第2話 ある日、僕らの落ちこぼれクラスに『世界最強」がやってきた



「――うぉぉい!!誰だ、てめぇ!!!」



 突然かけられた声。

 茨木は掴んでいた海和の胸倉を離すと勢いよく立ち上がった。それで初めて、茨木の体がどいて、海和にも闖入者の姿が目に入る。


 海和たちと同じ制服を着た少年。逆光で顔はあまりよく見えないが――雰囲気はどこかで見たことがあるような。制服の袖につけられたマークを見るに海和と同じ一年生のようなので、だからだろうか。しかし具体的な――名前とかが出てくるほどの知り合いではない。



「あ、どうも」


「は?おい、無視すんじゃねえ……?」



 驚くべきことに少年は、今目の前で行われていた行為に対し、何ら関心を抱いていないようだった。視線は茨木や海和を見ておらず、手に持っている――何だあれ?タブレットのように見えるが、今時珍しく左右に赤と青の物理ボタンがついている――何かに注がれていた。指がせわしく動いているあたり、昔のゲーム機か何かだろうか。


 茨木が驚いて立つと、少年は軽く礼を言って何もない路地裏に進み始めた。しかし路地裏と言ってもここはフェンスで通行止めされた、どこにも通じていないただの隙間。

すーっと左の壁沿いに歩いて行った少年は、すぐに折り返し、今度はまた、すーっと右の壁沿いに戻ってきた。



「はい、君もどいて」


「え、あ、はい……」



 壁にもたれ掛かり唇に血がついている――明らかに普通じゃない海和に対しても、少年は同じことを言った。

 海和が壁に手をつきながらどくと、少年は「どうも」と短く言って、一度も海和の姿を見ずに通り過ぎる。



「……えーっと?」


「おい、おいって――てめぇ一年だな!!止まれ!」



 少年の異質さに疑問の声をあげた海和だったが、一歩早く正気に戻った茨木がそうっ言ってその場を離れようとする少年を呼び止める。

さすがに能力を使った暴力の場面を見られたからだろうか――……いや、見てなかったが――袖のマークを確認した茨木が、それでも止まらない少年の肩を掴もうと手を伸ばし――



 ――少年がするりとそれを避け、そしてその先にあった壁に頭をぶつけた。



「は?」


「――あ」



 壁にぶつかって手からゲーム機が落ちたのか、少年が短く声を上げた。そして、まるで壁にぶつかったことはどうでもいいと言わんばかりに、しゃがんでゲーム機を拾う。

……結構な勢いでぶつかったはずだが、痛くないのだろうか?



「あーあ、やられちゃった。――……ん、君誰?」


「なっ……いや――おい!てめぇ聞いてんのか!!」


「おっと――」



 ぽかんと一連の流れを見ていた茨木が、我に返ったかのように少年におらつき、肩を小突こうとする。しかし少年はまたしても軽々とそれを避け、ここで初めてその存在に気付いたかのように茨木を見た。



