金、飛ぶ

朝山力一

トレジャーハンター誕生

「おはようございます」

「おはようございます。鈴木さん、ちょっと変なこと聞いてもいいかしら」

「えっ、なんです?」

「今朝ね、財布をみてみたらね……」

 女性たちの井戸端会議を横目に、僕はコンビニへと向かった。アイスを買おうとした。朝食はアイスに限る。お会計。そして僕は、心から「お金がない!」と叫んだのである。


 いまどき現金派? と疑問に思う方もいるでしょうが、大学生の僕はクレカなんて持っていないし、ポンコツスマホなので電子マネーは使えない。憧れの電子マネーというわけで、無論、僕は電車も回数券派です。

 僕が電子マネーを使っているか否かというのは極めて些末な問題なわけで、というか、お札飛ぶ事件に比べたら、どんな事件もミジンコみたいになるに違いないわけで。とにかく、“お札飛ぶ”事件が貧乏人の僕を襲った。


 命の重さに大小がないのと同じように、金額の違いが重要というわけではないですが、ちなみに、僕の所持金は5千286円でした(全財産)。

 僕の財布に入っていた現金5千286円は、みんなどこかへ行ってしまった。5千円を失ったのは痛恨である。学食でカレーライスが20食は食べれたというのに。


 無料のWiFiをつかまえて、情報収集をしてみると、世界中で、お札飛ぶ事件が起きているらしかった。お札が文字通り飛んで行く姿をスマホで録画した人もいた。飛び回るお札を捕まえた人もいるらしい。その人は、捕まえたお札をペットボトルに閉じ込めたらしいのだが、謎の力が作用して、ペットボトルごと、どこかへ飛んでいったという。それなら、僕のお金は財布ごと飛んでいったんじゃない? と思ったので、ペットボトル事件はフェイクニュースだと思っている。

 ちなみに硬貨も、どっかに飛んで行ったらしい。

 お金、飛ぶ。

 そんな、非常事態を重く見た政府だが、やっぱり動きは鈍かった。むしろ、パンがないならケーキを食べればいいじゃない、みたいな感じで、そもそも、日本銀行券以外のものに金として価値をもたせればいいじゃない、みたいなややこしいことを言い出しているようである。


 僕はとりあえず5千円返ってくればいい。286円は、まぁいいけど……、いやでもこれでカレーが一杯食べれるか。むむむ。


 僕は5千円だけど、日本全国でみると、その金額は数兆円にまでのぼるそうだ。

 お札は、100兆円くらい集まって東京タワー4基分の高さになるらしい。

 それが高いのかどうかわからないけど、そんなに場所をとらないね、と思ったりもする。

 どこかへ行ってしまった日本のお金は数兆円なので、東京タワー4基分の10分の1くらいになる。これまたピンとこないけど、そのお金が、今もどこかを漂っている、はず。

 見つければ一攫千金。しかも現ナマ。手に入れれば、換金とかいう煩わしい工程なしで、バンバン使える。なんて夢のある話だろう。とりあえず、タワマンに引っ越そう。毎日、ウーバーイーツでたらふく食べて、諭吉を布団にして寝てやろう。そうだ、憧れの成金ごっこもしよう。成金ごっこといったら、お札を燃やして、明かりをとるあれしかない。

 いや、待てよ。パンがないなら(以下略)で、諭吉達の価値は消えてなくなってしまうかもしれない。そうなったら、もうただの紙切れじゃん。意味ないじゃん。そうか、そうなる前に、お札ちゃんを見つけ出さないといけないわけか。だったら早く行動しないと。


 そんなわけで僕はトレジャーハンターになった。

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