第3話 上陸

 揚陸艦チェスタトンは、まるで風を受けるかのように速度を上げ、望遠鏡から敵の顔が朧げに伺える程の距離に海岸線を捉えた。


「減速! 底荷調整! 海岸に食らいつけ!」


 中将が叫んだ刹那、右斜方向から火球が飛来し右舷に叩きつけられた。敵も当然狙って来ると分かっていても、背筋を冷たいものが伝う。


「ビビるな突っ込め! こんくらいじゃあ、コイツはびくともしねぇよ!」


 豪傑な中将は黒鉄の海獣を海岸へと急き立てる。

そして、ついにその時が訪れた。


「上陸10秒前!」


 通信兵が叫ぶ。


「野郎どもすっ転ぶなよ!」


 前下方から突き上げるような衝撃が来る。揚陸艦チェスタトンが海岸に乗り入れたのだ。


「先生!」


 リリアが叫ぶと右腕を僕の後頭部に回して覆いかぶさるようにして庇う。


「大丈夫ですか?」


「あ……ああ」


 柔らかな双丘が僕の鼻先に押し当てられている事などお構いなしに僕を気づかう。心臓が早鈴をうち、場違いな欲情が高まる。   

 まずい。彼女は人間の神経の動きを読み取って、相手の行動や考えを予測出来る。否、出来てしまう。

 今、僕の精神がどのような状態か知られれば、僕の学者としての人生が終わりかねない。そればかりか、最悪は貴族社交界からの追放もありうる。

 なによりも年の離れた少女に沸き立った劣情を覗かれるなど羞恥に耐えない。

 とにかく今ある状況に目を意識を向けるのだ。そうすれば、この場違いな感情の高抑えられる筈だ。


「先生」


「な、なにかな?」


思わず声が上擦ってしまった。


「いきましょう」


 彼女は立ち上がり、そのまま僕の手を引き肩を支えて助け起こす。その真摯な表情からは彼女が今何を思ってるのか窺い知る事は出来ない。僕の神経の動きを読んでなければ良いのだが。


「歩板開け! 護衛戦車揚陸開始! 残ってる奴らは武器を取れ、艦を放棄する」


 中将が僕らを無視するように立て続けに下令する。揚陸の間、チェスタトンは動けない。必然として敵の的になる。急いで退艦しなければ。

 出口に向おうとすると、古い木製の義足をつけた右足を組み、背中を背もたれに押し付けた中将が目に止まった。


「中将閣下!」


 僕が叫ぶと彼は言った。


「艦長は最後に降りるもんだ。さっさと行きな」


「しかし!」


「お客さんだからって、上官の命令に逆らうとあっちゃあ、ただじゃおかねぇぞ」


 ここまで言われては、どうする事も出来ない。


「ご武運を」


 軍隊の様式に倣って敬礼すると中将は視線をこちらに向けて敬礼で答える。

 ふと『貴族は義務を負うものよ』と語った母の言葉が思い出された。

 中将は貴族出身ではない。産業革命のおりに発布された私掠船廃止令に伴い、軍に帰順した海賊出身者だ。

 そんな彼に、今まさに古き良き貴族が持つべき覚悟を見せられた気がした。


「行こうリリア」


 今度は僕から告げると彼女は静かに頷いた。

 格納庫に降りると、既に護衛戦車ケルセルトが発進していた。

 この戦車は襲撃戦車ビルケリスと違い、装甲が厚く強力な7,5サンチ砲を備えている。不整地では人間が全力で走る程度の速度しか出せないが、歩兵を敵の攻撃から守る事が可能で、甲竜に対抗しうる唯一の兵器でもある。

 一番後ろに控えていた車輛の展望塔から赤髪の中隊長が頭を出すと通信機を掴んで叫ぶ。名前は確かエンリケス。階級は中尉だったか。


「雑魚は任意に排撃しつつ前進。竜騎兵に備えろ」


 敵歩兵ならまだしも、魔道士は戦車にとって脅威となりうる事に変わりはない。だが、この男はそれらを雑兵と切り捨てた。よほどの自信があるのだろうか?


