第24話 収斂進化
「ッふ────!!」
蠢く影に怯むことなく、地面蹴って飛び込むジルバ。それにハヤテも続いた。
「ッ…………」
そんな二人の背中を見てマリネシアは悔しげに唇を噛む。
既に魔法を使い切ってしまった彼女は戦力にはなり得ず、目の前のモンスターに戦意喪失したメイソンと一緒に黙って後ろで縮こまることしか出来ない。それが悔しくて仕方がなかった。
「い、いつでも治療はできます!!」
反して、アイネは何時でも奇跡が使えるように中衛で構える。下がってろとは言われたが、彼女はまだ自分に出来ることがあると自覚していた。その足は酷く震えてるが、崩れることなく勇敢に踏ん張っている。
────存外、低く見積もりすぎていたかもしれないな。
背後の様子を一瞥して、ジルバは考えを改める。
「……今は集中か」
「グルルルッ」
気がつけば一足一刀の間合い。眼前にてようやくモンスターの正体を認識する。
やはり予想正しくそいつらは四足歩行の獣。一番当て嵌る例えは「狼」だろう。闇に溶け込みやすい濃紺の毛並みに、妖しく光る牙は人間の四肢など容易く噛みちぎることが出来る。
初めて見るモンスターにハヤテの口元は歪に引き攣る。
───どれだけ通用する?
「〈影狼〉だ。闇からの奇襲に気をつけろ」
「────ああ……」
ジルバはモンスターの種類を見定め、簡潔にその名称と特徴を共有してくれる。それをしっかりと聞き逃さずにハヤテは素直にうなずく。
まるで師事されるような感覚にハヤテは懐かしさを覚える。初心に帰ってこういうのも悪くはなかった。
「とりあえず自力で1匹倒して見せろ。他は俺が全部引き付けてやる」
〈影狼〉の数は変わらずに7体。そのうちの1体をハヤテは相手取ることになる。普通に考えればハヤテにとって3階のモンスターを1体相手取るにも実力的に厳しい。順当に行けば死ぬ確率の方が高かった。
「分かった」
だから上からな物言いにハヤテは気を悪くすることなく、寧ろ当たり前だと受け入れて素直に頷く。
「まずは分断────」
「グルゥガァッ!!」
接敵。吼える狼達にジルバは器用に立ち回ってみせる。ハヤテは邪魔にならないように間隔を空けてその時を待つ。
瞬く間にジルバは自ら引き受けたモンスター共を唸る剣で殺していく。多対一とは思えないその身のこなしにハヤテは目を疑う。完璧にその戦況はジルバの掌握下にあった。しかし、いつまでもそれに目を奪われている暇は無い。
「ほら、お前の相手はあっただ」
「ガウッ!!」
数秒して、ジルバは1体の〈影狼〉をハヤテに仕向けた。逃げ帰るようにジルバからハヤテの方へと走る〈影狼〉は眼前に立ちはだかる彼を見て少し安堵の色を瞳に宿す。
まるで「助かった」とでも言いたげで、〈影狼〉は確実にハヤテを障害とすら認識していない。
────当然か。
急に段階をすっ飛ばして、下の階のモンスターとの戦闘。
不思議と恐れはなく。寧ろ、挑まずにはいられない。
「だからなんだってんだッ!!」
既にハヤテはこれ以上の恐怖と絶望は、理不尽な〈
「グルゥガァッ!!」
「目にも止まらぬ速さ、ってかッ!?」
疾駆。容赦なく、〈影狼〉の妖しく光る牙はハヤテの腹を喰い千切ろうとしてくる。ハヤテの
それでも意識とは別に彼の身体は反射的に、本能的に死を察知して動き出す。
「お、らァッ!!」
「ガゥッ!!」
気がつけばハヤテは刀を抜いて牙を受け止めている。両者の力は拮抗し、一点に集中した衝撃は行き場を失って爆発するかのように弾けた。
大きく距離を取り、両者の視線は交差する。
「ははっ────!!」
「グルゥ────!!」
思わずハヤテは今の攻防を経て頬が吊り上がる。そこでようやく眼前の〈影狼〉はハヤテを敵と認識した。
────なんだ今の? 本当に俺がやったのか?
