーキーの子供がダンカンと入れ替わる形でこちらにやってきた。見栄えの良くない一振りの剣を持っている。


「この剣にする」子供のルーキーが持っていた剣をカウンターに置いた。

「これより綺麗な剣なら幾らでもあったと思うけど、どうしてこの剣を選んだんだい?」

「うーん。何か硬そうだった。あと厚みがあって折れ辛いと思った」

 

 少し前に亡くなった中堅冒険者が使っていた剣だ。長く使われていたからか使い古した感が強く、相当な激闘だったからか酷く汚れた状態でギルドから送られてきた物だ。しかし、見た目に反して作りはしっかりしたし、手入れを怠らなかったのか刃こぼれも無かった。金の無い駆け出しの冒険者が使うには最良の物だろう。

 

 俺はなんとなくこのルーキーの少年の先が見たくなった。案外将来大物になるかもしれない。


「値段は銅貨五枚でいい。一日程時間が欲しいんだけどいいかな?」

「明日も依頼があるから、すぐに持ち帰りたい」

「その剣をすぐに使うのはおすすめしない。刃こぼれは無くても切れ味は鈍っているし、握りの部分も大分劣化しているから研いで色々直してから渡したいと思う」

「直すって、そんな金はないぞ」

「君の事を面白いと思った。研ぐのも握りを直すのもタダで良い」

「わかった。ありがとう明日またくる」


 俺はルーキーの子供を見送りると早速作業に入る事にする。ワイルドボアの皮があったはず、あれは握りの素材に丁度良かったはず…俺は一人ごちるとそのまま作業場に引っ込む事にした。




 どれ程の時間作業していただろうか、何人かの来客もあり少し長引いたが何とか今日中に作業を終えた。作業場にある窓を見ると外は既に暗くなり始めており、一日の終りを感じさせた。

 

 「そろそろ店を閉めるとするか」疲れからか独り言が出る。


 店先から外に出て表を片付け始めると後ろから声が掛かった。


「君はここの店の人かな?」

「ここに僕の求める剣を扱う武器屋があると聖女からお告げを貰ったんだ」


 声をかけて来たのは旅人然とした長身の人の好さそうな青年だった。髪の毛が剣山の様にツンツンしているのが特徴的で額には金のサークレットを付けている。


「ええ、ありますよ。あなたにピッタリの剣があります」

「どうぞ、店にお入りください。あなたにしか扱えない剣をお見せしましょう」


 人の好さそうな青年を伴って店に入る。表の片付けが終ってない事を思い出し溜息が出た。

 やれやれ…店を閉じるまでもう少し掛かりそうだな。

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