「ラドフォード特務少尉、こっちにも思念送ってくれよ。竜騎兵が突っ込んで来る方向さえ教えてくれたら良いんだ。あとはこっちで対処する。頼んだぞ」


 エンリケス中尉が振り向きながら告げるとケルセルトを前に進めた。

 なんの事はなかった。ここに居る誰もが、リリアの能力を当てにしているのだ。海域制圧艦にも思念を送らねばならないというのに、彼女の負担が心配になる。


「私なら大丈夫ですよ」


 僕の表情を見てか、はたまた神経の動きを感じとったのか、リリアが答える。その柔らかな表情を見ていると、ここが戦場である事を忘れてしまいそうになる。


「自分の限界は分かってますから」


 限界が来る一歩手前まで奮闘すると宣言しているに等しい。自分の胸に手を当てながら言う彼女の姿が、とても痛々しく思えた。


「君だけが重荷を背負う事なんかないよ」


 人工魔道士の調整過程がどのようなものかは分からない。だが、過酷なものであった事は想像に難くない。

 なにしろ魔人族や妖精族による伝授なしに、人工的に魔力を付与するのだから。


「リリアの能力は戦場では頼りになる。それは間違いない。でも、そんな力、君が望んで手にしたものじゃないだろう?」


 なぜ、こんな人体実験まがいな事をリオニス皇国は許可したのか?いくら戦いに勝つ為とはいえ、余りにも理不尽ではないか?

 今まで気にしていなかった、ともすれば考えまいと避けて来た疑念が、実際に能力を振るう彼女を見ていて、ふつふつと湧いて来た。


「僕の大学では、君よりも年上の学生が、今も勉学に励んでいる。それなのに、どうして君が戦場に出ないといけないんだ?」


「先生……」


 驚いたような顔をするリリア。

 そんな事、考えた事もなかった、と表情にはっきりと描かれているようだ。

 どうも彼女は、自分に与えられた役割がさも当然の事のように認識している節がある。

 義務は自ら負ってこそ。押し付けられて従うばかりでは奴隷と変わらないというのに。


「ごめん、こんな時に言う事じゃなかったね。今は任務に集中しよう」


 この戦いが一段落したら、彼女に能力を与えた組織について調べてみよう。

 戦争が終わればこんな力も要らなくなる。何か治療法があるなら、彼女を元に戻してあげたい。


「周りにはいい年した大人達が大勢いるんだ。僕だってそうさ。だから、もっと頼ってくれ」


 支給された将校用拳銃の銃把を握る。


「僕だって、君の負担を軽くするくらいは出来るさ」


 これまで学者として世界儀の空白を埋め、地理と軍事の均衡のもとに恒久平和を実現したい、という理想を抱いて来た。

 それは今も変わらないが、まずはリリアを救いたい。身近な者を助けずして、何が恒久平和か。


「先生、ありがとうございます」


彼女は柔らかに、けれどもどこか寂しそうな眼差しを向けて微笑んだ。


「よし、護衛戦車の影に隠れて進もう」


 僕達は最後尾の中隊長車の後ろに続くように、歩板を下って外に出た。

 そこかしこで人が倒れている。近くには全身が黒く焼け爛れ、氷に潰され、目を向いて天を仰ぐように絶命した友軍兵士達、さらに前方には銃弾に腹を割かれた敵魔道士や兵士の遺体が散らばっていた。

職業柄、過去に起きた戦争について調べてはいたが、いざ目の当たりにすると言いしれぬ恐怖が込み上げてくる。生きている者は誰もが叫び、呻き、そして憤怒に身を焦がしていた。

 この地獄の中を護衛戦車ケルセルトは突き進む。手向かう魔道士に榴弾を撃ち込み機銃弾を乱射し肉を切り裂いていく。

 味方の奮戦のお陰で、徐々に地積も広がりつつあった。襲撃戦車ビルケリスと歩兵の多くは砂浜を突破し、なだらかな丘陵地帯の攻略にかかり始めていた。

 やはりラグニール帝国は魔法に頼る分、野戦築城の技術がが乏しい。これなら押し切れる、そう思いかけた矢先、丘陵の向こう側から咆哮が聞こえてきた。


「あの鳴き声は、まさか?」


「甲竜タラスクです。80騎はいます」


 こちらの戦車部隊に換算して1個連隊規模か。多いな。揚陸したケルセルトは13輛しかないというのに。


「本命さんのお出ましだ。中隊全車、警戒を密に」


 展望塔から半身を乗り出したままエンリケス中尉が部下に指令を下した直後、丘の稜線から獅子の鬣を生やした竜のような頭部が覗いたかと思うと、傘型隊形を取りながら次々と突進して来た。

