不可逆的故障とみいちゃん

金澤流都

いつか必ず訪れる別れ

 小さいころ、ペット用ロボットというのを買ってもらった。

 そのロボットは丸っこくてフワフワしていて、とても可愛らしく、最新のAIを搭載し、本物の犬猫程度の知性で、でもぜったい人間に危害を加えない、というものだった。

 夜になれば自分で充電用のハウスに入り、人間が出かければそのままハウスにいる。とてもお利口なロボットだ。僕はロボットに「たんたん」と名前をつけた。靴下模様だったからだ。


 このロボットは1匹1匹完全に見た目が違う、という大変凝った作りのロボットだ。もう本物の犬猫と何ら変わらない。そしてもう一つ、本物の犬猫と変わらないところがある。


 このロボットは家にやってきてから15年後、ランダムなタイミングで必ず、不可逆的故障を起こす。

 それはつまり生きているもので言うところの「死」だ。


 たんたんは14歳になった。

 我が家には両親のほかに妹がいて、いまは生意気盛りの小学6年生。僕は高校2年生になった。

 妹が生まれたときにはすでに我が家にはたんたんがいた。妹はまさにたんたんときょうだいのようにして育った。そして、15年目にかならず故障して直せないのだ、と説明すると、少し悲しい顔をして、

「粗悪品じゃん。いんちきじゃん。お兄ちゃんのばか」

 と、なぜか僕に向かって罵倒した。


 家族の、スマホの写真にだいたい入っているたんたんは、もう一年したら故障して動かなくなる。夏休み、祖母の家に行ってこいと妹と僕は新幹線の切符を握らされた。もしかしたら、両親はたんたんを、僕らの目に入らないよう始末する気では、とドキドキした。


 祖母の家はすごい田舎にある。山も川も海もある。そして「特区」の外なので本物の犬猫を飼うことができる。祖母の家には三毛猫がいる。みいちゃんという22歳になる、とんでもないヨボヨボの猫だ。

 何年か前に来たときはかくしゃくと歩いていたみいちゃんは、オムツをつけられていて、キャットフードもちょっとしか食べたがらない。祖母はネットショッピングで完全栄養食タイプのちゅーるを大量に仕入れて、それで命を繋いでいる感じだ。


「みいちゃんはもう1年生きられないかもねえ。腫瘍ができてね、獣医さんに体力が持たないから無理にとらないことにしましょうって言われているんだよ」

 祖母は悲しげだ。


「おばあちゃん、うちのたんたんも故障しちゃうの。猫は死んだら天国に行けるけど、ロボットはどこにいくの?」


 妹は真剣だ。祖母は妹がたんたんを大事にしていることを知っているから、


「ロボットの天国だってあるんじゃない?」

 と、真面目だ。


 そもそもあのロボットのいちばんの売りだったのが、15年後に壊れてしまうことだと、僕は妹に説明した。

 人間しか住めない「特区」の子供に、「命」と触れ合う機会を与える。たんたんたちはそのために作られたのだ。


「どうして? なんでずっと一緒にいられないの? なんで壊れなきゃいけないの? たんたんかわいそう」


 妹は泣き始めた。祖母は冷たいカルピスを出してくれた。妹はひくひく言いながらカルピスを飲んだ。


 祖母の家から帰る日、みいちゃんはよたよたしながら僕と妹を見送った。みいちゃんは死を悟ったような表情で、ああ次はないのだな、と僕は思った。


 家に帰って、妹は必死になってロボットの延命方法をネットで探し始めた。妹の、たんたんを思う気持ちはわかる。でもそれはきっとやっちゃいけないことだ。

 結局思うような延命方法が見つからないまま、季節はめぐり、春になった。


 妹が中学1年生になった日、たんたんは動かなくなった。これが死か。僕はそう思った。

 保証書には、「不可逆的故障になった際には、こちらまで着払いで本体を送ってください」という送り状がついていた。妹は泣きながら送るのを拒否したが、死んでしまったのだから然るべき方法で弔うべきだ、と父さんに説得され、しぶしぶたんたんの亡き骸を――正確には故障した本体を渡してくれた。段ボールに入れて、送り状を貼り付け、発送した。


 何日かして、ロボットのメーカーから荷物が届いた。開けてみると、たんたんに内蔵されていたハードディスクの内容を、家庭用ディスク媒体に焼いたものが入っていた。

 家族みんなでそれを見た。小さいころの僕。生まれたての妹。みんなでたんたんを可愛がった記憶。たんたんもまた、僕らを愛していたのだなあ、としみじみと思った。


 僕は高校3年生で、来年からはさる名門大学に通うのが目標である。静かなところで勉強をしよう、と、夏休みに祖母の家を訪れた。

 祖母は元気そうにしていた。なんと、みいちゃんも元気だった。ご飯を食べられなくなったのは口内炎が原因だそうで、通販で買える口内炎の薬をつけてやったら以前のようにモリモリ食べるようになったという。


「みいちゃんはいつまで生きるんだろうねえ。おばあちゃんはもういつお迎えがきてもおかしくないのにねえ」


 そういう祖母は、困った顔をしていた。祖母にも、たんたんを会わせたかったな。そう思った。

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不可逆的故障とみいちゃん 金澤流都 @kanezya

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