第6話 サイゼと彼女

 あっという間に夏と秋が過ぎ、朝夕は厚手のコートがないと厳しくなってきた。 

 

 初冬の入りは突然やってくる…。

 

 昨日降った雨で出来た水たまりに薄い氷が張っている。もうそんな季節なんだと改めて感じていた。


 大学生活は思ったより快適だった。一応、講義には全て真面目に出席しているし、前期の試験も良い感じで出来た…。

 喫茶ガルーダでの仕事も随分慣れて、腱鞘炎で右手が使えないマスターに変わりここ一週間は、看板メニューの焼きそばを僕が作っていた。

 だが、マスターからレシピを教えてもらい、その通りに調理しているのに正直言うとやっぱり何かが足らないと思ってしまう。それは、お客さんもそうみたいで、焼きそばを口に入れた後、首を傾げる人がたまにいて、そういうのを見ると正直焦ってしまう…。

 まあ、悩みと言えばそんな所か…。いや、違う…。もう一つ大事なことが…。


 どうやら僕は笹原 空ささはら そらさんの事が気になっている、いや、好きみたいなのだ。正直、彼女の人柄はよく知らないし、自分でもなぜだかわからない。彼女の顔が好きかと言われれば好きだが、単に可愛いから、美少女だから好きなんてことは一ミリもない。それは断言出来る。

 ただ、ほんの数回しか言葉を交わしていないのに、彼女の人柄が手に取ってわかるような気がするんだ。

 

 この気持ちに気づいたのが夏休み前だから、もうあれから五ヶ月も経っている。流石に、一人だけ盛り上がっているのはバカみたいだし、どうせなら彼女にこの気持ちを伝えてみたいとも思う。いや、急に言えば気持ち悪がられるかもしれない。だから、少しずつでいいからもっと接点が増えていけば嬉しいと思っていた。



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 今日はバイトも休みだし、家で料理もしたくない。でもコンビニ弁当は嫌だ…と思った僕は、じゃあサイゼにしようと単車を走らせた。

 駐車場に単車を止め、フルフェィスのメットを外すとなぜか「はぁー」と深いため息が出てしまう。やっぱり一人の外食は寂しいよな…、僕は、そんな事を思いながら店の中へ入っていった。


 今日は、木曜日だよな…。なにこれ!?平日の夜なのにこんなに混んでるってなんなん!?店内も待合室もとにかくむちゃくちゃ混んでいるし…。

 僕は、受付表に名前を書き込むと混雑した待合室から一旦外に出て時計を見つめる。


「十二番目か…。結構かかるかもしれないな…」


 あと、どれくらい待てばいいのだろうか?もしかしたら一時間くらい待つかもしれないな…。もう、諦めてコンビニ弁当かカップラーメンにしようかなどと考えていた時、店内から僕の方に向かって手を振っている女の子に気づいた。


「笠原、さん?」


 僕は、急いで店内に入ると恐る恐る彼女が座る二人掛けのテーブルへと歩み寄る。


「私も今テーブルに座ったばかりだし、良かったら一緒に食べますか?」

「えっ?いいの?」

「私も三十分は待ったから…。今はもっと並んでるからかなりかかると思うし。なので、良ければどうぞ」

「良ければなんて…。ほんとにいいの?ありがとう。助かる」

「いえ。高井さんには前にもすごくお世話になってますし…」

「あっ、英語実習の日のことか」

「はい。おかげであと三度ほど授業を受ければめでたく単位は貰えるはずです」

「そうか、あと三回か…。僕も頑張ろうっと」

「そうですよ。あの教授とは来年も関わることになるようですから、絶対に単位は取っておいた方が良いと思います」

「そうなんだ。凄いね。もうそこまで考えてやってるんだ」

「…。まあ、好きなようにさせてもらっているので、勉強くらいはちゃんとしないと、…ね」

「わかるなそれ。僕も同じだよ」


 話が尽きないが、まずは注文をした方がいいんだろうなと思っていると丁度スタッフが水とおしぼりを持って来た。


「ご注文がお決まりになったらそちらの端末からご注文ください」


 彼女は「お先にどうぞ」と言って自分のスマホを見始めた。僕は、何回かメニューをいったりきたりした後、カルボナーラのサラダセットを注文した。


「笠原さん、メニュー、どうぞ」

「あっ、高井さんと同じものでお願いします」

「えっ、いいの?」

「はい。それで」


 僕は、カルボナーラのサラダセットを1から2にすると決定のボタンを押す。


「不思議ですね。今日、私は、グラタンを食べようとここに来たのに、高井さんがカルボナーラを頼んだら、なんだか無性にそれが食べたくなりました。おかしいですよね」


 そういうと彼女は少しはにかんだ笑顔を僕に向けた。

 あー、やっぱりなんて素敵なんだろう。

 僕は、この一瞬で完全に恋に落ちたのだ。



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