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 ある日、スケルトンのもとに一通のDMダイレクトメールが届いた。彼のもとには何通ものDMが届いているのだが、それだけはタイトルが異質だったのでめについた。〈ゲーム終了協力のお願いを、元開発者がします〉

 なんとも迷惑メールっぽいとスケルトンは思ったのだが、ゲーム内でそういうものが届くことはめったにない。しかも差出人には「キマイラニンジャ」とあった。これは、現在ランキング三位、グランドドクターの一人である。

〈ゲーム終了はさせたくないですが、詳細は教えてください〉

 五分ほどで、返事が届く。

〈このゲームはもともと、フリーゲーム制作者の仲間内で見せあっていたものですが、ある理由で公開ができないと判断して封印したものです。ですが、仲間内の中に天才開発者がいました。彼は、見ただけで他人のゲームをコピーできてしまうのです。AGTUCを発見した時にはびっくりしまた。私がゲーム開発から離れて久しいため、見つからないと思ったのかもしれませんが〉

〈見てコピーしたのならば、コードなどはあなたの開発とは言えないのではないですか? アイデアを盗んだとは言えるでしょうけれど〉

〈それがどういうわけか、彼には完全コピーができるのです。自分でも気が付かないうちに、誰も起こしたことのないバグまで再現していたことがあります〉

 スケルトンは悩んだ。興味をそそられる話であるものの、にわかには信じがたい。どう対応すべきか?

〈あなたのほうがゲームを乗っ取ろうとしているとも考えられます。開発者であると証明できますか?〉

〈わかりました。以下の対処をしてください。彼ならば絶対にそこまで再現しているはずです。〉

 スケルトンのもとに、特殊なコマンドを入力するとマウスが虹色になると書かれたDMが送られてきた。マウスを虹色にする遺伝子はないはずなので、確かにそれが実現できれば「話」は信用できる。

 そしてキマイラニンジャの言うとおり、遺伝子に関係なくマウスは虹色になった。

〈信じがたいですが、あなたが開発者であることは信じます。まだ、今の運営者と同一人物ではないかと疑っていますが〉

〈それでもかまいません。とにかく、ゲームを終わらせなければならないのです。なぜならばこのゲームによって、生物兵器を生み出せてしまうからです〉

〈やはり〉

〈そこまで気が付いていたのですか。想像通りあなたは天才だ〉

〈知識があれば当然のことです。もちろん、現実のマウスにどこまで適用できるのかは知るはずもないですが〉

〈それが、適用できるのです。だからこそ、このゲームを終わらせなければなりません。兵器を作られてもいけませんし、このままでは運営者が捕まる可能性もあります〉

〈あなたも、ですね〉

〈そうです〉

〈でも、なんで僕がゲームを終了させられるんですが〉

〈パーフェクト・マウスを作るのです〉

〈パーフェクト・マウス?〉

〈死なないマウスを作ることが『理論上』できます。それが生み出された時、ゲームは終わるようにプログラミングしたのです〉

〈あなたが、ですよね?〉

〈彼もコピーしたはずです〉

〈どのようにしたらできるのですか、そのマウスは?〉

〈私も実現できていないから、あなたに頼んでいるのです〉

 スケルトンは腕を組んで首をかしげた。理論上できると言っている開発者が、実現できていないものを作る。いやそもそも、キマイラニンジャが信じ込んでいるだけで、現運営者はそんなところをコピーしていないので、絶対に実現できない可能性もある。

〈できる気がしません〉

〈あなたならできるはずです。あなたなら、「死なないマウスが作れる」という点だけでも興味がわきませんか〉

 それは確かだった。生物兵器云々は、正直スケルトンにとってどうでもいい話だった。しかしゲーム内で実現できるかもしれない特殊な状態を聞いてしまったら、作ってみたくて仕方がないのである。

〈そうですね。これまでと同じように、高得点を狙ってゲームします。そのさきにパーフェクトがあるのだとしたら、僕が達成してみましょう〉

〈ありがとうございます!〉 



 DMでは平静を装ったものの、スケルトンはとても興奮していた。ゲームで絶対的な存在になってしまうと、目的がなくなってしまう。そうやって彼は、いくつものゲームを渡り歩いてきたのである。AGTUCもそろそろ潮時かと思っていたところへ、「絶対的な目標」が作れることを示唆されたのだ。

 とはいえ、全面的にキマイラニンジャの言葉を信じたわけではなかった。スケルトンを蹴落とすために、ありもしないクリア条件を出してきたのかもしれない。

 スケルトンはまだ迷っている部分もあったのだが、いくつかの点でスケルトンの言葉を信用してもいいかと思っていた。というのも、彼の提案がAGTUCに対して持っていた疑問のいくつかを解決してくれるかもしれないからだった。

 AGTUCは単なるゲームであり、実際の遺伝子を扱うわけではない。ただ、この通りにデザインすればこのようなマウスができるのではないか、と思わせるほどリアルな部分がある。書き込みができる箇所はランダムだが、それ以外の部分は固定なわけでも完全なランダムでもない。おそらくモデルになるマウスが実際にいるのだろう、とスケルトンは思っていた。とすれば、ゲームのデータを利用するつもりだったとしても不思議ではない。

 また、「AGTUC」というタイトルにも疑問を持っていた。DNAを構成するのはアデニン、グアニン、チミン、シトシンであるが、それでは「U」がない。RNAへと転写されたときに、チミンがウラシルになるのである。スケルトンは、このゲームでは書き込めない「U」のことが気になっていた。

 RNAはDNAとは特徴が異なる。ゲームで直接扱えるのはDNAだけだが、間接的にはRNAも扱っていることになる。当然、RNAに関する知識も必要だ。

 スケルトンは、ゲームのための知識は驚くほど速く、正確に学習することができた。ゲームのためと思えばこそできることであり、学校の成績などは芳しくない。

「やったるかあ」

 スケルトンは、本気になる決意をした。


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