第10話 兎②

「はぁ~。」


 扇雪みゆきはため息をつく。下手に自身の固有式を隠すようなことをせずに使っておけば良かったと思っている。


 占星術師において、固有式というのは自身の占星術の昇華。

 本来、占星術師は一般人より圧倒的な霊力を保有しており、汎用占星術と呼ばれる多くの占星術師が使用できるものを使っていく中で、自身の固有式へ昇華させると言われていた。だが、実際のところ、多くは血によるものが大きく、生来持って生まれて来るものだと現在は言われている。


 そして、固有式の最終奥義ともいえるのが。制限された固有式の本来の力を出すものであり、これをできるものは各国の占星術組織によって管理されている。当然例外も存在するのだが。


「君はここで確実に倒させてもらうよ。」


 真っ黒な空間に久遠くおんが現れる。扇雪みゆきが与えた傷がいつの間にか消え、久遠くおんの立っている場所には見たことのない紋章が浮かび上がったいた。


「これがおまえのやつか?」

「そうだよ。本来は結界で閉じることなく船全体に展開してたんだけど、君を倒すために結界を閉じて、範囲を絞った。」

「オレを殺す気満々じゃねーか。」

「結界を閉じるなんて初めてのことだったけどね。」

「...。」


 扇雪みゆきは動こうとするが、


「なっ...。」


 扇雪みゆきは血を吐いた。重く重く、幾つかの呪いがかけられたような感覚に扇雪みゆきは襲われたあとに。


「これが、僕の体の中に巣喰う呪いの数々だ。」

「...。」

「この世界の呪いの数々。いや、占星術、神の代償。」

「だか...ら...神を...。」

「いや、僕は神界とこの世界の分離。そして、十二の鍵クレービスを犠牲に、僕というより、“六合りくごう”の固有式で痛みのない世界を作る。」

「なるほ...どな...。だが...。」

「それでも、君は彼女を救いたいと。だが、君ではこの環境で勝つことは叶わない。」


 扇雪みゆきは地面に倒れ込む。


「これが、僕の術式解放“天地あめつちゆい”。人類によって再現された聖域の一つ。」

「...。」

「まあ、聞いてないか。」


 久遠くおんが結界を解除しようとすると、雪が降り始める。


「ん?雪...。まさか...。」


「確かにオレは汎用的な御井みい家の対魔式や簡易結界の適性はそこらの人間より低いが、別に対魔式が使えない訳じゃない。こんな風にな。」


 ―対魔式“水纏みずまとい”―氷華


 扇雪みゆきが作り出した対魔式で、敵の霊力に自身の霊力が触れた時に雪へ変換して自身を守るもの。ほとんどの人間はこれを使用しても、発動途中で術式解放の影響を受けてしまう。扇雪みゆきにしかできない代物である。


「厄介だな。君はどこまでできるんだい?」

「さあな。」

「君はどこまでも僕にとって邪魔らしい。」


「あと一つ。」

「ん?」


「―詠唱省略―“黒揚羽くろあげは”」


「化け物かな...。土御門の秘伝の対魔式なんて...。」


 久遠くおんの額に汗がつたう。

 次の瞬間、結界が黒色の蝶に変わり消える。


「さて、終わりだ。」


 再度、久遠くおんの声が聞こえたとき、既に胸に手がおかれていた。


「ヒヒヒ。じゃあな。これがオレの錬金術だよ。」


-------------- 


「これで、半分仕事は終わりか...。」


 扇雪みゆき久遠くおんの心臓を破壊した。だが、死体を回収するとなった時に炎による妨害を受けてしまった。犯人は分かっているが死体の回収しそびれたのはまずい話である。


「オレの能力で殺してしまっても“六合りくごう”の回収は可能だったが...。」


「“不正解”」


「んあ?」


 扇雪みゆきの後ろには一人の少女が立っていた。右の髪は黒、左の髪は白ときれいに分かれていて、瞳の色はそれと逆の右は白、左は黒になっている。少女は手のひらの部分に×印が描かれた手袋をしており、それを扇雪みゆきに見せている。


「“六合りくごう”はまだ死んでいない。」


「まさか、“予定調和”だなんて言わないだろうな。」


「“正解”」


 少女は手のひらに×印の描かれた手をポッケにいれ、それとと逆の手の甲に丸印の描かれた手を扇雪みゆきに見せる。


「貴女は向かわないと行けない。再度、“六合りくごう”は貴女の前に立つ。」


「...。」


「また、会うことになる。」


 少女は消える。


 少女の言葉の真偽は不明であるが、現在、“六合りくごう”の回収に失敗している以上、死体を回収する必要がある。


「仕方ねーな。恐らく、この船で奴らを見つけるのは無理だな。」


 扇雪みゆきはため息をつきながら船の甲板のベンチに座るのである。


「さて、どうするかな?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る