狼さんのお世話

クロノパーカー

第1話 魔力の森の狼

狩人だ。

草原から森、山まで駆け抜け獲物を捕らえる。

自我が生まれた時には森にいた。

そしてたまに人の町に向かう事はあるが、ほとんどの時間は自然で生活している。

そのおかげか視力・聴力・嗅覚は人間の比ではない。

だから他の狩人からは『狼』と呼ばれている。

そして今日、俺は狩り以外の生きがいを見つける。


「…ッ」

自作の弓で矢を射る。

狙いのウサギに命中する。

高い悲鳴が聞こえるが何も感じない。

もう慣れたものだ。いや、最初から何も感じないだけか。

「今日の昼も生きれるナ」

昼食の確保も済んだので今日の寝床を探す。

通常の人間のように定住をしようとは思わない。

下手に定住をしてその地域の生態系を壊すことは望ましくない。

そして現在いる場所は山。暑い時期では日影が欲しいところだ。

そう考えると森が良い。

即断即決、思い立ったが吉日。森を目指して歩きだす。


見知らぬ土地を進み続けて6時間。

途中狩ったウサギを食べ、川の水を補給しくたばる事を防ぐ。

目的はないが、『死』だけは避けようとする。

理性ある人間だからこその感性。

『狼』と呼ばれる俺でも消しきれないものだ。

「…?」

遂に森に入ったが、見知らぬ匂いが嗅覚を刺激する。

獣の匂いじゃない。人間?だけど人間の匂いでもない。

「…ッ?」

よくよく鼻腔の奥に匂いが入ってくると、脳の奥を刺激される。

痛みや苦しみではない。何か本能を刺激されている。

すると足は自然と匂いの元へ向けて走り出す。

今まで知らない感覚に対しての好奇心。人間であるからこその行動。

獣であれば知らぬものは恐怖。離れるか警戒をする。

30分間木々を駆け、徐々に匂いが強くなる。

体力は人間を超えているため、息は切れない筈。それなのに鼓動が早くなる。

本来この時間は夕食の確保をするべき。しかし食欲を超える何かが俺を動かしている。

「…ココ」

匂いの元まで辿り着いた。

周囲を見渡す。いつもと違う素材の森。

気付かなかった。ここは変だということに。

知らず内にいつもの感覚が歪められていた。

この森の中で夕食・安全な寝床も確保しなければならない。

こんなところで時間をかけている場合ではない。

「…いた」

匂いの元を見つけた。

「…ヒト?…ッ!?…違う」

見つけたのは倒れている人間だった。

しかしそこで見つけたのは、長耳族。俗にいう『エルフ』という種族だ。しかも女。

「…」

何故こんなところにいるのか考える。

エルフはこんなところにいない。もっと人里から離れた場所にいる。

…そこで気づいた。

元々人里からはかなり遠い場所にいた事は分かっている。

確かに俺は考え無しに駆けていた。

そしてこの周囲の素材。俺が今まで生きてきたうちで見た事がない。

ということは…まだ分からないがここはエルフの領域に近いのかもしれない。

「…ふむ」

とりあえず意識が無いようだ。息はしている。生きてはいる。

「…ン?」

周囲を警戒してみる。

エルフが単独で倒れているなんて状況俺は聞いた事がない。

だからこそ罠の可能性を考えて、全身の感覚を研ぎ澄ます。

「…ッ」

しかしこのエルフから発せられる謎の匂いに一部器官が麻痺しているためうまく機能しない。

それでも長く自然にいるので、無理矢理対応する。

コイツ以外に人の気配はしない。罠も無い。

「…面倒ダ」

とりあえず担いで運べるようにする。

持っている武器に触れないように位置替えをする。

「…軽イ」

まずは川を探さなければ。

コイツが何で倒れているのかは分からない。

それでもとりあえず水分補給はさせなければならない。

ついでに俺も喉が渇いた。

いつもの癖で匂いで川を探そうとしたが、後ろの存在のせいでうまくいかない。

