第10話 仲間集め
教会にて蘇生を施された後、ハヤテ達は屋敷へと帰り、そのことを父クラウゼルに報告した。初めての探索で死亡、加えて〈蘇生〉の奇跡による多額の喜捨。
このことにクラウゼルはたいそう頭を抱えていたが、とにかく娘が無事に帰ってきたことを喜んだ。そして、娘を死してなお守り抜いたハヤテに対して感謝もした。
「本当にありがとう」
「……与えられた役目を全うしただけです」
まさか奴隷であるハヤテはこんな素直に感謝されるとは思っておらず、少し面食らうが直ぐにぶっきらぼうにそう答えた。
───つくづく調子の狂う主人達だ。
奴隷の自身に対してここまで真摯に対応されると、今まで劣悪な環境でしか働いたことの無いハヤテは背筋が妙にむず痒くて仕方がなかった。
───いや、今までが普通の奴隷としての扱いで、今がちょっと異常すぎるんだよ。
やはりハヤテはこの主人は何処かおかしいと思う。
そんなこんなで報告も程々に、ハヤテは2日間の休息を与えられた。理由としては蘇生してすぐの体で迷宮に行くのは教会の
そうして初めての迷宮探索から2日が経った現在、ハヤテとマリネシアはとある場所を目指して街中を歩いていた。
「さあ、行きましょう!」
「お嬢様、引っ張らないでください……」
奴隷としては有るまじき悠々自適な休息を経て、ハヤテの身体は頗る快調だった。蘇生された時点で五体満足ではあったが、精神的にも休暇のお陰でガス抜きが出来た。
意気揚々と街を歩くマリネシアも普段の様子を取り戻していた。彼女もこの二日で色々と気持ちの整理が付けられたようだった。
───できることならば、あんな事はもう御免だな。
永遠と主に泣きながら抱きつかれるという謎の拷問を思い返して、ハヤテは一人身震いをする。
そんなハヤテ達がなぜ街に繰り出しているのか。その理由はマリネシアが突然「行きますよ!」とハヤテを連れ出したのが始まり。行先も知らされず、彼は主人に付き従った。
妙に上機嫌なマリネシアに黙ってついて行けば一つの酒場で彼女は立ち止まった。
───なぜ酒場?
「酒場になんの用事なんですか?」
浮かんだ疑問をハヤテはそのまま口にした。くるりと振り向いたマリネシアは「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに顔を輝かせて説明を始める。
「ハヤテ!私はこの前のことを本当に反省しました」
「はい」
「そして、二度とあのような過ちを犯さないために私は考えたのです!仲間集めをしようと!!」
「それは……いいお考えですね」
「でしょう!?」
ハヤテが同調すると、彼女は得意げに胸を張った。
やはり二人で迷宮を冒険するのは無謀。最低でももう一人前衛と回復役、そして宝箱や罠の解錠が得意な盗賊が欲しいという結論にマリネシアは至った。その人員を探すための酒場であった。
「古来より、酒場には多くの探索者が集まって酒を飲みかわし、見知らぬ探索者同士で意気投合してそのままパーティを組む───仲間集めと言えば、酒場と相場は決まっています!!」
「そうなんですか?」
「はい!」
まあ理屈は分からないでもないと、ハヤテは主人の言葉に納得する。酒場ならば多くの人が集まるし、探索者同士の繋がりができやすいと言うのも不思議な話では無い。
ハヤテは依然として文字は読めないが、大々的に掲げられた看板には〈コングレスの酒場〉と書かれている。外からでも中の繁盛ぶりは容易に伝わってきた。
「いらっしゃい! 空いてるところに適当に座って!!」
中へと入ればその熱気はダイレクトに伝わってくる。酒場はマリネシアの言葉通りたくさんの人───基、探索者達が昼間から酒を呷りどんちゃん騒ぎをしていた。
「わぁ……!!」
「おぉ……」
想像していた通りの光景に感嘆の声を零しながらも、ハヤテとマリネシアは店員に言われた通り適当に空いていたカウンター席へと向かう。
「見ない顔だな、
隅の席にマリネシアが腰を下ろすと直ぐに一人の男がカウンター越しに声をかけてくる。
「はい!仲間を探しに来たんです!」
「そうか、俺はこの酒場の店主のディーグだ。よろしくなお二人さん」
名乗った男は恰幅がよく温和な雰囲気の中年で、口元に蓄えた髭が何とも目を引く。そんな男に対して、マリネシアも柔らかい笑みを浮かべて自己紹介をした。
「マリネシアです!こっちは仲間のハヤテ!」
「……」
