鬼包丁

坂本 光陽

鬼包丁


 大阪府茨木市の北部に、竜王山という霊峰がある。

 小中学生の頃には、よく登ったものだ。大みそかの深夜に出発して、頂上の展望台で初日の出を見たこともある。ほとんどはボーイスカウトとしての活動だった。


 山が紅葉に色づいた季節に、竜王山でキャンプを行った。僕たち新入隊員にとっては、初めてのキャンプである。同期は一〇人ほどであり、その中にKがいた。お調子者のムードメーカーというタイプだった。


 そのKが夜にホームシックを起こして、こっそり一人で山を降りてしまった。翌朝には無事、家までたどり着いて事なきを得たのだが、夜間にKは驚くべき体験をしていた。


 まず、真っ暗な山道で、火の玉を目撃した。キーンという音を立てながら後方からやってきたという。Kを導くように飛んでおり、不思議と怖さはなかったらしい。


 火の玉が洞窟に入っていくので、Kは後に続いた。洞窟の中は意外と広く、天井の高い空間があった。二階建ての家がすっぽり入るほどだったという。


 大きな岩がいくつもゴロゴロと転がっていた。巨大な槍の穂先のように尖った岩、畳一枚分ほどの平たい岩もあった。近寄ると、悪臭が鼻を突く。糞尿と腐ったような臭いが辺りに充満していた。尖った岩と平たい岩は赤黒く汚れていた。


 どうやら、血のようである。平たい岩の上で、捕らえた獣を解体したのかもしれない。しかし、巨大な岩を包丁のように扱うものは、人間ではありえない。


 とたんに恐ろしくなって、Kは逃げ出した。洞窟の外に出ると、空が明るくなりかけていた。気づかぬうちに、洞窟の中で三時間ほど過ごしていたらしい。


 酒吞童子のいた大江山には、「鬼の洞窟」と「鬼の岩屋」がある。だとしたら、Kが見たものは、「鬼の包丁」と「鬼のまな板」ではなかったか。そもそも竜王山は、鬼にゆかりのある場所である。酒呑童子の部下,茨木童子が棲んでいたという民話が残っているのだ。


 Kはお調子者だが、嘘を吐いて他人をだますタイプではない。おそらく、洞窟は本当にあって、それらを目撃したのだろう。その後、何度も竜王山に登ったのだが、それらしき洞窟を見つけることはできなかった。


 さて、ご当地怪談を書くために、Kと連絡をとってみようと思った。随分と久し振りなので苦労したけれど、共通の知人を介して連絡先をつきとめた。


 ただ、残念ながら、Kは亡くなっていた。エンジニアとしてエレベーターを整備点検中、あやまって身体を挟まれたのだ。Kの遺体は胸のあたりで両断されていたらしい。



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