「なんだいきなり出会い頭に殴って来て。情緒不安定か?」


「別にそんな出会い頭ってわけでもねぇよ!!じゃなくて――てめぇ何なんだ!?」


「あ、初めまして。自己紹介とかした方がいいかんじ?」


「あぁ?何訳わかんないことを――……ケッ、まあいい。大方てめぇも妙な正義感出して止めに来たんだろ――」


「止めに……?」



 そしてきょろきょろとあたりを見回し――ぽかんとその様子を眺めていた海和を見て「ああ」と言った。

 まるで初めて、ここで行われていたことに気づいたかのように。



「なるほど。見た目の期待を裏切らないヤンチャぶりみたいだな、君は」


「あ?」


「いや――そうそう。君の言う通り、いじめを止めに来たんだ。ほら、さっさとどっかいかないと、あれのこと学校にチクっちゃおうかなー」



 茨木の凄みに気圧されることもなく、少年は淡々と壁の傷を指さしてそう言う。


厳つい見た目をしている茨木に委縮しないなんて――もしかしたら強い超能力者かなんかなのだろうか、と海和は思う。

 少なくとも、壁につけられた傷を茨木がやったということはわかっているだろうが、だからなんだと言わんばかりの態度である。



 その堂々とした態度に、威圧的に接していた茨木が若干たじろぎ――そのことに自分自身でも気づいたのか、虚勢を張るように鼻で息をした。



「……チッ、興がそがれたぜ。――おい、てめぇこのことチクったらただじゃ済まねえからな」


「わかったわかった」



 捨て台詞を残すと茨木は少年の脇を通って大通りに消えた。

 やけにあっさりと――能力を使用した暴力行為は罰の対象だから、それを学校に知られたくなかったからかもしれない。



 どしどし歩いて去っていく茨木をあきれたように眺める少年。そんな少年に礼を言うべく海和は口を開く。



「……ありがとう。助けてくれて」



 改めて――不思議な少年だった。


 茨木相手に物怖じしないぐらいなので、自分自身の能力に自身のある能力者なのだろうが、しかしそんな強者の雰囲気は全く感じなかった。どちらかと言えばそれほど体格もよくなく――特殊能力者に体格なんてあまり関係ないが――ひ弱そうに見える。



 礼の言葉に、少年が海和の方を向く。



「ああ、うん。どういたしまして……って言ってもたまたま通りかかっただけだけど」


「えっと、何もない路地裏に通りがかるってどういうこと……?」



 そう言いながら海和はゆっくりと体を起こす。


 ここは通り抜けもできなければ特に何かがあるわけでもないただの路地裏。茨木のような人に見つかりたくない用事でもない限り、人が通ることなんてないはずだが……。



「単純に、壁の左側に沿って歩いてたらここにたどり着いた」



 そんな海和の疑問に、少年は手に持ったゲーム機を起動しながらそっけなく答えた。



「……?」


「やってみるとわかるんだけど、歩きながらゲームって結構難しいんだ。特に目的地があるときなんか、どの道を歩こうか考えながら画面にも集中しなきゃいけないから大変――と言うところで考え付いたのが、この歩き方なわけよ」


「……??」


「簡単なアルゴリズムに基づく歩き方をしてれば、目的地にたどり着くしゲームにも集中できる。だからまずは簡単なアルゴリズムを試してみたんだ。左手の法則、知ってる?」



左手の法則とは、左側の壁に手を付いて、ひたすら壁沿いに進むという方法である。迷路において、壁の切れ目は迷路の入口と出口にしかないので、右手法を使うと最終的には出口にたどり着くことになる(wiki調べ)……じゃなくて。



 この人は頭のおかしい人だ。

海和はそう思う。



「あのー、とりあえず歩いているときはゲームをやめた方がいいんじゃないですか」



 少年の頭のおかしさに混乱して、つい敬語になってしまった。でもいいや、助けてもらって悪いけど、あまり関わり合いになりたくない感じの人である。



「時間が惜しいんだ。最近は忙しくてろくにゲームもできてなかったからな。膨大にたまった積みゲーを回収しなきゃいけない。――ほら、これ知ってる?」



 そう言って少年は海和にゲーム画面を見せてきた。画質の悪い液晶画面に映っていたのはとあるゲームのオープニング画面。海和はそのゲームについては知らなかったが、どこか戦前を思わせるレトロな雰囲気があった。



「いえ、知りませんけど……」


「そっか。昔はみんな知ってるメジャーゲームだったんだけどな……。ま、そういう訳で一秒も無駄にはできない」



 そう言い切った少年が、しかし「――のはずだったんだけど」と困ったように頭をかいた。



「ここは広すぎるな。さすがに左手の法則の手に余る」


「え、左手だけに?」


「君、学生課はどこにあるか教えてくれる?」



 海和の言葉に返事をしなかった少年に、「あ、スルーね」と海和は小さく呟き、



「……学生課?教務部なら1B棟だから、あの大通りをまっすぐ行って――」


「ああいや、方角だけで大丈夫だ」


「え?」


「まっすぐ行くから、方角だけでいいよ」



 教務部の場所を聞いているのに方角だけでいい――と、よく分からないことを言う少年に疑問の声を上げると、少年はまたも頭のおかしいことを口にした。


 まっすぐ行く?間に建物とか道路とかあるけど?



