第3話 生まれ変わったら

 あれから一週間が経過した。

 その間何もせず大人しく……してる訳が無かった。


 どうやらアレスは滅茶苦茶デカい屋敷に住んでたらしく、俺が最初に目覚めた部屋、あれが寝室で、屋敷の全容はその数十倍にのぼった。


 修吾である俺の家も別に貧乏って訳でもなかったんだがなぁ……これは別格だ。

 前世の『そこらへんの豪邸』という尺度では生ぬるいレベル。


 そんなこんなで、最初の3日は屋敷探索についやした。

 丸三日かけてようやく全部を回れると言ったらそのデカさがある程度分かるだろうか。


 まぁ今の俺が3歳ちょっと手前の体なのもあるだろうが。

 前世とはまったく違う3歳児の足だ。

 不慣れだし、嫌でも遅くなる。


 余談だが、周りの使用人……そう!なんとこの屋敷にはメイド服や執事服を着た、マジもんのメイドと執事がいたのだ!


 やっぱ異世界最高……おっと、失礼。脱線した。

 その使用人の人達が俺の横をスタスタ歩いていく中、俺だけてちてちという擬音が似合いまくるほどの短足で探索していたので、ちょっとむなしくなった。


 で、まぁその後何をしていたかと言うと、屋敷探索の時に見つけた書庫で読書にいそしんでいた。


 ちなみに、この屋敷は書庫も物凄くて、前世で数回行ったことのある市立図書館よりもちょっと大きいくらい。

 これがただの一軒家に備わってるんだから衝撃だ。


 それだけ大きいということは必然的に貯蔵量も増えるわけで……。

 とりあえず、あの書庫に行けば異世界の知識手に入れ放題なのである。


 特にすることもないので、これは行くしかない!

