2,剣は苦手
少々身の上話に付き合っていただけるだろうか。
私は男爵家出身だ。つまり、一応は下級の令嬢と言うことになる。没落しかかっているので、本当に底辺の底辺である。
普通なら家の復興のためとか言って、結婚したりどこか上流貴族に奉公しに行くのが妥当なところだろう。
しかしながら私はこんな性格。結婚なんてとてもではないが自信が無いし、上流貴族相手に会話なんて度胸が無い。無理無理、はっはっは。
取り柄も無くてコミュ力もない、そして使える魔法なんて本当に簡単な生活魔法くらい。
と、なると? 行き着く先は一つ。そう、引きこもり。女学校を卒業と同時に、見事実家に籠もった。
年齢は十八を迎え、ある日見かねた両親が「選びなさい。結婚か、就職か」なんて言い始めた。うん、同じ立場ならそう思う。
けど‼ 急にそんなこと言われても!
山のように積まれたお見合いの絵画を前に、窮地に立たされた。
そこで一晩考えた。お陰で次の日熱が出た。
ほとんど知らない人と毎日顔を突き合わせるより、まだふんわりした人間関係の中にいた方がマシじゃなかろうか、と。
苦渋の選択だった。そして伝手を辿り、なんとか王立騎士団の下っ端に滑り込ませて貰った、という経緯である。
我ながらなんとも甘ったれた根性だ。
そして王立騎士団に入隊したものの、予想通り私に剣の才能は無かった。
そう、私は色んな意味で底辺令嬢なのだ。
しかし! ここには馬がいる!
昔から動物は好きだったが、家に馬を持つほど裕福では無かったためここに来て初めて触れることが叶った。憧れの馬に触れ合えるチャンスを手にして、少々気持ちが持ち直した。
そう、それが今の生きがいだ。
「今日も団長は凜々しいわね」
「凜々しい? 鉄仮面じゃなくて?」
「言い方」
「ぎゃひんッ!」
いった! 足踏まれた!
バレないように足をプラプラさせながら、マリアンが敬愛してやまない団長殿を見上げた。
彼はアドウェル・パッド・バーミンガム。
広い肩幅に鍛えられた体。大地を連想させる漆黒の髪は柔らかく風に靡いている。
迷わず真っ直ぐ前を見つめる瞳は翡翠のように何処までも澄んでいて、迷いという感情を知らなさそうだ。
剣や魔法、馬の扱いはなんのその。その上男前と来たもんだ。
切れ長の瞳に射殺されたいと騒ぐ女子団員の声を聞いたこともあるし、彫刻が歩いているのかと思った、なんて大げさな比喩も耳にしたこともある。
きっとマリアンも似たようなことを考えているんだろうな。なんて、キラキラした視線をバーミンガム団長に向ける友人(多分)を、こっそり盗み見た。
因みに私は恐れ多すぎて彼女たちのようにポジティブな感情を抱けない。人間対極に居ると異性は羨望の感情に変わるのだ。
なんで天は彼に二物の三物も与えたのか。一つくらい私に譲って欲しい。
「総員‼ 構え‼」
その麗しき姿によく似合うバリトンの声を合図に、 ズシャッ‼ と耳を塞ぎたくなるような重苦しい金属音が演習場を包囲した。
王立騎士団は大きく分けて三つの部隊に別れている。
一つは私の所属する陸上軍団。馬で大地を駆け、その剣に魔法を宿し地上を蔓延る悪をなぎ払う。
もう一つは空上軍団。鷹を従え風に魔力を織り込み、降り注ぐ厄災を迎え撃つ空の覇者。
そして最後は海上軍団。海のギャング、シャチを従え母なる海の魔力を従え海中から獲物を確実に仕留める、国内最大の防波堤だ。
「(皆様すごいけどさっ……‼)」
あ、もうだめだ。
走り始めてすぐに息が切れてきた。ほらみろ、喉の奥がヒリヒリして血の味がしてきたじゃないか。マリアンがあんな遠くに……。
いつものことと言えばいつものことだ。けどこれが終わったらウィルに会えるから……!
最後尾をトロトロ走りながら、重たい剣を抱えて走る唯一の希望を胸に、足を動かし続けるのだった。
******
「ウィ、ウィ、ウィ、ウィル~~~~~‼」
「ブルッ」
「も、もうやだよぉ~~~~‼」
それはそれはとても厳しかった。
大体女性用とはいえ、剣なんて抱えて走るもんじゃない。
その後の打ち合いでもケチョンケチョンにされるし、体中痣だらけになるし‼
「ヒーン……」
「え? あ、水ね」
泣きつく私に申し訳なさそうに、ウィルが小さく泣いた。
誰だ、今日の掃除当番‼ まあ私が毎日入り浸っているからいいんだけどさ‼
姿も見せない掃除当番に呆れながら、外から水をウィルや回りの馬たちの前に流す。
「……っていうか、入り浸りすぎて君達の言いたいこと、わかるようになってきたね」
「ヒヒンッ!」
「あ、いた」
美味しそうに水を飲むウィルの背中を撫でていると、厩舎の入り口に人影が現れた。
「アイリス・クラーク! ちょっといいかな」
「……?
……⁉ あ、へぇ……⁉」
今日だけで何回逃げたいと思っただろうか。
爽やかな笑顔を振りまきながら私の方に歩いてきたのは、サラサラの金髪を靡かせた男。
陸軍部隊副団長のランドール・オブライエンだった。
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