「一応方角はあっちですけど……」



 考えるのが面倒くさくなって海和が大体の方向を指さすと、少年は「ありがとう」と言った。そしてそのまま海和の指さした方へ向かって直進――することはできず、車道と歩道を分けるガードレールに行く手を阻まれてどこか別の方向へ去っていった。



「……」



 なんだか訓練もしていない伝書鳩を放流したような気持になって、大通りに出た海和は少年の行く方を見つめる。


果たして少年は教務部までたどり着けるのだろうか――多分無理だろうな――と思いながら遠くなる少年の背中を眺めていたら、少年が同級生らしき少女に声を掛けられて、そのまま一緒に教務部の方へと消えるのが見えた。


 なんだ、保護者いるんじゃん。心配して損した。



「――……ん?」



 と、海和はあることに気づいた。

 半年もこの学校に在籍しておいて――教務部の場所を知らない?



 不思議な少年だ。

何より、あれほど不思議なのにもかかわらず、海和が彼について知らなかったのが最も不思議だった。あれだけの変人であるのなら、同学年のはずの海和が知っていてもおかしくないはずである。



「――あ、やばっ!」



 そうこうしている間に時刻は8時半ちょっと前。45分に始まるHRにまであとちょっとだ――と海和は痛む頬をさすりながら教室へ急いだ。





「――あ、奥歯が折れてるな」


「うわぁ、痛そー」



 HR前、一年五組の教室。

 「あー」と開けた海和の口を覗き込んだ少年がそう判断を下すと、もう一人の少女が大げさにリアクションをとる。


 少年の名前は折本啓(おりもとあきら)。眼鏡をかけた几帳面な少年で、寮での海和のルームメイトだ。

 もう一人の少女の方は、柊月陽(ひいらぎつきひ)。明るく快活な性格で、折本と三人、入学して以来の友達である。



「治りそうか?」


「まあ、それはね。ただ――今日の昼までには無理だと思う。昼食どうしよう」


「わ、大変だ」



 特殊能力者が持っている基礎能力――それは何も、身体能力を強化するだけの能力ではない。基礎能力とは基礎的な『超人化能力』――自らを対象として発動する能力――の総称であり、そこには身体能力や感覚の強化の他にも、例えば回復能力の強化などがある。

 故に、奥歯の欠損といった非能力者であれば決して治ることのない欠損であっても、海和たちにとってはすぐに治る傷でしかない。


しかしいくら治るとは言え、痛みは変わらない。いたたた、と頬をさする海和に、折本がため息をついた。



「全く。修樹は向こう見ずなんだからなあ。茨木なんて傍若無人な奴のやることを真っ向から止めたらそうなるだろ。助けるにしても、合理的に考えて通報一択だろ」


「仕方ないだろ、体が勝手に動いたんだから。それに、別に僕だって――頑張れば茨木に勝てるかもしれないだろ」



 茨木は同じ同級生。それなら対等なはずだと――海和はそう主張するが、対する折本は「あのなあ」と首を傾げた。



「入学してすぐにやった評定戦、結果覚えてないのか?」


「う、それは……」


「半年前のそれで、俺たちは一回戦負け。茨木は四回戦まで進んだ。しかも、修樹は茨木に負けてる。これでも勝てると思うか?」


「う……」



 半年前のそれ(・・)。

トラウマにもなったその出来事を取り上げられ――海和は押し黙る。



「まさか入学直後で、あんなに直接的に自分の弱さを突きつけられるとは思ってなかったが――」


「ま、でも客観的な実力を知れたのは良かったよねっ」



 半年前、入学したてで浮足立っていた海和たちに襲い掛かったのは、同級生同士の疑似的な殺し合いという衝撃的な訓練だった。


 評定戦――そう名付けられたそれは、能力を用いた戦闘力の評定という名目で行われた一対一のトーナメント戦。仮想現実で行われたそれは、故に手加減なしの全力戦闘で、海和たち新入生にとって自らの力を試せる初めての実戦だった。


当然海和も、自分がどこまでやれるのか――そう意気揚々と評定戦に臨んだ。


 しかし結果は――初戦敗退。その戦いで海和は、相手の茨木にほとんど何もできず、ただ嬲られることしかできなかったのだ。

 

入学したばかりと言うことで学校側の配慮もあったのか、それは痛みを遮断した仮想世界での戦いだった。

しかし――体を貫かれる感触や、茨木の困惑しつつも高揚した感情、そしてそれに抵抗することもできなかった自分の無力さ。これまで才能あふれる特殊能力者として扱われてきた海和にとって、それらは自身の心を折るのに十分な出来事で、強い能力――それの重要さを身に染みて理解した出来事でもあった。



