第4話 ルドヴィカの初恋7



 晩餐の始まるころには、ルドヴィカの意識も戻っていた。その夕食の席で、ヴィナ酒を飲もうとする伯爵をワレスがとめた。


「伯爵。あなたは大麻中毒になっています。この酒には大麻が仕込まれている」


 もちろん、みんながギョッとする。そのヴィナ酒を用意したエヴラールがガタンと椅子を鳴らして立ちあがった。


「失敬を言うな。それは私がおじいさまのために買ってきた酒だぞ」

「だが、じっさいに大麻の匂いがする。独特の甘い香りがするだろう?」

「そんなバカな。私はちゃんと味見もしてるんだ。おじいさまは舌が肥えていらっしゃるからな。お口にあわないものを出すわけにはいかない」


 ワレスは片手をあげ、エヴラールの剣幕を制す。


「そう。昨日、酒蔵に行ったとき、あなたは自分の買った酒の味見をしていた。それはわかっている」

「じゃあ、まぜものなんかしてないのを見ただろう?」

「ところが、こうも言える。あなたが味見するときに、ボトルが開封される。そのあと、毒をまぜこむことが容易になるのだと」

「えっ? そんな……誰が?」


 二人の会話を聞いているあいだに、だんだん、顔色の悪くなる人物があった。ギャエルだ。ギャエルはうなだれて、ソワソワし、なんなら席を立って逃げだそうというそぶりすら見せた。

 ワレスがそれをひきとめる。


「兄が買った酒瓶に、大麻を仕込んでいたのは、あんただ。次男のギャエル。そうすれば、兄の立場が悪くなり、継嗣の権利をうばわれると考えた。そうだな?」


 ルドヴィカはビックリだ。てっきり、八つ当たりで兄の鉢植えを荒らしていると思ったのに、あれは酒瓶に毒を盛るためだったのだ。


「わ、悪かったよ。でも、おじいさまに害はないって」

「大麻は常用すれば、精神を破壊する。幻覚や幻聴がいつも聞こえるようになる。錯乱し、奇行に走り、そのさいに命にかかわる大ケガをする可能性もある」

「そんなの、おれは知らなかったんだ! ほんとだ。それに、そもそも、あんな木を育ててたのは兄上だ」


 急にほこさきをむけられて、エヴラールはあわてふためく。


「わたしはただ、シュビド家で昔から薬草として育てられていた大切な鉢だからと聞いて——他意はない。どんな効果があるかなんて、私は知らなかった。ほんとだ。嘘じゃない。おじいさま、私は……」


 伯爵の孫たちを見る目はどちらにも冷たい。このままだと、エヴラールとギャエルは爵位継承権から外されてしまうかもしれない。

 このようすを母や祖母が青くなって見ているなか、父のナタンだけが、かすかに笑っているように見えた。


(この人、なんだか変だわ)


 そういえば、温室でギャエルと話していた。あれではまるで、ギャエルをそそのかしているようだった?


 すると、わかっているというように、またワレスが口をひらく。


「ところで、二人の父であるナタン。あなたは入婿だそうですね。だが、息子二人は幼かったのでおぼえていないのでは? あなたが母の再婚相手だということを。エヴラール、ギャエル。あなたたち二人は夫人の前夫とのあいだの息子だ」


 エヴラールとギャエルは驚愕している。


「嘘だ。父上が?」

「父上が、そんな……」


 ワレスは冷静に告げる。


「つまり、ナタン。あなたにとって実の息子は末子のフロランだけだ。あなたは血のつながらぬ二人の息子が継承権から外され、自分の息子が伯爵家を継いでほしいと願った。だから、エヴラールとギャエルを仲たがいさせた上、それぞれに味方のふりして、エヴラールには大麻を育てさせ、ギャエルにはその葉を伯爵が飲む酒に混入させた。伯爵を殺すつもりだったわけじゃない。大麻にはとくに治療も必要ないからな。数ヶ月、大麻を遠ざければ、やがて治る。あくまで、上二人を追い落とすためだ。そうですね?」


 ナタンは反論もできず、ガックリとうなだれた。



 *



 実家に帰ってきた。ル・ビアン伯爵家の皇都屋敷。その門前まで来ると、ワレスは馬車をおりた。


「もう行くの?」

「さよなら。ルカ。母上にもよろしく。君と君の母上の幸福をいつも願っている」


 去っていく彼を見送るとき、ルドヴィカの胸には不思議と安らぎがあった。

 自身の彼への想いが、父性への憧れだったのかどうか。それはわからない。でも、まちがいなく、ルドヴィカの最初の恋人だ。


 遠くなるワレスの背に、ルドヴィカは叫んだ。


「わたし、新しい恋をするわ。あなたのことなんて、すぐに忘れるから!」


 ワレスは背をむけたまま、遠くから手をふってよこした。まったく、最後まで小娘あつかいだ。


 でも、あの人を好きだったことは、ルドヴィカの一生の誇りになるだろう。


(ほんとに、ほんとよ。すぐに忘れる。新しい恋をすれば……)


 それは嘘だ。一生、忘れない。でも、悔しいので、その事実は自分の胸の内にだけ秘めておく。


 とりあえず、フロランとはもう一度話してもいい。

 だから、頬にすべりおちる冷たい感触も、どこか心地よい。




 了

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