「…捨てたイ」

本当に面倒なことになるのかもしれないという勘が働くが、今までにない感覚が気になるので無視をする。


「…」

ようやく川を見つけたので、適当な寝床を設置する。

今日はここを拠点としよう。

「…飲メ」

簡易寝床に寝かせたエルフの口を開けて水を流し込む。

「…」

太陽の位置からして今は5時頃。

いい加減夕食の確保をしなければ。

しかしコイツを置いておいていいのだろうか。

…そんなことを気にしていて自分が死んでは元も子もない。

ということで、すぐに周囲にいる動物を探しに行くことにした。

運が良かったのか15分ほどで鹿を見つけたので夕食の確保は出来た。

そこで考えたのはあのエルフは何を食べるのかだ。

実際は分からないが、エルフというのは植物性のものしか食さないというのを聞いたことがある。

こんなことを考えるのは無駄な糖分を消費している気がするが、一応拾ったからには多少考えなければ。

適当な食べられる植物や実を集め戻る。

「…ん?」

戻ってくると、エルフが起きていた。

「起きたカ」

「に、人間…?」

エルフは驚いた表情で俺を見る。

感情に連動しているのか特徴的な長耳がピコピコ動いている。

虫とか獣みたいだな。

「聞くゾ。何故こんなところニいる」

俺は少し警戒をしながら質問をする。

エルフは人間であって人間ではない。

どんな力を持ってるかは分からない。

もしの時を考えて距離をとっている。

「貴様の方こそ、ここらはエルフの森。ただの人間が入れるわけない」

「…ふむ」

このエルフは気が強いようだ。

すぐに立ち上がり意識を切り替えた。

しかもただのエルフではない。

立ち上がった時に腰の所に手を構えた。それは騎士が剣を抜くときに行うときと同じ動きだ。

まぁ何もなくて焦った顔をしていたが。

「エルフの森と言ったガ、それは本当カ?」

「あ、あぁ…この魔力の濃度はエルフの森だ。貴様のような魔力を持たない人間であれば倒れるはずだ」

確かに魔力を持たない人間が多量の魔力を受ければ酔ったような状態になるらしい。

しかし俺は何とも無い。なら気にすることはない。

「まぁ良イ。なら俺の質問に答えロ。何故お前は他のエルフといなイ」

「…っ、そ、それは…」

何か言い淀むエルフ。言い辛い事でもあるんだろうか。

「…とりあえず飯を食エ。腹減っただロ」

狩ってきた鹿をエルフの前に出す。

「我は肉は食べん」

「そうカ。ならこれを食エ」

俺はついでに取ってきた方を渡す。

「コレなら食えるだロ?」

森から採ってきた食える木の実や植物を出す。

あまり葉は好まないが、人間という栄養の吸収が不完全な生物として生まれてしまった以上、食さなければならない。

「…いただこう」

エルフが疑いの目を向けながらも植物を受け取った。

そしてエルフは静かに距離を取り、俺は鹿を焼く準備をする。

「…」

「…」

焼き終わった時にエルフは植物を口にし始める。

焼かれた鹿をかぶりつく。

余計な事をいう事が無く黙々と食べる。

その間も互いに相手を視界に入れ続けた。

相手が未知である以上、隙を見せることは自然で生きる中では御法度だ。

「助かった…感謝する」

「…そうカ。目の前で死なれてハ目覚めが悪イ」

「…ゼラだ」

「?」

突然変な事を言い出したエルフを不思議な目で見る。

「おい、そのような目で見るな。気は狂ってない」

「じゃあなんダ」

「我が名だ。一応助けてもらったからには伝えようとな」

「…そうカ。興味はなイ。3日は覚えておこウ」

他人の名など興味はない。

適当な返しをするとゼラというエルフは不機嫌そうな顔をした。

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