思い返して、イマイチ実感が湧かない。思考と身体はまるでチグハグ、別々の生き物のように乖離していた。まだ
「これが、強者との死闘の末に手に入る強さ…………」
今まさにハヤテは地下迷宮で経験し、持ち帰ってきた報酬を実感している。まだ自分は伸び代があるのだと歓喜する。しかし、まだ満足しない。
「グゥァァアアアッ!!」
「シッ────!!」
二度目の肉薄。今度は先程よりもハッキリと〈影狼〉の動きを目で捉えられる。それでもそいつを殺し斬ることは適わない。
────足りない……まだ何も何もかもが足りてない。
渇望する。気分は最高潮、留まるところを知らずに青天井に
「チッ…………」
本人の感覚とは裏腹に、傍から見ればハヤテは辛くも善戦しているように見えるだろう。その実、致命傷は避けられているが
それにハヤテの攻撃が〈影狼〉には殆ど意味を成しておらず、
────潮時か……。
引き付けた6匹の〈影狼〉をほぼ無傷で屠り、ジルバはハヤテの様子を見て助太刀に入ろうとする。だがそれをハヤテ自ら目で制し、「不要」と拒否する。
「……それならさっさと倒せ。これ以上長引くようなら問答無用で終わらせる」
「────」
ジルバのボヤキに無言で頷き、ハヤテは再び全神経を持って目の前の敵に集中する。
「すッ────はッ─────」
腰を低く落とし、浅く呼吸、それだけで準備は整う。何千、何万回と素振りをした型はどんな環境下であろうと身体に染み付き、反射的に再現出来る。
「────ッ!!」
一閃。鈴の音が鳴り、鈍く光る刃は影を切り裂いて、確かに〈影狼〉の太い首を刎ねた。
「ギャッ─────」
それは敵の
狙って首を刎ねた訳では無い。寧ろその逆、ほんの偶然、ただのマグレだ。それでも斬った瞬間に直感した。
────これなら関係ない。
「はぁ……はぁ……」
気がつけば息も絶え絶え。一気に全身のこわばりは解けて意識がぼんやりとする。すぐ側に転がる狼の生首と地面に広がる血溜まりを見て、ようやく勝ったのだと実感が湧いてくる。
「────及第点と言ったところか。最後の狙いは良かった」
「…………どうも」
剣を鞘に収めて警戒を解いたジルバの言葉にハヤテは短く頷くことしか出来ない。想像以上に今の一戦は疲れた。
それもそうだろう。身体には無数の傷ができ、血も予想以上に流れていた。一歩間違えればやはり彼は死んでいても可笑しくは無い
また一つ死線を潜り、彼は新たな死の予感を経験した。それは何物にも代えがたい素晴らしい迷宮の贈り物であり、彼をまた一つ上の
「……………よし」
圧倒的な強者に勝利した高揚感を言葉でいい表すことは不可能。意外にもハヤテは興奮していた。そんな彼を見てジルバは呆れる。
「命を張った死合いに魅了された戦闘狂いめ……」
それもまた冒険の醍醐味。探索者としての一つのあり方だ。なんて感想を抱くジルバを他所に、ハヤテの怪我を見たアイネが血相を変えて彼の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか、ハヤテくん!? 今すぐ怪我を治してあげますね!!」
「あ、ありがとうございます」
すぐにアイネは祈祷を捧げ〈癒し〉奇跡を行使してくれる。それをハヤテは黙って受ける訳だが、どうにも彼女の距離の近さに疑問を抱く。
────こんなに近づく必要はあるのだろうか?
口にはしないが、どうにも落ち着かない距離感に速く治療が終わらないものかと気を揉む。
「治療が終わったら直ぐに行くぞ────」
モンスターを倒した報酬はかけがえのない経験のみで、金目の物は皆無、びた一文にも成はしない。それをジルバは特に悲観することなく、淡々と受け止めた。
「────先はまだ長い」
何せ、地下3階の冒険は始まったばかりだ。
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