3,悲しみより恐怖



「そんな固くならくて大丈夫だよ!」

「は、はい……」


 いや、どう考えても固くなるでしょうよ!

 滅多に来ない陸軍軍団司令塔の中心部に、着々と近づいていく。


 副団長という高貴な身分のと話した事なんて、殆ど無い。

 殆どというか、すれ違いざまに挨拶をするだけという、おおよそ会話とはいえないだろう。


 鼻歌でも歌い出しそうな程軽やかに前を歩かれる副団長は、私のペースに合わせながら長い廊下を進んでいく。

 いつだったか、マリアンが言っていた。


 下町では団長派と副団長派が別れており、それぞれに私立ファン倶楽部が結成されていて陰ながらうら若き乙女が出回っているお二方の絵姿を集め崇め奉っているのだとか。

 なんかの宗教? と口にすると、容赦ないチョップが私の頭に落ちてきた。


 団長が堅物クソ真面目騎士なら、副団長は王道王子系騎士、といったところだろうか。




「え、あれ誰?」

「さあ。あんな奴いたっけ」

「新入隊員?」

「でも見たことあるぞ」


 ほーら見ろ‼ 一躍人気者だ‼ 一番嫌なやつ‼


 ただでさえ目立つ副団長の側に居るだけで、一生分に相当する視線を浴びている真っ最中なのだ。

 ああ、私が一番苦手とすることよ……。


 なんて、副団長に言えるわけもない。ただただ黙って着いていくしか出来ないのが、現実なのだ。

 せめてマリアンが一緒に居てくれれば、このいたたまれない空気も少しは和らいだろうに……。




「着いたよ」

「ここは、なんの部屋でしょうか……?」

「ん? あ、一般騎士はあんまり知らないよね。

 ここはアドウェルの部屋だよ」

「アドウェルの部屋」


 オウム返しで聞き返すと、フニャリと蕩けそうな微笑みが返ってきた。いやいや、今はそんな歯がドロドロに溶けそうな激甘フェイス求めておらんのですよ。


「あのう、アドウェル……様? とおっしゃいますと、私が知る限りアドウェル・パッド・バーミンガム団長のファーストネームしか聞き覚えがないのですが……」

「うん、そうだよ。

 そのアドウェル・パッド・バーミンガムが君を呼んでいるんだ」


 おや? 突発性難聴にでもなったか?


 今オブライエン副団長は? 団長が? 私を? 呼んだと? 言った?


「すいません、少し耳の調子が可笑しいようでして。

 医務練に行ってきます」

「え⁉ なんで急に⁉」

「オブライエン副団長から、私がバーミンガム団長に呼ばれたと聞こえた気がしました。おそらく末期かと」

「あってるよ⁉」

「あって……あ、やはり可笑しいようです」


 きっと午前のキツい訓練のせいだ、そうに違いない。

 ウィルに癒やして貰ったあと、訓練軽減の署名活動を……しまった、知り合い殆どいないんだった。


 失礼します、と頭を下げようとすると、額を抑えられた。


「本当に‼ 取って食われたりしないから‼ 大丈夫だから‼ 怖くないから‼」

「申し訳ありません‼ 耳は可笑しくなくても今のでお腹が痛くなってきました‼」

「嘘⁉ どんな豆腐メンタル⁉ ほらっ、お腹暖めてあげるから‼」

「今のご時世その発言はギリギリです‼」

「何がそんなに嫌なの⁉」

「何がって……‼」


 そんなの、一つしか無い。


 体力測定ではいつもドべ、剣術もドベ、走らせれば後ろをノロノロ走り、腕立て伏せだって最低ライン。握力は下手すれば下町の八百屋のおばちゃんより低いし、脚力だって兎の方が優れているだろう。


 そんな私でございます。


 こんな私が戦場に出たら……ね? ほら……ね?

 足手まといな訳よ。

 

 伝手で入ったから、ある程度の猶予が設けられているとしたら。それが一年と考えれば、そろそろの時期だ。自分でも痛いほどわかる。何にも成長してねぇ。


 つまり、私は。これからこの部屋でクビを言い渡されるのだろう。


 ジワッと涙が浮かんだ。


「えっ⁉ どうしたの⁉」

「わ、わたじ……‼」


 ウィルと離れたくない。その一心であの鬼かと思うほどキツい訓練だって耐えてきたのに‼

 しかも家に帰されれば絶対強制結婚だ、もう目に見えてる。


 ウッ……と嗚咽を堪えると、すぐそこの扉が開いた。


「……何をしている」


 こえぇ。


 涙が一瞬で引っ込んだ。




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