[6] 対決

 よう、はじめまして、ってことになるのかな? あんたがあの噂のペインターだろ? 俺のことはきいちゃいないか、わりに話題になってるとは思うんだけど。俺は理屈屋、あんたとはほとんど対極にあるような存在だよ。俺が何をしにきたのか、なぜわざわざあんたに会いにきたのか、わかってもらえるかな? あんたがいると邪魔なんだ。都市の噂に上るのは俺ひとりで十分だ。あんたは俺がつぶさせてもらうからな。


 ペインター、あんたの消滅させることは実際難しくはないことなんだ。そしてそれは都合のいいことに俺の得意分野に属することだ。あんたは自分からあらゆる言葉を剥ぎ取っていって、一つの抽象的存在となった。では逆にそこに言葉を付け足していったなら……、あんたはただの人間に戻ることになる。そしてさらに言うならばその理屈とはなんら真実である必要はない。真実よりも求められるものは真実らしくあることだ。大多数の人間を動かす情報などそんなものだ。たとえ真実であろうとも真実らしさが欠けるものに、人々は耳を傾けない。わかってもらえたかな、俺は今からここであんたに真実を装った理屈を叩きつける。理屈屋と呼ばれる俺にはさほど難しいことじゃないよ。たったそれだけのことで、あんたの神秘性は地に落ち、怪人としての姿を失うんだ。


 さあ始めよう。ペインター、あんたの本質はどこにあるものか? それは簡単だ。あんたが与えられ、そして受け入れたその名前にこそある。ペインター、日本語に訳すと塗る人とかそんなところか? まさか、それだけじゃないだろう? 分解してやればいい。ペインター――ペイン、インター。わかるか、痛みの内包だ。ペインター、あんたは世界の痛みを自分の内に包み込んだことからはじまるんだ。悲哀でも絶望でもなく、単なる痛み。あんたはそこから出発した。


 痛みとはなんだ? わかるか? 感覚受容器が痛みを受け取る。末梢神経にて活動電位が発生する。シナプスを飛び越え、伝達されてゆく。脊髄を上行し、視床に至る。伝導された信号を痛みとして認識する。痛みを必要としないなら、簡単なことだ。今言った経路のどこかを断ち切ってやればいい。脊髄をぶった切るか? そうすればそれより下のレベルでは一切の痛みは消失するぞ。まあそれだけじゃなしに動かすこともできなくなってしまうがな。


 ペインターよ、理解できるか? お前が拠り所とする痛みとはいったいどこにあるものなんだ? それは生体の内部にしか存在しないものだ。この世界の何処にもないまやかし。すべてが幻痛。そこに立脚するあんたはきわめて不安定な存在だ。生体の脳の中でしか活動できない。そう、だからこそ、あんたは人間の被造物である高層建築物に色を塗るというわけだ。都市とは人間の内部的オブジェクトが外部に出力されたものだ。感覚の延長上に位置する。人間が都合よく生きるために作られた、ただそれだけの場所。外側にして内側に位置するところ。確かに――お似合いかもしれないな。幻の痛みから発生するペインターが、偽物のユートピアに居住する。あまりに不毛で、あまりに皮肉な構図ではあるかもしれないが、な。


 そうやっていってあんたが行き着くところは一つしかない。あんたの象徴するところはつまり被造物――都市の痛みだ。神ならぬ不完全存在、人間によって作られた者達の痛み。そこから血液は流れ出す。赤くビルを染め上げる。こうなってくると実にわかりやすいな。赤、そうだ、それこそがあんたを読み解くもう一つのキーワードになる。あんたは赤を現実のものとする。あんたは赤を現実としてとらえている。赤、連想するところは血の色。いったいそんなもののどこに現実がある? 本来それはあまりにありふれすぎている。血液にリアルを感じることは、きわめて都市的なことなんだ。


 あんたのモチーフはまったく都市とその痛み、それだけで説明がつくものばかりなんだ。不完全な人間に作られた、不完全なものとしての無言の主張。ペインター、あんたはそれ以上でもそれ以下でもない。わかったか、ペインター? そしてその上であんたに問いかけることにしよう。あんたはこの世界に必要とされているのか? 不必要な人間の作った不必要なものたちの代表などというものが、本気で何かの役に立つと思っているのか? 答えてくれ、それともこのまま無言でありつづけるつもりなのか? そのやり方には限界があるぞ。人間は言葉にしか依存しない。心すら言葉の支配下にあるんだぞ?

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