オムツの園児は25歳

「ただいまより、令和××年度、ことり幼稚園の入園式を執り行います。

 本日、入園を許可された者、五十二名。

 今日から新しく当幼稚舎の園児の仲間入りをする児童が入場しますので、保護者の方は拍手でお迎えください」



 後方の扉が開いて、保護者席で湧き起こる大きな拍手。

 そこに、上履きの底ゴムが板張りの床と擦れ合ってきゅっきゅ鳴る音が聞こえ始める。


 やがて最初の園児の姿が見えた。

 顔を赤らめながらも、ときに笑顔、ときに緊張の表情を浮かべてちょこちょこ歩く新入園児と、それをエスコートする年長クラスの園児。


 保護者達は正面のステージに向かって通路を歩いて行く二人組の後ろ姿を見送る。


「何あれ……?」


 1人の保護者が驚きの混じった声を上げる。


 最後尾に現れた、目立って体の大きな新入園児の姿に保護者席がざわめいた。

 事前の連絡や説明が充分に行われていた事もあり、ざわめいたのは一瞬だけ。

 すぐに静寂が戻ってきた。


 その静寂も一瞬だった。


「やだ……あれオムツよ」

「あんなにお尻が大きい……どれだけオモラシする気なの?」

「そんなんだから幼稚園に入っちゃうのよ……」

「あんな幼い柄を嬉しそうに」


 保護者から怪訝な目。

 散々な評価、しかしそれらに反論なんか出来るわけがない。


「なんでおっきなこがいるの?」

「おとななのに、わたしたちとおそろいだー」

「ちがうよ、わたしたちおむつしてないもん」


 年中の園児らも、揃って疑問の声を上げている。



 今、私は手を引かれている。

 引くのではない。引かれている。

 こんな小さい子に両手を繋がれている。


 私だけ、左右から小さい子に手を繋がれている。


 だがそれも、悪い夢の中を彷徨っているようにしか感じられない私の耳には届かない。




 それよりも、下半身から襲いかかるこの尿意が気になった。

 漏らさねばならないとは言え、それを「どこで」という指定はない。



 せめてこの式典だけは耐えきる。

 その決意を持って、手を引かれていた。


 

 やはりややガニ股の私は遅く、ついに先導してくれていた子が後ろに周り、私のお尻を押し始めた。


 ――グジュ


「あ……」


 ……気づかれた。だが、今のところこの子だけだ。

 押すのを戸惑っている間に、遅れながらも、席に到達する。


 ステージ中央に演台が置いてあって、その左右に新入園児の人数と同じ数の木製の椅子が並んでいる。


 今、階段を登り終え、自分の席まで連れてきてもらった。

 


 


【裕子ちゃん、早く座ってください】


 スピーカーから、名指しで座るよう言われてしまった。



 心ここにあらず状態であった為、他の園児にだいぶ遅れていたのだ。

 そもそも他の園児は手をつなぎ横並びであったのに対し、裕子だけは文字通り三人がかりで引かれていたのだ。


 はっと辺りを見回す。


 他の園児は既に着席しており、早くしろと言わんばかりに見ている。

 その中には娘の姿もあった。


 一人ステージの中央のマイク前で、私の着席を待っていた。


 小さい椅子に混ざる、パイプ椅子。

 大慌てで、座った。


 グジュウゥゥゥ……

 

 バスの時同様、くぐもった音が聞こえ、固まってしまう。



「(ちょ……裕子ちゃんお辞儀お辞儀!)

「(先生に言われたでしょう!)」


 慌てて立ち上がり、お辞儀。

 そして、また着席した。

 

 ピチャ…グジュウゥゥゥ……


 くぐもった音に変化があった。

 恐る恐る下を向くと、溢れたおしっこがパイプ椅子に小さな水たまりを作っており、そこに勢いよく座ったようだ。


 今の急動作で、オムツの中のおしっこが暴れ回り、あらためて体重で潰され、またも溢れてしまったのだ。

 隣の園児が、信じられない音を聞いた、というような眼を送る。


「あぁ……いやァだめまって……!」


 だが、今の急動作で溢れたのは、それだけではなかった。

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