その体躯とは裏腹に動きは素早く、重量と速度に任せて前方に展開するビルケリスを軽々と弾き飛ばす。

 全長8メルター、体高3メルターを超える6本足の甲竜タラスク。ちょうど僕達の前を進むケルセルトと同等の背格好だ。

 突進して来た部隊は、こちらから見て側面を曝す形になっているが、半数が丘の上に陣取り火球を吐いて来る。その威力は魔道士による炎系魔法の比ではない。熱せられた空気が、こちらまで達するほどだ。

 いかに装甲の分厚いケルセルトといえど、そう何度も耐えられるものではない。瞬く間に2輛が擱座し、中から戦車兵が飛び出した。


「突っ込んで来た奴らから狙え。味方に当てるなよ」


 中隊長が通信機越しに部下に命ずると、生き残ったケルセルトの砲塔が、重い駆動音を響かせて動きだす。


 護衛戦車隊が一斉に砲火を切った。耳を聾する程の、けたたましい轟音をとともに榴弾がタラスクの胴体に炸裂する。


「徹甲装弾、集中一斉射、てぇっ!」


 榴弾を受け横転したタラスクに、立て続けに集中砲火を浴びせた。露わになった腹を、徹甲弾が食い破る。飛散る血飛沫が見えたかと思うと臓腑が砂地に広がった。


「榴弾装弾、集中一斉射……撃てっ!」


 数の不利を押し返すように護衛戦車中隊は秩序立った猛攻を仕掛けるが、こちらの存在に気づいた敵の動きも素早く、周囲の歩兵を尻尾で薙ぎ払いながら砲撃をかわしはじめた。


『私に考えがあります』


 突然、頭の中にリリアの声が飛び込んで来る。人工魔道士としての彼女の能力、思念投射だ。

 驚いて振り向く僕に、彼女は頷く。ほどなくして、今度は中隊長が目を向いてリリアを見た。彼にも何か思念を送ったようだ。


「アビー、アローは後退、『管制者』の両脇を固めろ」


 中隊長車を含めた3輛のケルセルトが僕達の周囲を固めるように布陣すると、リリアが砂地に白群の魔法陣を展開させる。

 広域に思念を伝達させるには、この方法をとるしかない。リリアが動けない間、盾になってくれるようだ。しかし、一体何を始めるつもりだ?

しばらくすると、甲竜達が呻き始め、横転し、地面をのた打ち回り始めた。突進して来た部隊と、丘に陣取った部隊の全てだ。

 竜騎兵がその背中から投げ出され遁走する間に、歩兵や襲撃戦車が甲竜の腹部や顔部に火力を集中させていく。

 丘に陣取った部隊に対しては海域制圧艦からの集中砲火が浴びせられ、凄まじい轟音と鬨の声が戦場を瞬く間に支配した。


「まさか、中将はこの事を……」


 こっちには幸運の女神がついている、と上陸前に中将は言った。リリアが思念を送れるのは、人間だけではないという事か。

 他の生物は竜騎兵による号令以外の人語を解せない為、いきなり頭に響いて来たリリアの声のせいで思考に異常を来すのだろう。


「ううっ!」


 突然、リリアが右手で額を抑えてその場に膝をつく。


「リリア!」


 慌てて駆け寄り、彼女の背中を支えた。


「大丈夫……です。少し休めば回復しますから」


 大丈夫な訳がない。額には玉のような汗が浮かび、呼吸も明らかに荒く乱れている。


「喋らなくていい、無茶し過ぎだ」


「特務少尉、後は我々に任せろ。先生さん、彼女をしっかり守ってやれよ」


 エンリケス中尉をはじめ、僚車が砂地を前進していく。

 リリアのお陰で、形勢は明らかにこちらに傾いた、逃げる敵歩兵や狼狽する魔導士も、味方の攻撃に次々と倒れていく。

 ビルケリスが潰走する敵歩兵達を轢殺し、魔導士に2サンチ機関砲を浴びせる。竜騎兵は既に壊滅していた。リリアの思念により錯乱したタラスクは、竜騎兵の喪失による凶暴化に至る前に絶命し、あるいは無力化された。