 ということであれから毎日通っている。


 時々様子を見に来るメイドさんには俺の手の届かない所にある本を取って貰ったりしている。

 その時に本の題名だったりを言うので、読んでる内容がバレて若干怪しまれてるかもしれないが、つまらないものを読んでも仕方ないので、しょうがないと割り切った。


 ちなみに、俺が今読んでいるのは[魔法のすゝめ]とか言う見つけた瞬間俺の心を鷲掴みにした神本である。

 これを見つけた時、即座にメイドさんに頼んでしまったのだが、幸い生暖かい目を向けられて終わった。

 なぜあんな視線を向けられたのかは謎だが、そんな事よりも早くこの歴史的名著に集中しなければ。


 さて、[魔法のすゝめ]の今読んだまでの内容をざっくりと要約するとこうだ。


・魔法には『火』『水』『風』『土』の計四つの属性がある。

・魔法には『属性複合』という概念があり、保持する属性を組み合わせることで別の効果を生み出すことが出来る。

・魔法は空気中に漂う『魔素』を体内に取り込み、『魔力』に変換することで初めて使えるようになる。


 こんな感じ。

 あれだな、体内魔力とかでやりくりするんじゃなくて、大元は外から持ってくるんだな。

 なるほど、理解。


 で、肝心の魔法の発動方法だが……書かれてはいない。

 だが、何となくわかる。


 アレスに修吾の意識が芽生えた時、アレスとしては今まで当たり前だったものに違和感を感じるようになった。

 身長とかその他にも色々あるが、一番は心臓から全身にかけて流れる血液……の中に含まれる体温よりも暖かい“何か”だ。


 前世では表皮付近は体の芯に比べて冷えていた。

 しかし、今世ではそんなものが皮膚のすぐ下に存在しているため、表皮付近の方が体の芯よりも暖かくなってしまう。


 修吾としては慣れなかったが、幸いアレスとしては慣れていたのでそこまで不快感はしない。

 が、違和感であることには変わりない。

 そして、俺はこれがその魔力なんじゃないかと思っている。


 前世と違う点を挙げるとすれば、年齢と容姿とこれくらいなものだ。

 これだけの情報で“これ”を魔力だと断定するのはどうかとは思うが、それ以外にどうしようもないので俺は“これ”を魔力だと思うことにする。


 さて──


「──……ふぅーッ……」


 息を吐き、瞑想するようにして感覚を研ぎ澄ますと、魔力の流れている箇所がある程度分かった。

 そこに目を向けてみると、視線の先には皮膚の下にうっすらと見える青筋、つまり血管があった。


 やっぱり魔力は血液と一緒に体内を流れている。

 しかし、集中したまま血管を注視してみると、魔力は血液と違い一方通行であることが分かった。


 俺は今右腕を見ているのだが、心臓から腕にかけてまでは魔力と血液は仲良く結びついている……のだが、腕のある位置に到達した瞬間、一部の魔力が血液から離れ、体の外に出ていった。


 そのまま血液と外に出ず残った魔力は一緒に進んでいくのだが、残った魔力も途中途中で体外に出ていく。

 そして指先に到達する頃には魔力は全部抜け切ってしまい、心臓に帰ってくるのは血液だけだった。


 しばらく観察していると、魔力が出ていくのは腕や手の特定の部分に達した時だと分かった。

 そして、その特定の部分は腕に六箇所、手に四箇所の計十箇所あった。


 観察している間も絶えず心臓から魔力が流れて来て、各箇所から魔力が放出されていく。


 ──あれ、魔力って無尽蔵なのか?


 正確な時間は分からないが、結構な時間見続けているのにも関わらず、未だに魔力は放出されている。

 その勢いは衰えることも増すこともなく、絶えず一定である。

 そう思うのも無理はなかった。


 ……あ、そういえば魔力は魔素を変換した姿なんだっけ。

 目の前のことに集中しすぎて肝心なことを見逃していた。


 この世界の魔素は前世で言う窒素みたいな立ち位置だ。

 空気中の多くを占めていて、生物に様々な影響をもたらしている。


 たった一人が呼吸しても周囲の空気が尽きないように、たとえ一個人がそこら辺の魔素を魔力に変換して放出しようが、全体的に見れば微々たるものである。

 そりゃ無くならないわけだ。


 さて、この未だ止まりそうにないこの常時魔力放出だが、ひとつわかったことがある。


 こいつには多少の融通が効く。

 息を吐いたり、止めたりするようにして放出を促進したり、逆に抑制したり。


 だから何なんだって思うかもしれないが、これが案外楽しい。

 呼吸を止めた時みたいな妙な圧迫感が無いし、もちろん苦しみもない。

 つまり、手慰みに最適なのである。


 まぁ今は手元にこの[魔法のすゝめ]があるので、これに頼るのはまた今度だろうが。


 さて、それじゃあ本の続きを……──


「──アレス、居るか?」


 ガチャと音を立てて書庫の扉が開けられ、精悍な顔立ちの偉丈夫が顔を出す。

 その男はアレスの父親、アグロスだった。


「お父さま?どうしたの?」


 ちなみにだが、会話の時の口調は修吾の意識が出る前の体も心も3歳児アレスを参考にしている。


 たとえ中身が前世と今世を合わせて成熟した大人だろうと、今の外見は平凡な3歳児だ。


 そんな子供が急に「どした、親父。なんか用か?」とか口走ったら嫌でも何らかの不都合が起こるだろう。


 そんなの普通に御免なので、少し恥ずかしくはあるが外面はただの3歳児を演じている。


「あぁ、それなんだが……ん?もうそんな本を読んでいるのか」

「え……もしかしてこれって読んじゃダメなやつだった……?」

「いや、違う。その逆だ」


 そう言う父親の顔はどこか嬉しそうだった。


「逆って……」

「今からその本に書かれていることについて話そうと思っていたんだ」

「魔法?」

「そうだ。ここからは私の部屋で話そう。付いてきなさい」

「はーい」


 座っていた椅子に[魔法のすゝめ]を閉じ置き、早々に出ていったアグロスの背を追いかけた。

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