「な?修樹は基礎能力こそ高いが、固有能力がまるでダメだし――」


「ね。おまけに向こう見ずなところがあるし。蟷螂(とうろう)の斧って感じ」


「とうろう――……なんだって?」



 海和が聞くと、「ちなみに蟷螂はカマキリのことだよ?」と柊が的はずれの注釈を入れた。いや、その謎なことわざの意味を知りたかったんだけど……。



「一組の子も全員が横暴ってわけでもないんだけどね。でも――辰巳君とか戌亥さんとか、その周りはちょっとピリピリしてるよね。やっぱ派閥争いみたいな感じなのかな」


「二大巨頭だもんな。ま、俺らみたいな弱小には関係ないことだが」



 入学して半年――海和たちの所属する一学年には、評定戦の結果を根拠とした階級社会が形成されつつあった。

柊の言った辰巳と戌亥――決勝戦を争ったその二人を頂点として、その派閥、グループに所属する生徒たち、それ以外の生徒、そして五組の生徒と言う順番。茨木は辰巳の派閥に入っている生徒の一人だ。

 それらの順序は、『強さ』の格付けと言い換えることもできた。強さに劣る海和たちは最底辺、一方で評定戦が一位二位の辰巳たちが頂点――そう言うわけだ。



「生まれ持った能力が弱ければ、強い能力者には一生勝てない。それが合理だ」


「まあなんにせよ、波風立てないほうがいいよ。特にその二人周りはさ。ね」



 折本と柊の言葉に――それが自身を心配してかけてくれた言葉だとわかっているから――海和は「うん、そうだね」と言った。

それを聞いて柊は満足そうに頷くと会話の流れを変えるように「そういえばさ――」と口を開く。



「評定戦って言えばもうすぐ二回目だっけ?」


「あー、そうだな。次はチーム戦らしいし、チームメンバーを探しておくようにって先生が言ってたっけ」


「え、チームメンバーの決め方、自由ってこと?」


「そうらしいね」


「えー、やだなー。それじゃあ強い人ゲットしたチームが勝つじゃん。私たち三人はまあいいとして――あとは一組とかから誰かツモってこれないかなー……」



 と、そこで柊は「あ」とふと気づいたように指を唇に当てて、



「――ね、知ってた?うちと一組に転校生が来るってこと」



 唐突な話の転換に海和は驚くも、話自体は気になる内容だったので「へえ」と相槌を打った。



「一組とうちに?こんな時期に二人も入ってくるなんて珍しいな」


「ね。この時期だから――外国の学校からの転校生なのかな。どんな子かなー」


「さあ……、ってか、もしかして――」



 ――転校生。

 柊のその言葉を聞き、海和は今朝の少年を思い出す。



 あの時は、こんな時期に転校性が来ることなんて頭になかったから思いつかなかったが――あの少年、実は転校生だったんじゃないだろうか。

 それなら教務部の場所を知らないのも、あれだけの変人なのにもかかわらず海和が聞いたことがなかったのも納得がいく。


だとしたら、最後に彼を引っ張っていった少女が二人目の転校生か?



「どうしたんだ?修樹」


「いや、今朝茨木に絡まれてたのを誰かが助けてくれたって言ったでしょ?それ、もしかしたら転校生なんじゃないかって。教務部の場所を知らなかったんだ」


「へえ。それは確実だろ。なら――茨木に食って掛かれるぐらい強いなら、そいつが一組か?」


「だよねー。話を聞く限りだと結構自信ありそうな能力者だし、きっと一組の人だね」



 この学校のクラスは、能力の性能によって分けられている。その性質上、一組には強い能力を持った生徒が集まりやすく、五組には逆に弱い能力を持ったものが集まりやすい。

 別に学校側がそう明言しているわけではないが、一組はエリートクラスで五組は落ちこぼれクラスと、それがこの学年の共通認識だ。



「その人、一緒にチーム組めないかなー。転校したばっかってことは、私たちの事情とかも知らないし――」


「いや、それじゃあ騙すみたいになるし、良くないんじゃないか?」



 折本にたしなめられ、柊は「そっかー」と呟いた。



「うちにはどんな子が来るんだろうね。仲良くなれるといいなー」


「外国の人だっていったろ?月陽、英語でコミュニケーションとれるのかよ」


「む。私結構英語得意だけど。アイキャンスピークイングリッシュ、クジュビカムアフレンド、サー?」


「おお」



 そんな他愛もない会話をしていると、教師が教室に入ってきて生徒たちを席に着かせる。海和たちもそれぞれ自分の席に戻り、HRが始まった。





「――だったら君が変えればいい!君が今手にしたその力で!」



 あの日、救援に駆けつけてくれた誰かも知らない能力者に、そう言葉をかけられたのを覚えている。


 災害――現代ではそう称されるようになった天使の襲撃に巻き込まれ、目に見渡せる一切が瓦礫となったその上で。ただその理不尽に対して慟哭するしかなかった僕に、彼女はきっとこう言った。


