第3話 探索者組合

〈迷宮都市〉


 そこはまさに他の国とは隔絶された異界の都市である。他国から訪れた旅人や商人たちが口を揃えてそこは「異世界」と言った。


 その際たる理由が世界に幾つかしか存在しない〈迷宮〉の所為であるのは言わずもがな。その特異性から都市を管轄する国主や周辺国は下手に手を出せずに、干渉したくてもできないでいる。ある種の独立都市となった正に「異世界」と呼ばれるに恥じない発展を遂げた都市である。


 ハヤテが奴隷市場からわけも分からず馬車に揺られて連れられてきた場所はそんなところである。そして彼をここへ連れてきた張本人である主のマリネシア・アンクルスはハヤテをとある場所へと連れ出す為に街中へと繰り出していた。


「さあ、早く行きますよハヤテ!」


「待ってください、お嬢様……」


〈迷宮都市クリーク〉


その大通りはたくさんの人で賑わっていた。先に進もうにも人の波でその速度は制限される。そのはずなのにマリネシアはすいすいと人の波を縫うようにすり抜けて小走りで先を進む。


 ───人にぶつからず、器用なことをする……。


 この往来では一度はぐれてしまうと合流するのは至難の業だ。ハヤテはマリネシアからこの外出の目的地も知らされてないのだ。ならば尚のこと彼女から離れる訳には行かなかった。


 ───色々と言葉足らずなんだよな、このご主人様は……。


 小さい背中を追いかける中でハヤテはそんなことを思う。出会って間もないがハヤテがマリネシアに抱いた印象は「自由奔放」であった。そして、この印象はあながち間違いでもないだろうと。


 戦場を駆けるのと比べれば、その追いかけっこは些か平和すぎた。


「私、近道を知ってるんです!」


「はあ……」


 不意に小さな少女の背中が人気のない路地裏へと向かう。それにハヤテは気のない返事をしてついて行く。


 人の数が極端に少なくなったことで妙に静寂が気になる。ハヤテはここなら人目を気にする必要も無いと、ずっと気になっていた事を質問する。


「……それでお嬢様。俺……ワタシ達は今から何処へ行く……向かおうと言うんですか?」


 未だ慣れない丁寧な言葉遣い。奴隷に堕ちて、直ぐに戦場へと放り込まれたハヤテにとってしっかりとした主人とのコミュニケーションはこれが初めてと言っても過言では無い。傍から見ればそれはまだ礼儀の成ってない不躾な言葉遣いに思えるだろうが、本人にとっては精一杯のものであった。


 そんな彼の頑張りを知ってか知らずかマリネシアは質問に答えた。


「あれ?まだ言ってませんでしか?」


「はい」


「あはは、これは失礼しました。今私たちは探索者組合に向かっています」


「探索者組合……?」


 それはハヤテにとって聞き馴染みの無い単語であった。首を傾げるハヤテを見てマリネシアは言葉を続けた。


「これからハヤテは私と一緒に地下迷宮に行ってもらいます。しかし、その為には色々と手続きが必要なんです」


「はい」


「地下迷宮とはとても危険な場所です。誰でもおいそれと足を踏み入れられる場所ではありません。ある一定以上の力を示せた者だけが地下迷宮に入ることを許されるのです」


「そうなんですか」


「日夜、地下迷宮で冒険する彼等のことを人々は〈探索者〉と呼びます。探索者組合とはそんな〈探索者〉を管理する機関で……つまりは地下迷宮に入るためにはその組合の許可がないとダメなんです」


「なるほど……」


 最初はつらつらと話してくれていたマリネシアの急な簡潔な説明にハヤテは素直に頷く。決して「途中で面倒くさなったんですね」なんてことは言わない。奴隷だから。


「今からその手続きをしに行くんですよ。私はもう一年間の訓練を終了しているので迷宮に入ることができますけど、ハヤテはまだ組合の登録もできていませんからね」


「……もし、組合を通さずに迷宮に入った場合はどうなるんですか?」


「さあ?詳しくは知りませんけど、そういう人たちは必ず迷宮から地上へと二度と帰ってきたことはないそうですよ?」


「それは怖い……」


 あっけらかんと答えたマリネシアの言葉にハヤテは心にもない返答をすると、路地裏から再び大きな道へと出る。


「さあ、着きましたよ。ここが探索者組合です」


「ここが……」


 マリネシアの言葉と共に目の前に現れたのは無骨な石造りの三階建ての立派な建物だ。その建物の中心にはデカデカと剣と洞窟を模した証とニョロニョロと黒い線。読み書きのできないハヤテにとってそれが「探索者組合」の文字であることは理解できない。


