22,デートの定義とは
「(これは夢? そっか、私はずっと夢を見ていたんだ)」
そうに違いない。
おそらく、昨日の婚姻届をサインした辺りから。現実の私はきっとクビになっているんだ、そのショックでこんな夢を見ているに違いない。
だってそうでしょ、じゃないとあの団長の口からデートなんて単語出てこないと思う。
自室のベットに寝転がり、茫然と天井を見上げる。
「……それにしても、随分と長い気もするけど」
いつになったらこの夢は覚めてくれるのだろうか。
なんなら晩御飯のローストビーフだって美味しかったし、薔薇風呂も気持ちよかった。「刺繍をされますか?」と糸を持ってこられた時は「肩が爆発するので止めます」と断らせて貰った。
事実肩こりだし、何なら実家が貧乏だったため刺繍なんてやったこともない。そんなものやるのはお金と時間のある貴婦人くらいだ。
と、まあ現実では中々体験できないことができた。
もうそろそろ現実に戻らないと、生きていくのが辛くなりそう。
頬を抓ったところで、ドアが小さく三回鳴った。因みにノック二回はトイレね。
「はい!」
「奥様、失礼いたします」
ほら、奥様だって。やっぱり夢は終わってないんだよ。
キャリーが恭しく頭を下げて、入口に立っていた。
「どうかしたんですか?」
「アドウェル様から明日二人でお出かけなさると聞きました。よろしければお召し物の準備を手伝いたく……」
「(あ、夢じゃなかった)」
キャリーの目、頬の痛さを感じて確信した。
あの楽しそうな目、間違いなく本物である。
「折角のデートです! 奥様はどのようなドレスをお好みですか?」
「動きやすくて洗いやすくて伸縮性があって、」
「私どもではこちらの華やかな薄桃色のドレスなんてどうかと話しておりました!」
話聞いてた? というか、最初から聞く気無かったよね⁉
ジャジャーン! と大きく効果音を鳴らしながら、キャリーの後ろから出てきたドレスの山達。
目が潰れそうなほど煌びやかだ。思わず少し目を細める。これは一体何処からやってきたドレスなんだろうか……。
一緒に入ってきたメイド陣が姦しくはしゃぎ立て、一気に部屋が華やいだ。
「えっ⁉ 何事っ⁉」
「奥様はまだ一着もドレスを着られていないので、こちらで初めて着るのであれば絶対に最高級の物をと思いまして!」
「馬子にも衣裳豚に真珠猫に小判!」
最後の二つ、使い方あってる?
そんな私の叫びもむなしく、メイドさん達の会話は空気が満タンに入ったボールのようにポンポン弾む。
「髪飾りは豪華に金でいかがでしょうか?」
「奥様は柔らかなミルクティー色の髪ですもの、どんな色だって似合いますわ!」
「金だとあまりにも目立ちすぎます。ここは柔らかなパールをあしらって!」
「パールならこちらのブルー系のドレスが……」
「巷の流行色はエメラルドグリーンですって!」
装飾品評会か。
同僚と一緒になってはしゃぐキャリーに、そっと忍び寄る。
「あの、キャリー? デートって言っても、おそらく近場にチラッと寄るくらいだと思うんだけど……」
「いいえ、奥様。
デートとは異姓の二人が会うこと。その上で何かしらの行動を共にすることをデートと呼ぶのです。
もっと大まかにいえば、本日お仕事中の昼食も一緒に召し上がられて、ウィル様に乗馬されたというではありませんか。
それも! デートと言えますわ!」
「そうなの⁉」
雷が落ちた。
あれがデートの一貫だったのか?
ただ一緒にご飯を食べて、義弟の散歩に付き合っただけのあれが⁉
「っていうか、あれがデートというのであれば、もうそれでよくない? わざわざ着飾って髪まで弄らなくても、仕事ついでにチョチョイッて終わらせれば楽じゃん」
「違います! よいですか、殿方というのは自分の為だけに着飾ってほしいものです!
確かに今日のようにほのぼのとしたピクニックや、馬車という密室での膝枕も十分夫婦らしいと言えますでしょう。
しかし、恋人機関がなかったお二人には、やはりこういったオーソドックスなデートが必要なのです!」
……って、ちょっと待て。
「膝枕の事まで、なんでキャリーが知ってるの?」
「菫色も上品で捨てがたいですわ……」
「キャリーさん⁉」
わあ、聞いちゃいない。
私から目線を逸らしたキャリーは、再びメイド陣に紛れてドレスの選定に精を出し始めた。その変わり身の早さと言ったら。
訓練を受けていた私よりも機敏だったぞ。流石バーミンガム家のメイド、末恐ろしい。
これは今何を言っても無駄だと悟ると、足元がおぼついた。多分、ストレス。
ボスン……と柔らかな音を立てて、ベッドが私のお尻を包み込んでくれた。
「(もう、どうにでもなれ……)」
任せた、明日の自分。
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