第三部

「気に入ったか?」


「へ……?」


 声がした方を見ると、そこには女が立っていた。


 先ほど鏡に映った女もとい俺よりも黒髪は長く、床とすれすれのところまで伸ばされている。

 いや、そのまま垂らせば床に引きずってしまうだろうが、重力を無視してゆらゆらと浮いている。


 瞳も金色、ドレスも漆黒。

 俺と同じような格好をしている女だ。

 俺と違うところといえば、魔女を連想させる大きな帽子をかぶっているところか。


「あんたは……?」


「我はソルシエル。この屋敷の主にして、この世界で唯一の魔女だ」


 魔女――そう言われても別に驚かなかった。

 この見た目なら魔女以外の何者でもない。

 むしろ、ただの人間だと言われても変人としか思えない。


「ほう、驚かないのだな。魔女とは異形の存在。得体が知れないからこそ、人間は恐怖する。貴様、なかなか肝が据わっておる」


 そう言われて気付いた。


 俺、なんか性格変わってないか?

 普段の俺ならびびって逃げ出していてもおかしくない。

 なんだか妙に気持ちが落ち着いているというか、いつものネガティブな思考が湧いてこないというか。


「聞きたいことがいっぱいあるんだけど」


「我は説明が嫌いだ。一つなら答えてやろう」


「……じゃあ、一つだけ。ここはどこ?」


「言っただろう、ここは我が屋敷。魔女の森の中にある魔女の屋敷だ」


 ソルシエルはロッキングチェアーに腰かけた。


「そうじゃなくて……ここは日本?」


「日本? ああ、貴様がいた世界のことか。違うな」


「じゃあ、外国? ヨーロッパとか?」


「違うな。貴様がいた世界とは全くの別物だ」


 ロッキングチェアーが前後に揺れ出す。


「貴様の問いに一々答えるのも面倒だ、肉塊だった貴様が何故こうしてここにいるのかを話してやろう」


 肉塊……ってことは、俺はやっぱり学校の屋上から落ちたんだ。

 それなら死んでいるはずじゃ――


 頭を振って考えることをやめる。

 ここはソルシエルの話を聞いた方が早い。


「我が貴様の世界に行ったのは単なる実験だった。この世界は一つではない、という仮説を実証するため、気まぐれで別世界に行ってみた」


「行ってみた、って……どうやってそんなこと――」


「馬鹿、魔法だ。魔女が魔法を使って何がおかしい?」


「確かにそうだけどさ……」


「話が長くなる、もう口を挟むな。続けるぞ。貴様を見つけたのは単なる偶然だ、貴様をこの世界に連れてきたのは単なる気まぐれだ。声が聞こえたからな」


「声?」


「こんな世界、なくなってしまえばいいのに」


 確かに、俺は飛び下りる間際にそう言った。

 三人組の不良に限らず、教師や両親、社会や世界に対して恨みを抱いていた。

 恨んでもどうにもならないなら、いっそこんな世界なんてなくなってしまえばいい――そんな願いが俺の最期の言葉だった。


「よき資質だ。虐げられてきた人間の思念は強い。そういうやつの魔法は強い」


「見込みがあったから生き返らせてくれたってことか」


 ソルシエルはふんと鼻で笑った。


「いくら魔法でも死者を蘇らせることはできない。禁忌だからな。我が使ったのは魔法『反転』だ。死を生に、使い手次第で魔法は応用できる。今回は運がよかった。完全に死んでいたら『反転』でも手遅れだった」


「じゃあ、俺が女になったのって……」


「ふふふっ、察しがよいではないか。先ほども言ったが、魔法の効果は使い手次第。『反転』の定義は我が定めた」


 ってことは、俺の性格が変わったのも『反転』の影響ってことか。

 弱気から強気に、ネガティブからポジティブに。

 あの時、まだ心臓が動いていて死にゆく運命を『反転』させたのだとしたら、実質俺は死んでないってことだ。

 それならここは死後の世界でも天国でもない。

 ソルシエルの言うように別世界、俺にとってここは異世界というわけだ。


「さて、貴様の問いにも答えたことだ。これから貴様の処遇を決めてやろう」


 ロッキングチェアーから立ち上がり、ソルシエルは俺の前まで歩み寄ってきた。


 甘い、脳がとろけそうな匂いが鼻腔をくすぐる。


「貴様は、我が弟子となれ」


「……は?」

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