「おう、よろしくな───」
挨拶も程々に、マリネシアは飲み物と軽く摘めるものを注文する。ハヤテは一番安い果実水、マリネシアはキンキンに冷えたエールだ。直ぐに頼んだものはテーブルに届き、注文を運んできてくれたディーグはそのまま彼らの前に居座る。
「───それで、仲間を探してるって言ってたよな? どんな奴を探してたんだ?」
「えっと────」
ディーグの質問にマリネシアが答えた。流石は酒場の店主と言ったところか、ディーグは探索者同士がパーティを組む際の仲介役も担っていた。マリネシアの話を聞いて、彼は思い当たる人員が居ないかを思案した。
「うーん!美味しい!」
その間にマリネシアは美味しそうにエールと串焼き肉に舌鼓を打つ。ハヤテは我関せずと言った感じで、席にも座らずに周りを観察していた。
そんなハヤテの様子が気に入らずマリネシアは不機嫌に言う。
「───と言うか、ハヤテはいつまでそこで突っ立っているつもりですか? 座らないんですか? お肉、美味しいですよ?」
「……奴隷が主人と同席するのは疎か食事を一緒にするのはどうかと……」
「またそんなことを言って───」
呆れたようにハヤテにジト目を向けるマリネシア。ハヤテとしてはそう簡単に奴隷根性が抜ける訳もなく、当然の思考であった。しかし、彼の主人は諦めが悪かった。
「───いいから座ってください。一緒に食べましょうよ」
「いや、しかし……」
縋るようなマリネシアの眼差しにハヤテは迷う。主人が望むのならば奴隷としてはそれを叶えるべきなのだろう。しかし、今まで積み上げてきた奴隷観が制限をかける。
ハヤテが何とも不毛な葛藤をしていると、店主のディーグが思考の海から帰ってきた。
「そうだ思い出した!あいつらが居たな───」
二人は会話を中断してディーグの方へと視線を遣る。
話を聞いてみると、ちょうどハヤテ達と同じく駆け出しの3人組パーティがいるらしい。それもマリネシアが欲しいと言っていた役職がそろい踏みでだ。
「───そうだな明日またここに来ればそいつらと会う場を設けよう。どうだ?」
「ホントですか!?是非、お願いします!」
「了解だ」
しかも直ぐに会う手筈も着いた。詳しい話や条件のすり合わせはそのパーティと会う日に、ということでディーグは「ごゆっくり」と言って仕事へ戻って行った。
「これで人員補充は何とかなりそうですね、お嬢様」
「ですね!」
案外、呆気なく見つかった人員の宛にマリネシアは喜んだ。つい今までの〈同席問題〉のことすら忘れて、彼女は上機嫌に酒を煽った。
───助かった……か。
内心、ハヤテは安堵する。このままなあなあで終わらせてしまおう、と気配を消すことに注力した。
背後からは依然として楽しげな酒飲み達の声。それは野放図に膨張していき、耳の音がキンキンと痛くなってくるほどだ。そんな賑やかすぎる酒場に突然静寂が訪れる。
「……?」
何事かとハヤテは辺りに視線をやれば、酒場の全員がとある場所を注視していた。流されるようにハヤテも目を送ると、そこは店の出入口。扉の前で布切れ同然の黒色の外套に身を包んだ一人の男が立っていた。
「「「………」」」
それを見て他の探索者達はまるで汚物を見るように表情を顰めた。そして声を潜めて様々に言う。
「
「なんだってここに来るんだよ……」
「飯が死体臭くなるじゃねぇかよ」
明らかに歓迎の雰囲気では無い言葉の数々。しかもその全てが男の耳に届いているであろう。
「…………」
しかし、当の男は気にした様子もなく店の中を行き、空いているカウンター席へと着いた。図らずもそれはマリネシアの隣であった。
それはハヤテが座る予定だった席であり、彼女は断りなく隣に座った彼を見て怪訝そうな表情を浮かべる。しかし、それはほんの一瞬のことで、マリネシアは男に対して元気な声で話しかけた。
「あっ!先日は迷宮の中で助けてくださり、ありがとうございました!!」
「「「………」」」
またも一瞬の静寂。周りは一気にマリネシアと男に注目する。ハヤテもギョッとしながら隣を注視した。
「…………ああ」
少しして男の低く唸るような返事が聞こえてきた。そして困惑するハヤテに気づき、マリネシアは補足をしてくれる。
「この方はこの前私たちを助けてくれた探索者のジルバさんです!」
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