 いつの間にか、周囲には敵味方の骸が転がるのみとなった。まるで、世界の中で僕達だけが取り残されたかのような錯覚を抱く。


「リリア、少し休むんだ」


「すみません」


 弱々しく言うと、そのまま眠るように目を閉じた。呼吸はもう安定している。どうやら気を失ったようだ。風系の魔法を応用し、リオニスが独自に生み出した探索魔法。これほどまでに負担がかかるものなのか。

 彼女を砂浜にゆっくりと寝かせると、将校用拳銃を拳銃嚢から引き抜く。敵の生き残りがいるかも知れない。警戒は必要だ。ケルセルトがこの場を離れた以上、彼女を守れるのは本当に僕だけだ。味方も続々と上陸しているが、ここに留まる者は居おらず、皆が丘へと進んでいく。

 周囲に目を凝らしていると、地面にうつ伏せに倒れている敵魔導士の右手が紅く瞬いたように感じた。

 背筋に悪寒が走る。見間違えではない。あれは炎系魔法の灯火だ。

 両手で拳銃を構えて照星と照門を合わせる。僕だって銀狐狩りで腕を慣らした身だ。散弾銃しか扱った事はないが、要領は同じのはず。例え撃つ対象が違おうとも。

 人差し指を引くと、小気味よい反動が肩を叩く。しかし、当たらない。2発目、3発目も外れた。

こうしているうちにも魔導士の手の光は徐々に大きくなっていく。

 くそっ、くそっ、くそっ。普段は偉そうに教鞭を執っているくせに、いざとなったら女性ひとりも守れない。なんて情けない!

 いくら己を叱咤しても、銃弾は虚しく敵の上を通り過ぎる。

 駄目だ、魔道士の生み出した灯がさらに大きくなっていく、これでは魔法が放たれてしまう。僕はリリアの前に歩み出し、両手を広げて力の限り叫んだ。


「この死に損ないがぁっ! やれるものならやってみろよ!」


 こうなったら僕自身が盾になり、味方が気づいて仕留めるまで時間稼ぎをするしかない。これまでの実績、これから成し遂げたい事が一瞬頭を過ぎった。だが、彼女を見捨てるという選択肢は端から切り捨てた。考えるよりも先に身体が動いていた。


