第9話 チョコと彼女

 今日は、二月十四日。男なら毎年ドキドキするバレンタインデーだ。

 これまで、僕は誰とも付き合ったことはないし、勿論、本命チョコというものなんてを貰ったことがない。クラスの女子に義理チョコという名のチロルチョコ一つを貰ったぐらいだ。


 笠原さんとは、除夜の鐘を一緒に行ってからほんの少し距離が縮まった気がする。だから、アパートの前や大学でも彼女を見つけると僕は声をかけれるようになったし、大学に向かおうとしている彼女を見かけると彼女がイエスと言えば単車に乗せて一緒に大学へと行った。

 少しづつ本当に少しづつ彼女の心に近づいている感触はあるのだが、その向こう側に彼女の固い壁を感じて、僕は情けない話だがこれ以上の事を何も出来ずにいた。


 大学は今月より長い春休みに入っている。今日はバイトも休みで正直時間を持て余していた。

 僕は、部屋にいても何もやることがないので、図書館にでも行って時間を潰すことにした。図書館は単車で行けばすぐそこなのだが、わざわざ防寒をするのも邪魔くさい。なので歩いて行こう。


 春はすぐそこというけれど、奈良の冬は底冷えが凄い。

 僕は、近くに誰もいないことを確認してから、両手をぶんぶん振りながら歩く。ほんの少しだが体が暖かくなってきた。


 図書館に着くとまずは小説コーナーを物色する。

 こう見えて、僕は本を読むのが趣味で、時間を見つけては集中して読んでいる。

 最近は、図書館に行く機会がなかっ為、スマホでいろんな物語を読んでいたのだが、やはり実際に紙をめくる動作が僕は好きなのだと改めて思っていたのだ。


 気になる文庫本を三冊見つけた僕は、それを持って一人用のクッションに座り、一冊めのページをめくった。

 物語は、今の僕が欲する甘い恋愛ものだった。あっという間に半分ほどを読んだ時、自動貸出機の前であたふたしている女性が目に入った。


「えっ?笹原さん!?」


 僕は、本をソファに置くと彼女の方へと早歩きする。


「笠原さん。どうしたの?」

「あっ、高井くん。来てたんだ。えっと、ちょっと困ってしまって…」

「ん?」

「今日、絶対にこの本を借りて帰りたいんだけど、一人八冊までってなってて。私、今、九冊借りようとしていて…」


 彼女は、登録できない一冊を胸に抱えると、途方にくれている。


「それなら僕が借りてあげようか!?」

「えっ!?そっか、その手があったね」

「ちょっと待ってね。直ぐに戻るから」


 僕は慌ててさっきまで座っていたソファに戻るとキープしていた三冊を手に取り、彼女が待つ自動貸出機に戻る。


「じゃあ、それ、貸して。一緒に借りるね」

「うん。ありがとう」


 僕は借りた本を一冊ずつスキャンしていく。そして、彼女から預かった本をスキャンすると…。


「あれっ、同じ本だ」


 思わず声が出てしまう。

 彼女が借りようとした本は、僕が選んでいた本の続編だった。

 驚いた僕は、思わず言ってしまう。


「笠原さん、絶対にネタバレはなしだよ」

「えっ!?うん。しないから安心して」


 あー、僕は、一体何を言ってるんだろう…。


 彼女は僕が借りてあげた本を受け取ると他の本と一緒にトートバッグの中へ入れる。


「あのっ」


 彼女が本を入れたトートバッグから箱を取り出した。


「へっ」


 思わず情けない声が出てしまう。


「これ、チョコ。いつもお世話になってるお礼…」


 僕の手には緑のリボンがついた小さな箱が光を醸している。


「あ、ありがとう。ごめん。気を使わせて」

「ううん。私、うん。やっぱいいや」


 彼女は何か言いかけたのに、結局いつもの表情になってしまった。


「これからアパートに帰る?」


 アパートまで彼女と一緒に帰ろうと思って誘ってみたのだが、彼女は咄嗟に遠くを見つめた…、いや、そんなような気がした。


「あのね、これから人と会うんで」


 なんとなくこれ以上は入って来ないでと言われた様な気がした。


 結局、僕は寒い風を浴びながら一人アパートに戻っている。

 ポケットには彼女から貰ったチョコが確かにある。あれだけ嬉しかったのに、今はなんだかとても切ない。


 僕は、これからどうしたらいいのだろうか…。









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