スイーツよりも可愛くて食えないアイツに、俺は今日も心を奪われている

鳴咲 ユーキ

一章 歓迎されない出会い

第1話

「ただいま結賀」

「うん。お帰り父さん」

 マンションの部屋に帰ってきた途端に俺を抱きしめる父さんの頭を撫でて、俺は口角を上げた。白髪染めされた真っ黒の髪からは洗剤の匂いがした。

 父さんとハグをするのはこれで八百回目だ。いや、赤ん坊の時を足したらもっと多いか。


 俺の日課は朝ごはんを食べたら父さんとハグをしてから学校に行くこと。そして家に帰ったらこれから夜勤の仕事に行く父さんのために飯を作って、それを食べてもらったらハグをしてから父さんを送り出すこと。


 中学一年生の時からしているから、この日課をするようになってからもう二年以上の月日が流れた。


 親に反抗することも少なからずある所謂思春期と言われる年頃なのにどうしてそんなことをしているかと聞かれたら、俺はいつもこう嘘をつく。『生まれた時から片親で、ずっと二人きりで支え合って生きてきたから』と。


 俺は馬渕結賀まぶちゆいが。金髪に染めた髪は俺のトレードマーク。瞳は垂れていて、身長は百七十センチメートルくらいだ。身長は低くないしこの髪色だから、学校の担任からはあからさまにぐれた子供だと思われている。だが成績はオール四くらいだし、授業もサボっていないから髪色以外別にグレているところはない。



「父さん、仕事お疲れ様。朝ごはんは作って冷蔵庫に入れておいたから、起きたらちゃんと食べてお風呂に入ってね」


 俺の腰に回されていた手をとって、そうお願いする。


「ああ、そうするよ。いつもごめんな結賀」

「何言ってんの。父さんは休んでていいんだよ。今までたくさん頑張ったんだから」

 玄関の前に置いていたスクバを肩にかけると、俺は靴を履いて部屋を出て、学校に向かった。


★★


 父さんが夜勤の仕事をするようになったのは一ヶ月ほど前。それまではずっとニートにだった。でもそれは仕方がないことだから、俺は別に働いていなかったことに今更文句を言うつもりはない。


 父さんがそうなったのは母親のせい。母さんとは呼ばない。あんな奴はそんな風に呼ぶ価値もないから。


 マンションは隣の部屋の人がどんな人かによって住みやすさが変わる。例えば配信者が隣で暮らしていたら収録中の声が聞こるかもしれないし、特に特徴もない男の人がいたらずっと静かだったのにある日突然騒音が聞こえるかもしれない。


 それでもマンションで暮らしたのは単純に、三人で一軒家は広すぎるから。俺は別に一人部屋が欲しいとは思っていなかったし、父さんや母親もそう考えていたから自然とマンションになった。たぶん、そもそもその選択自体が間違っていた。十人以上が住めるような豪邸しか売りに出されていなかったとしても、俺達は一軒家に住むべきだった。そうしていたら、きっと何もかも上手くいっていた。

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