見られている

くれいもあ

見られている

 午前1時01分、俺は家に向かっていた。

 駅から家までは徒歩15分、駅前の大通りを7、8分歩いたあと路地に入って閑静な住宅街の一本道をひたすら進む。

 住宅街は最近できたであろう綺麗な家々と少し古い家々とが混在している。

 新しめの家は一軒家、マンション問わず3階建以上の高い建物が多い。

 一方で古い建物は良くて2階建て止まり、窓が少し開いてる家もある。価値観が過渡期である現代が家で表されているようだった。

 この道は昼夜問わず、人の往来はそこそこで、昼寝している猫の方が印象深い。今も先を女性が一人歩くのみである。

 この道は駅前と違って、街灯が疎らにある程度でその光も弱く、薄暗い。街灯一間隔分の距離が離れるだけで、前で動く者が人かどうか分からなくなってしまう。

 たまに考えてしまう。一つ先の街灯の下で動いた「何か」は本当は人じゃない怪異的な何かではないか。

 自分自身、ホラーや都市伝説の類が好きであり、こうした時にはよく想像してしまう。例えばあれはあの有名なクネクネではないかとか。

 クネクネは全身が白いという話だが、本当に白いのかは分からないし、近づいて見れば白いのかもしれない。しかしその姿をマジマジと見てしまった人間は正気を失うらしい。

 しかし、その姿を見た人が正気を失ってしまうのに、だれがこの見た目の情報を拡散しているのだろう。直接見なければ、大丈夫とかそういう裏技があって、カメラ越しに確認したとかなのかもしれない。

 

 妄想に耽ると足が早まる。先ほど前を歩いていた人との距離もだいぶ縮まっていた。

 

 俺は振り向いた。

 相変わらず薄暗い道が続いていた。

 突然振り向いたのは、見られているような気がして、ゾワッとしたからだ。

 腕や足の動きを止め、周囲を確認する。

 もちろん人はいない、しかし謎の視線を感じる。見られているという感覚だけを強烈に感じる。

 周りにあるのは建造物だけだ。小高く、きれいなマンションとさびれた古い一軒家。そして街頭がついた電信柱。

 なぜここまで見られているという感覚があるのか、ホラー好きとして原因を探りたくなった。


 まず疑ったのは、防犯カメラだ。電信柱などに取り付けられてあってもおかしくはない。薄暗い通りだからそれなりに犯罪リスクは高いだろう。

 俺は自分のいる場所から防犯カメラが取り付けてありそうな位置を割り出し、カメラの有無を確認するもその電信柱にカメラの類は取り付けられていなかった。

 電信柱の上方を見上げていた俺は、落胆とともに視線を下ろした。すると電信柱の後ろにある一軒家に目が行った。

 その一軒家の窓が少し開いていたからだ。こんな場所の古い建物だし、普通かと思っていた。


 窓の隙間、黒い影の中に『目』が見えた。

 何もない暗闇だと思っていたが、そこには目があった、自分が気づいていないだけだった。

 それが瞼が開いたことで、暗闇の中に白色の部分ができ、自分でも気づくに至った。


 心臓が収縮する。息が止まる。とっさに体を引いて、その場に尻もちをついた。

 確かにそこに人の『目』があった。幻覚の類ではないはずだ。もう一度見るわけにいかず、一軒家に背を向け、頭を抱えた。

 命を維持するため、心臓はぎこちなく動き出す。肩は大きく動くが、息はうまくできない。

 アレが何かは分からないが、先ほどから感じる視線の正体はアレに違いないと思った。


 しかし、おかしい。感じていた視線は一つではなかったからだ。今も上からの何かを感じている。

 ふと見上げた。見上げざるを得なかった。高いマンション、普段は目にも入らない高所の一室がある。

 そしてそのベランダの扉の間から、『目』がこちらを見ていた。


 「ああああぁ!!!」

 

 俺は駆け出した。

 「なんだ、なんだよ、あれ!」


 すこし行ったところで、俺は走るのに疲れて立ち止まった。切れた息を整える。

 膝に手を当て、顔を下げたまま、肩を揺らす。

 呼吸が落ち着いた頃、顔を上げた。


 「マジで何だっ……あぁ」

 声にならない高音が漏れる。

 その通りは一点を除いて、前までと変わらない。片側にマンション、もう片側に一軒家。通りを境に新旧がきれいに二分されている。

 前と違うところはその風景に『目』が加わっていることだ。

 一軒家からぎょろとこちらを見ており、マンションの全室からこちらを除く『目』があった。


 「まさか……」


 俺は恐怖に満ち、どれだけ苦しくても足を止めることなく自分の家に逃げ帰った。

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