「行きましょう!」


 呆然と建物を見上げているとマリネシアは我先にと建物の中へと入っていく。それにハヤテも続いた。


「……へぇ」


 中に入った瞬間にハヤテは全身に突き刺さる威圧感を覚えた。そこには筋骨隆々、様々な武器や装備に身を包み、種族の違う人間がたくさん居る。


 それらは殆どが異様な雰囲気を纏っており、視線を向けられるだけで剣で首元を突きつけられるような感覚。明らかな強者の威圧感を放っていた。


「───?」


 不意にハヤテの心臓の鼓動が一瞬だけ速くなった。妙に焦る違和感にハヤテは首を傾げながらも、迷いなく中を突き進むマリネシアの後を追った。


 建物内は簡素な作りであり、受付と横に飲み食いをする酒場の席が殆ど。マリネシア達が向かったのは受付であった。


「こんにちは、セリーヌさん」


「あらマリーちゃん、いらっしゃい。今日はどんな御用かしら?」


 受付に在中していた女性にマリネシアは慣れた様子で声を掛けた。どうやら二人は顔見知りであるらしく、気軽に話し込み始める。その内容に対して興味のなかったハヤテは軽く周囲を見渡した。


 ───見られてるな。


 その原因には何となく察しが着いていた。自分のような小汚い奴隷とマリネシアのような身なりの良い少女が一緒にこんな所を訪れればそれこそ注目を集めるだろう、と。


『─────』


 しっかりとその内容を聞き取ることは出来ないが、何やらハヤテ達を見て密談をするものもいる。


「……」


 マリネシアは受付嬢との会話に夢中でそれらの不躾な視線を気にした様子は無いが、ハヤテはそれに居心地の悪さを覚えていた。


 ───本当に、どうしてこんな少女が地下迷宮なんかに……。


 改めてその異質さにハヤテは首を傾げる。同時に早く二人の会話が終わらないものか、とも。


『あれ───』


『そうね───』


『誰か───』


 奇異の視線は増すばかりだ。ハヤテはもう考えるのを止めて、無心で主人が用事を済ませるのを待つことにした。


 ───そう、宛ら俺は道端の地蔵だ。


 なんて馬鹿なことを考えていると、唐突に人の気配が近づいたのを感じる。瞑っていた目を開けるとそこには一人の柄の悪そうな男が立っていた。


 奇抜な髪型に身長はハヤテより頭一つ高いくらい。獣の皮を鞣した装備に身を纏ったそいつはハヤテを睥睨し、口を開いた。


「おいおい、ここはお前みたいな下賎な奴が来るようなところじゃないぜ?」


「……」


 たいそう見下した男の言葉にハヤテは答えない。まさかこんなに分かりやすい絡まれ方をするとは思っていなかったからだ。


 ───ここに来た瞬間に、探索者ってのは相当強い奴らばかりだと思っていたが、こういうもいるんだな……。


「───まあ別に不思議でもないか」


「おい!何無視してんだ!奴隷が人様に楯突こうってのか!?」


 依然として無視を続け独り言ちるハヤテ。奇抜な髪型の男はみるみるうちに機嫌を悪くしていた。


 さて、この明らかな面倒事をどう対処したものか、とハヤテは考えを巡らせようとしたところで少女の声が飛んできた。


「ハヤテ、組合の登録はすみました。これから適正試験を───って何かあったんですか?」


「お嬢様……いえ、特に問題は───」


「そうですか?」


 ハヤテとしては奴隷として雇われて初日で主人に迷惑をかけるのは避けたかった。だから目の前の男を完全に無視することにする。


「はい。それより適正試験ってなんですか?」


「そうそう!ハヤテは私のように何年も訓練をしている時間はないので直ぐに探索者になるための特別な試験を受けてもらいます。教官との戦闘試験なんですけど……戦えますよね?」


「ええ。逆にそれしかできません」


「なら良かったです!それじゃあ行きましょう!」


 意気揚々と歩き出す主人の後をハヤテは追う。どうやらこれから戦うことになったらしいハヤテは、試験と言えど久方ぶりの実践に少し心を踊らせた。それこそ変に突っかかって来ていた男のことなんて完全に忘れるほどに。


「あのクソ奴隷……この鉄骨のローガン様をよくもコケにしてくれたな……!」


 怨嗟籠る眼光に気づきもせずに、ハヤテ達は試験会場である建物の中庭へと移動した。

 完全無視で何とかやり過ごしたその男との再会は異様な速さで叶うことなる。

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