 君の力は――今君が守ることができなかったものを、それでも守るためにあるのだと。


 たった一人で僕を助けに来てくれた能力者。顔と名前はどうしても思い出せないが、そんな誰かに言われた言葉があったからこそ、僕はあの日得た自らの力を、誰かを守るために、理不尽に満ちた世界を変えるために使おうと思ったのだ。



 よくある少年の、英雄願望だった。




「それじゃあ、転校生を紹介するぞー」



 窓の外を眺めながら、海和は教師の言葉を聞き流す。



 能力者の中には、一人で世界を変えるほどの力を持つ者がいる。彼らが現れ始めてからの歴史の転換点には、いつでも強大な力を持った能力者の影があった。


 例えば、史上最悪と謳われた大災害を引き起こし、たった一人で世界大戦のきっかけを作った世界最悪の能力者。

 例えば、彼女が引き起こし、それから長きにわたって続いた大戦を終わらせて、世界に平和をもたらした世界最強の超能力者。


 成したことは正反対とはいえ、彼らは今や世界中に名の知れた英雄だ。

 世界最悪は悪のそれとして、世界最強は正義のそれとして。



 「合理的に考えて――」という親友の言葉は憎たらしいほどに正論だ。それでも自分が茨木達に食って掛かってしまうのは、心の奥底にそれを認めたくない気持ちがあるからだ。

 自分に才能がないことを。そして――あの、自分から見れば最低のように思える茨木よりも、客観的に見れば――自らに価値がないことを。



 仮に自分に、世界最強のような力があったとしたら、自分はどう生きていただろうか。

 もっと輝いていて――今よりもっと正しく成長できていただろうか。世界を背負って立つ英雄のように。



「じゃあ自己紹介をよろしく。使える能力と、名前と――……って、おーい?」


「……」



 ――と、そんなセンチなことを考えていた海和は教室の異様な雰囲気に気が付いた。前を見ると転校生の姿。教卓の横にきちんと立っているが、ゲーム機を手にもって操作しており教師の言葉に返事を返さなかった。



「……あ、あの自己紹介……」


「うるさいッ!今いいところなんだ!」



 よほどいいところだったのだろう、教師に話しかけられてその後すぐにゲームオーバーっぽい音が聞こえてくる。



「――あーあ、やられちゃった。君のせいだからね」


「き、君って……、まあいい。名前を書きなさい」



 言われて少年はクソでかため息をつくと肩を落として乱雑に、黒板に名前を書いて――



「――ッ、ぇ?」



 ガタッ、と困惑で机を蹴り上げる音が教室に響き、海和に注目が集まる。しかし当の海和は、そんなことを認識できないほどの混乱に頭を支配されていた。


 黒板に書かれたその名前は、この世界が誰もが知っているほどに有名なそれだった。そしてその名前が、「どこかで見たことがあるような」という少年の顔に対する海和の認識に、最後のピースがピッタリとはまったかのように答えを与えた。



「癸亥明星(きがいめいせい)っていいます。能力はまだ使えません。ここにはバカンス気分できました。この学校のトップ目指す気でいるので、そこんとこよろしく」



 おかしな様子の海和のことなんかちっとも気にせずに、そう言って頭を下げたのは、世界最強の超能力者だった。






――

「能力者」「特殊能力者」とか「能力」「超人化能力」「超能力」とか似た感じの言葉がごちゃごちゃと使われていますが、一応厳密な決まりは以下になります。


超人、超能力者  ⊂ 特殊能力者 ⊂ 能力者

超人化能力、超能力 ⊂ 特殊能力  ⊂ 能力=改変能力



例えば、超能力者は全員特殊能力者ですが、特殊能力者が全員超能力者とは限りません。


クソめんど定義マンですいません。

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