第4話 ルドヴィカの初恋5



 勇気を出して迫ったのに、まったく歯牙にもかけられなかった。


 翌日。ルドヴィカはすっかりむくれて、おはようのあいさつに来たワレスを無視した。ワレスは苦笑していたが、いつのまにか離れて、どこかへ行ってしまった。彼の本来の目的について調べに行ったのだろう。


(何よ。わたしのことなんて、どうでもいいのね? もう知らない。ワレスなんて嫌い)


 護衛がいなくなったものだから、朝から伯爵家の長男と次男がうるさくひっついてくる。


「ルドヴィカ。今日こそ、いっしょに遠乗りしないか? 女はキノコ狩りが好きなんだろう? 近くの森まで行けば、花もキノコもとりほうだいだよ」


 と、ギャエルが言えば、エヴラールも負けずに割って入る。


「いやいや。美しい姫にキノコ狩りだなんて無粋だ。皇都の劇場まで観劇に行きませんか? うちの年間予約の桟敷席がある」

「はあ? 兄上はジャマなんだよ。わかんないかなぁ? おれは彼女のフィアンセなんだけど?」

「いやいや、おまえが一方的に求婚してるだけで、一度もオッケーされてないだろ」

「ウルサイなぁ。兄上がジャマしてるんだ。兄上にそんな権利、どこにもないぞ」

「ある! 私はルドヴィカ姫にひとめぼれした。なんなら、今ここで求婚する。ルドヴィカ。私と結婚してください。私ならシュビド伯爵家を継ぐ身の上だ。あなたに生涯、贅沢をさせてあげるよ」


 ルドヴィカは嘆息した。人が失恋したばっかりだというのに、そっとしといてほしい。


「わたしはそんなことより、巫女姫アウリネの第三部を読みたいわ」

「なんですか? それは」

「昨日、フロランが書斎から持っていったのよ」

「ふうん……じゃあ、皇都から宝石商を呼んで、あなたの好きなものをプレゼントしてあげよう」


 エヴラールはやけに太っ腹だ。そういえば、祖父にプレゼントもしていたし、自分の所領でも持っているのだろうか?


「エヴラールはお金持ちなのね?」

継嗣けいしですから。領内のいくつかの権利を持っています」


 金の話になって、ギャエルはおもしろくないようだ。ぷいとそっぽをむいて立ち去ってしまった。


「でも、どうして継嗣がエヴラールなの? だって、お父さまがいるじゃない?」

「父は入婿だから爵位の継承権が低いんだ」

「ああ、そういうことね。あなたの家は男子直系が最優先なのね」

「そうです。私、ギャエル、フロランのあと、母、父ですね。母の姉妹はよそに嫁いでいったので、継承権を持たない」

「わかるわ。継承権って家ごとに違うし、ややこしいのよね」


 エヴラールはまじめな嫡男だが、家名を継げる余裕があるので、派手好きで金づかいは荒いようだ。皇都の行きつけの店だとか、お気に入りのデザイナーだとか、自慢話が続いたので、ウンザリして、エヴラールが席を立ったすきに、ルドヴィカは逃げだした。


 アウリネの本を貸してもらうために、フロランを探すものの、書斎に少年はいなかった。庭の木陰で本を読んでいる姿が見えた。昨日、兄のギャエルに追いだされたので、さけているのだろう。


 ルドヴィカはテラスをぬけて、フロランのもとへ歩いていった。


「こんにちは。アウリネはもう読みおわった?」


 フロランはとたんに顔を真っ赤にして、手にした本もとりおとす始末。あからさまに動揺している。


「あ、アウリネは……まだだけど、あなたが読むなら貸してあげます」

「ほんと? 嬉しい! がんばって一日で読むわ。第二部までは、母の実家にもあるんだけど、第三部がなくて困ってたの。ああ、アウリネの続きが読めるなんて、十年ごしの夢が叶ったわ」


 十年ごしの恋はやぶれたけど……と思って、急に胸が痛む。失恋とはやっかいなものだ。


 その場で本に読みふけるふりをしてみたものの、思い浮かぶのはワレスの顔ばかりだ。ルドヴィカがまだ幼かったころの彼との思い出。肩車をしてくれたり、花冠を作ってくれたり、眠れない夜に本を読みきかせてくれたり。


(でも、よく考えたら、あのときはお母さまのベッドで三人よこたわっていたわ。きっと、わたしが二人の逢瀬のジャマをしてたのね。わたしが寝入ってから、『やっと寝たよ』なんて言いつつ、愛しあったのに違いないわ)


 どうして、わたしは母じゃなかったんだろう。母ではないまでも、せめて母と同い年なら、あの人の恋の相手はわたしだったのかもしれないのに?


 つい涙ぐんでいると、あわてふためいたすえにフロランがハンカチをさしだしてきた。


「泣かないで。僕、大人になったら、がんばって廷臣になって出世するから。そしたら、あなたを迎えに行ってもいい?」


 涙のすべる頬にキスされてしまった。そのあと、フロランは顔を赤くして、かけ去っていった。


 三人息子全員のプロポーズ制覇せいはだ。

 欲しい人の心は手に入らないのに、世の中は皮肉なものだ。

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