第10話 桜ともう一人の彼女

 奈良に来て二年。また、春がやって来た。

 大学生活にもだいぶん慣れ、毎日楽しく生活できているのだけど、かたや恋愛のことになると全くと言っていいほどどうしていいかわからない。


 笠原さんとは残念ながら今もずっと同じスタンスでの付き合いだ。

 友達?ちょっとした知り合い?

 彼女にとって僕はどんな感じなんだろう…。


 たまに僕の単車に乗せて大学に行くことはあるが、彼女は進んで自分のことを話そうとは未だしなかった。


 これではダメだともう一人の僕がいう。

 もっと押せばいいんじゃないのか?

 きっとあの子もお前のことが気に入ってるぞ…なんて声も聞こえて来る…。


 暖かくなってきたからだろうか!?

 僕の中では色々な気持ちが蠢き始めているみたいだ。


 そんな気持ちはさておき、今日も時間は淡々と流れていく…。

 もう午後二時か、僕は単車に飛び乗ると大学に向かって走り出した。


 近鉄西大寺駅を過ぎて細い一方通行の道に入ると、これから大学に向かう学生と帰る学生が列をなしてすれ違っている。

 そんな姿を横目で見ながら僕はその列を抜いていく。だが、二つ目の信号にひっかかってしまい、僕はふっとため息を吐くとギアをニュートラルに入れた。


「んっ?おい!徳間!」


 徳間由里子とくまゆりこ、クラスでも明るく誰にでも優しい性格、そして、何より顔もスタイルも群を抜いている彼女は、男女隔てなく人気がある僕のクラスメイトだ。

 こんな僕に対しても、彼女は他の人と同じようにいや、僕を見つけると彼女の方からいつも話しかけてくれる僕にとってはとてもありがたい友人だ。まあ、彼女からすれば同郷のよしみってやつなんだろうが。


 いつもは笑顔が絶えない彼女なのに今まで見たことがない様な思い詰めた表情をしている。そんな彼女に声をかけずにスルーなんて出来ない。


「高井くん!?」

「おい、どうした!?そんな暗い顔して。なんかあったとね!?」

「高井くん。私、もういやばい…」


 二人とも思わず博多弁で話してしまう。

 「へんなところみられたっちゃ。へへっ」と言いながら、彼女は僕の腕を持つと嗚咽を漏らした。


 僕は、彼女を後ろに乗せると、平城京跡の傍にある小さい喫茶店へと連れて行った。恐らく大学の生徒がらみではないかと思った僕は、大学から離れた場所の方が彼女が安心して話すことができるのではないかと思ったのだ。今日の講義はさぼるしかないが、このまま彼女をほっておくことは流石に出来ない。


「城郭サークルで色々とよくしてくれていた先輩に昨日、告白されたんだけど…。私、断ったんだよね。だって、私、先輩を好きじゃなかったし、そもそも恋愛なんてしたことないけん…。だけど、先輩は思わせぶりばかりしやがってって、凄く怒ってね。それが原因かどうかわかんないけど、今日、サークルに行くとみんな私の事を無視するんだよ。ねえ、高井くん。私が悪かったのかな…。なんか、もう何もわからないよ」


 彼女に言い寄ったその先輩ってのは最低な人間なんだろう。

 恐らく、興味本位に、いや自分のレベルを上げる為に彼女を利用したかったのかもしれない。いや、単純に、彼女の体目当てかもしれない…。

 だが、今、僕に出来る事はそんな自分の考えを述べるってことではないんだろうな…。


「徳間、まだ時間ある?今日はちょっと遅くなってもよかね?」

「えっ。うん。大丈夫やけど、どっかいくと?」

「まあ、僕に任せろって!」

「うん。ありがと!!!」


 彼女はちょっとだけ落ち着いたように見えた。


「じゃあ、行くばい!」

「うん!!」


 僕は、少しだけ乱暴に一速で引っ張るとギアを次々と上げていく。スピードが上がっていく度、僕の腰に回した彼女の手に力が入っていった。


 奈良坂を上がって一つ目の信号を右折し、柳生街道へと単車を走らせる。


 小一時間ほど走ったところで単車を止めた僕は、彼女を連れて細い山道を少しだ降りていく。



「うわぁ〜、綺麗〜〜!」


 バイトが休みだった先週の土曜日、僕は単車で柳生街道の峠を走っていた。

 単車を愛するモノとして、飛ばさなくてもやはり峠のカーブはとても楽しいものなんだ。そんな時、ここを見つけたって訳だ。


「かなり古そうなお地蔵さんがえっと、一、二、三、…、十二体佇んでいて…、その後ろには満開の桜って、もう凄すぎない?」


 徳間は、心から感動していた。


 もうすぐ日が沈む…。

 夕景に照らされた桜が、時折吹く風でひらひらと花びらを散らす…。

 お地蔵さんの赤い帽子に花びらが落ちる。

 なんて、綺麗なんだろう。

 僕らはただ黙って、じっとその情景を見つめていた…。


 

「徳間、じゃあ、そろそろ行くか」

「うん、高井くん、ありがとう。私、サークル辞めることに決めた。事情はどうあれ、私、あーいうの嫌いだし、別にサークルの仲間がいなくても高井くんがいればいいし」

「ばかっ、こんな情けない僕一人いてもどうしようもないって」

「えー、もういい。決めたばい」

「なんやそれ。ほんと、女は強かね」

「そうばい。女は強かとよ」


 二人、顔を見ながら大笑いする。


「そっか、まぁ、元気になって良かった」

「だね。笑ったら元気になった。ありがと。高井くん」


 僕らは、緩やかなワインディングロードをゆっくりと降りて行く。

 下手には、奈良市の街の灯りがとても綺麗に見えている。

 徳間は明日から大丈夫だろうか?まあ、そんなことは杞憂なのかもしれない。彼女のことだ…、僕の他にも彼女のことを心から好きな友人は沢山いるだろうから…。


 急なカーブでもないのに、徳間がさらに僕にくっついてくる。

 行きと比べて特に激しい運転はしてないのだが…。

 僕の背中が急に熱を帯びる。


 誰もがうらやむシチュエーションだというのに僕は…。

 もう一人の彼女のことを思い出していた…。


 

 




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