「ずいぶんと口が汚いんだな、学者先生」


 後ろから低く響く声が聞こえた瞬間、晴天に高く響く乾いた発砲音とともに魔導士の頭が爆ぜ散る。


「銃把は強く握りすぎるな。照星が上向いて当たらねぇよ。相手が伏せてるなら特にだ」


 低く通る声で、まるで新人に手解きをする職工のように淡々と語るその声の主は。


「中将閣下!」


 振り向いたその先にはギムレット中将が立っていた。


「頭でっかちなだけの学者先生だと思ったが、なかなかどうして根性見せるもんだ」


 簡素な木製の義足を砂に足をとられる事なく悠々とこちらへ歩いて来る。右手には将校用拳銃が握られていた。

 拳銃とはいえ、射撃時の反動はある。右足の義足で不安定な砂地を踏みしめながら一撃で敵を倒す腕前に、歴戦の勇将としての凄みを感じた。


「う……ん」


「リリア!?」


 リリア目を覚まし、半身を起こそうとする。僕は急いで駆け寄り彼女の背中を抱える。


「先生、ご心配おかけして、すみません」


「良いんだ。もう少し休んでてくれ」


「すみません。すぐに良くなると思います」


「リリア、もうあんな無茶はしないと約束してくれ」


「先生?」


 リリアが少し驚いたような顔をする。まるで、頑張ったのに叱られた理由に見当をつきかねている子どものように。


「言っただろ?周りの大人を頼って良いんだ」


「そうですね。すみません」


 相変わらず淑やかで柔らかな声で返すが、どこか他人事のような響き、僕はそれがずっと気になっていた。


「分かってないよ!」


 思わず叫んでしまった。僕が彼女を心配している事くらい、彼女の能力を持ってすれば、すぐに分かるはずなのだ。なのに、リリアはそれに気づく素振りすら見せず、まるで機械仕掛けの人形のように淡々と任務をこなそうとする。僕にはそれが堪らなく悔しく、悲しかった。


「学者先生、そう怒ってやるな。嬢ちゃんの力で、竜騎兵を無力化しなけりゃあ、もっと多くの犠牲が出ていただろうよ」


「それは分かります。ですが」


「海を見てみな」


 地平線からは続々と揚陸艦がこちらに迫っていた。海の向こうの小さな島国であるリオニス皇国から、これほどの物量が押し寄せる様は見ていて圧巻だ。


「凄い数ですね」


 海岸の方を向き、弱々しい声でリリアは呟くように言った。


「嬢ちゃんが頑張ったから、アイツらは無傷でここに上陸出来るんだ」


 中将は続けた。


「上陸作戦は、兵隊にとっちゃあ一番おっかねぇ作戦だろうよ。浜に着く間は無防備になるし、頼みの艦砲射撃も、波に揺られりゃあ狙いが定まらねぇ。当然、成功するには数を揃えなきゃなんねぇが……頭の回るアンタなら、言いたい事は分かるよな? 学者先生?」


「数を揃えれば、それだけ戦死する兵隊が多くなる。という訳ですね」


「そうだ。アイツらにも、待っている家族や仲間が居るんだよ。丘の向こうで戦っている奴らにもな。嬢ちゃんが成し遂げたのはそういう事だ」


「それは……」


そんな事は分かっている。しかし……。


「先生にとっちゃあ、他の兵隊の事なんて知ったこっちゃないか?」


 心臓を抉られたような気がした。

 自分はまさに、中将が言った事を心の中で思っていたからだ。顔も名前も知らない他の兵隊の事までかまけてられない、リリアの事だけで手一杯だと。それでいて学者としての理想だけは上等、我ながらに嫌になる。


「いいさ、お前さんはオレなんかとは違う。もっと世の中の事を考えなくちゃならん立場だろう。皮肉で言ってるんじゃねぇさ。皆、それぞれの立場で役割がある。恒久平和の実現だったか? その道すがらでいい。アイツらの事も頭の隅に入れといてくれや」


 大人達が、こんな少女を勝利のための鍵とするなんて、そんな世の中はあまりにも歪で不条理すぎる。一方で、リリア達のような人工魔道士の力がなくては早期決着が着けがたいのも事実だろう。例え納得出来なくても、それは変えようがない。


「オレ達だって、こんな事したかぁねぇさ。部下が死ぬのはいつだって堪える。だから、こんな戦争、さっさとケリつけなきゃならねぇ」


 中将は憂いを滲ませた眼差しでリリアを見下ろしながら言った。僕だって、こんな戦争早く終わらせたい。例え、祖国が始めたて戦争であっても。

 リオニス皇国の国力や地理的な特性に鑑みれば、この戦争は短期で終わらせなければならないのは明白だ。

 人的・物的資源の限られる島嶼国リオニス皇国では、長期の動員には社会が耐えられない。その為にはこちらが優勢であるとラグニール帝国の指導者層に分からせる必要がある。上手く講和に持っていけるといいのだが……。

 学者としての考え、一個人としての思い、様々な思惟が胸中で交錯していると、自分が死体の真ん中に佇んでいると気づく。つい最近まで、学生達の前で教鞭をとっていたというのに。

 まるで世界が変わってしまったような錯覚に見舞われ、ふと視線を丘の上に向ける。折り重なるように倒れた甲竜タラスクの奥の方からは戦車の履帯の音が重く響いていた。

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人工魔道士と地理学者〜砲弾と魔法の世界で〜 風見 岳海 @whiskale

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