私のひよこぐみの日々

 あれから二週間が経過した。


 幼稚園にも、だいぶ慣れた。

 慣れてしまった。



 まず分かっていたことだが、『ひよこぐみ』というのは私専用のクラスであった。

 より正確には"この実験のために設けられていた、しかし応募がなく空席のまま何年も在籍者ゼロ"というクラスである。


 今でも断言するが、借金さえなければ……娘が居なければ、どんなに巨額の褒賞があったとしても、私は応募しなかった。



 実は幼稚園には、厚生労働省と文部科学省でそれぞれあり、別物である。


 厚労省は保育の品質や福祉に焦点を当てている。

 一方文科省だが、こちらは教育を重点においている。

 



 その上で、この「ことり幼稚園」。名前に『◯◯大学付属~』と長い名前ではないが、一応付属の私立幼稚園である。

 これがどちらに分類されるかというと文科省側となる。


 ひよこぐみはただの年少クラスではなく『特別年少クラス』となっている。


 このクラスは実験用の、


・極めて強力な利尿剤によって

・尿意が全く制御できなくなっている大人を

・3歳児と共に預かる


 為の物である。


 ただ実験のため、実情を知る人を減らすため、表向きは異なる。


 "通常の年少クラスの園児なら出来るはずのことが出来ない子を預かるため"、ということになっている。

 他の年少クラスの子供たちに少しでも早く追いつけるようにしてあげるための特別なクラス。


 よって年長や年中だけじゃなく、年少であっても私からすればお兄ちゃんとお姉ちゃんということになるらしい。


 つまり『ひよこぐみ』という名は、

"この子はまだ何もできない『ひよこ』さんだから、みんな、優しくしてあげなきゃいけない"

 とわかりやすくするための物らしい。


 私は大人な上に、入園式で散々な事をしたために溶け込むのに時間がかかっている。


 ……よって、この制度がなければ本当にどうにもならなかったと言い切れてしまう。

 一人孤立していては、ろくな実験報告もできなかっただろう。



 そして、教育機関ということもあり、誰もが私のオムツ離れ……つまり、トイレが使えるよう促している。

 私はこれに、全力で抵抗しなくてはならなかった。


 本当に、トイレに入れそうな場面は何度も合った。

 時にはおもらし確認のため、指を挟み込まれているときにオモラシした。 

 自ら力んで出したことですらあった。

 替えられている最中に漏らし、年長さんをびしょ濡れにしたことだってあった。


 流石に溢れる回数は減ったが、私は今……どのような評価にあるかは考えるのも怖い。



 クラスにおいても特別である。

 当然だが、私の机は通常のものよりだいぶ大きい。

 そして椅子が、私のものだけ肘掛けがついている。


 これはオムツによってバランスが崩れ倒れないようにするためらしい。

 今のところ、最大で三枚重ねで座った。

 しかしオムツのクッション性はかなりのもので、そのようなことは恐れすら感じていない。


 次に私のロッカーが、通常よりも大きい上に二箇所あった。

 一つは着替えが3セットずつ四組と靴下等。

 もう片方が『たくさんのオムツ』とオネショシートである。

 

 標準の厚さ5cmの物を用意され、それが二枚重ねを前提とするようになった辺り、この一度に二枚使用する環境は研究室としても予想外だったらしい。

 もちろん私が一回目のオモラシで申告出来ればそんなことにはならないのだが、それが出来るならこんな実験は不要だろう。


 

 最後に、クラスの端っこにかなり大きなオマルと、バケツや雑巾等、そして専用のゴミ箱が置かれている。

 オマルは使ったことがない……が、バケツは毎日使用されている。

 



 このように、私は園全体でとても大事に妹として扱われ、私は姉として敬わされていた。

 本当に、なんとしてもトイレに関しては期待を裏切らねばならないという点が、心を痛めている。


 

 家においては、まだ自分で替えている。

 だが、娘がかなり積極的に家事に参加するようになった。


 オムツを確認し、替えようとする事もしばしばあり『家でも幼稚園のような環境がいつか構築されてしまうのでは』と恐れ、最近は夢でもオムツ替えサれている始末である。



 だが、恐れで済んでいるのは家の内側であった。

 外側は、もう取り返しはつかないだろう。


 こんなオムツ丸出しの格好で朝夕を送迎バスで通っているのだ。

 完全に私の通園はご近所さんに知られていた。


 もはや私の姿を見れば、誰もが園児服でなくとも小走りで去ってしまう。

 実験後は引っ越しを検討しなくてはならない。


 ……だが、娘は大学付属の幼稚園ということもあり、付属の小学校へ上がることも出来てしまう。

 私の世間体を犠牲にしてでも、残らねばならないのだろうか。




 仏壇の前で涙するのも、もはや日常であった。

 骨壷に抱きつき、気づいたら寝ていることも度々あった。


 だが、この習慣も、終わってしまう。

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