第19話 高い空と彼女

「高井さん、遠くまで来てもらって、本当にすまないね」


 彼女の両親は僕の荷物を奪うように取ると車のトランクに入れ、「はい、乗った乗った。寒いからすぐに行くよ」と言葉を発したと同時にエンジンをかけ、サイドブレーキを勢いよく戻した。


 まだ凍っている路面を彼女の家に向かって車は走り出していく。


「空、あなた、高井さんにちゃんとお礼いったの?わざわざこんな所まで、しかも年末年始に来てくれたんだからね」

「分かってるってば。ねぇ、高井くん、私、ちゃんとお礼言ったよね!?」


 後ろの席に座る僕たちは顔を見合わす。「ほら、ちゃんと言って」と彼女が目で合図しながら、僕の手に自分の手を絡ませてきた。

 僕は目を半分泳がせながら、「はい。何度も言われましたよ」というと、今度は彼女の父親が「おいおい。もう尻に敷かれてるじゃないか」と大声で笑った。


「ほら、高井さん、もっと食べてちょうだい。このままだったら残っちゃうから。遠慮はしないでね」

「はい。頂きます!とっても美味しいです!」

「やっぱり、冬の越後カニは、最高だよね。そう思うだろう?」

「もう、お父さん、やめてよ!そんな風に言われたら、高井くん、はいって言うしかないじゃない。ねぇー、母さん」

「そうよ。あたな。空の言う通りだわ。はい。そしたら、みんな鍋の中の具を全部すくって頂戴な。カニ雑炊を作るわよ」


 彼女のお母さんが作るカニ雑炊は絶品だった。

 濃厚なカニの味がふわふわの卵でまろやかになって、そこに薄い柚子胡椒が絶妙なアクセントになっている。

「あー、美味しいな〜」僕は、心からその言葉を発する。彼女の両親の柔らかい雰囲気と、その中でリラックスしている彼女を見ているととても気持ちが良くなる。なんて居心地がいいんだろう。僕は、ずっとこの場所にいたい…。そう思っていた。


- - - - - - - -


「ほら、空、空ってば…、風邪引くぞ」


 疲れていたのだろう。

 彼女は、ソファーにもたれながら静かに寝息を立てている。

 

 二人、台所で仲良く並んで洗い物をしていた彼女の両親が、「高井くん、珈琲でも飲もう」と言ったので、僕は、自分のダウンジャケットを彼女にかけるとゆっくり立ち上がり、リビングのテーブルへと向かった。


「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」


 僕ら三人は、入れ立ての珈琲の香りを楽しみながらカップを口に運ぶ。


「それにしても、こんな空を見たのって、久しぶりだわ…」

「そうだな。まるで中学の頃の空を見ているようだ」

「ふふっ。ほんとね」


 彼女の両親は、二人だけしかわからない思いを胸に、心からホッとしているような感じだった。


「高井、さんのおかげですよね」

「そうさ。君のおかげだよ」


 急に二人が、僕のおかげなんていうから、背中がこそばゆくなってしまう。


「いえ、僕は、なにもしてないですよ。ただ、そうですね。僕はきっと諦めが悪いことが短所でもあり長所でもあるんでしょう。だから、一年以上も彼女を思っていられたのかなと思います」


「えっ、高井さん、そんなに長く、空のことを思っていたの?」

「いやっ、そ、それは、まぁ、実際、そうなんですけどね…。なんだか恥ずかしいなぁ」


 僕は、顔を真っ赤にする。


「よ、良かった。本当に、本当に…」


 彼女の母親は声を震わせて話出す。


「病気になった後のあの子はもう見てられなかった。走ることは、あの子にとって唯一の生きがいだったのに、それが出来なくなるなんて思いもしなかったからね。でも、空は生きるために手術を決断して、そう、自ら決断して右足を失ったのよ。私達は、そんな強い決断をしたあの子ならきっと大丈夫と勝手に思い込んでいた、いや思い込もうとしていたのよね。

 だけど、本当は違った…。あの子は、手術が終わってリハビリに通いだした時から、弱い自分を見せなくなって、そして誰からの支えも受け付けなくなったのよ。勿論、私達からもね…」


 僕は、「ええ」と頷く。


「大学も東京にして一人暮らしを選んで、私達のサポートなんて何一つ受け付けなかった。流石に学費は私達が払ったけど、生活費でさえ、全て奨学金でなんとかするなんていってね…」


 遠い目をしながら話すお母さん。


「母さん、本当に良かったな。空が住んだアパートの二階が高井くんなんだろう?それって、運命だよ。それしかないな。今日、空が高井くんに甘えている所を見ると正直、焼き餅をやいてしまったぞ。はははっ」

「もう、父さんたら…。ふふっ」


 それから僕らは、空のことを時間の許す限り語り合った。僕も、彼女と出会ったころから今日まで、覚えていることを一つずつ話をしていった。


「あれ〜、三人でなんかとても楽しそうじゃない?ずるいよ!!!」


 漸く目を覚ましてテーブルにやって来た彼女が拗ねた声を出す。

 僕は、なんだかとっても幸せな気持ちになっていた。だからだろうか…。


「僕は、将来、空さんと結婚します」


 突拍子も無い事を急にいうのが僕の悪い癖なのだが、流石にやり過ぎたようだ。彼女の両親は、僕の言葉を聞いてちょっと固まっているみたいだ…。

 でも、彼女は違った。うんと頷くと僕の胸に飛び込んできたのだ。


「私も高井くんと結婚して…、高井 空たかい そらになるよ」


 高い空…。

 彼女はどこまでもどこまでももっと高く飛べるはずだ。

 僕と彼女がいればどんなことも怖くない…。


 今は、ただ、そう願っていた。




- - - - - - - - - - - -



高井くんと空ちゃんの物語…。

次回、最終回となります。

あと少しだけお付き合いください。


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どうぞよろしくお願い致します。





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