第9話 兎①

 昔々、いつの時代であったことでしょうか。

 神代の話であったか、人間の世になってからの話であったか、皆忘れてしまいました。


 一人の少女が、歴史を学んだ後尋ねたそうです。「歴史とは何なのか?」と


一人の歴史家は答えました。


 誰かの記録だと。


一人の聖女は答えました。


 所詮は表のものだと。


一人の魔女は答えました。

 

 物語だと。


 故に、少女は尋ねました。歴史はどう終わるのかと。


「ハッピーエンドでもバッドエンドでもないのが歴史なのです。」


 少女は首をかしげます。ハッピーエンドもバッドエンドの言葉の意味が分からないのです。


「...。いずれ分かるものです。」


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「故に、歴史は全員を幸福にしない。けど、全員を不幸にしない。誰かが不幸であれば、誰かが幸福になる。そうだろう、御井みい扇雪みゆき。」


 “六合りくごう”、倉橋くらはし久遠くおんは後ろを振り返ることなく尋ねる。


「さあな。オレの知ったじゃない。」

「そうだそうだ。君はそういう人間だった。君は何千万という人を救えるかもしれないのに、その力をたった一人のために使う...」


 久遠くおんは悲しい表情で、後ろを振り返り扇雪みゆきを見る。


「君は悲しいと思わないのかい?誰かが不幸になるということを?」

「それで、聖都を生贄にすると?」

「確かに神界が開けば、多くの犠牲が出るだろうね。」

「...。」

「だが、それは必要な犠牲だ。」


 悲しい表情をする久遠くおんをどこか冷めた目で見る扇雪みゆき


「本当にそれを思っているのか?それは、おまえ自身ではなく、“六合りくごう”によって作られた使命じゃあないのか?」

「君の方こそ過去にとらわれる彼女の駒になっているのは使命からじゃないのかい?」

「護衛としての役割だけだ。使命なのはな。」

「君とは馬が合わないみたいだ。」

「ヒヒヒ。そうだな。」


 次の瞬間、火花が散った。


「―黒手こくしゅあら御前みさき―」


 久遠くおんを中心に黒い渦が広がり、そこから、黒の手が扇雪みゆきに向かって伸びる。


「呪術かよ。」

「呪術の本来のあり方は神との契約だ。天の家でありながら天狗へと変わり果てた“あや”家。雷神の末裔の“唐橋からはし”家。神を自称した平家。どれも、神との契約によって力を手に入れている。」

「なるほどな、神界の鍵であるお前は契約そのものだから使用可能だと...。」


 扇雪みゆきは地面を蹴り、久遠くおんから距離をとる。


「ヒヒヒ。珍しくオレの固有式が役に立ちそうだが...。」

「ん?」


  ― ―

  ―――

  ― ― 

 扇雪みゆきは地面にそれを書く。一見何の意味もないように見えたが黒の手はその印の前で止まる。


「それは、水か...。簡易的な彼岸と此岸の再現か。非常に簡易的な呪術だけど、これで防がれるとは...。」

「ちげーよ。これは、だ。」

か...。れっきとした呪術よりは非常に厄介だね。契約による呪術ではなく信仰心による純粋で単純明快な基礎的な呪術...。対策はめん...。」


「考えを口に出す暇があるなら手を動かしたらどうだ?」


 扇雪みゆきは一瞬で久遠くおんの懐に入り込んでいた。咄嗟に久遠くおんは距離をとろうとするが、既に遅く久遠くおんの体に斬撃が入る。


「ヒヒヒ。外したか...。」

「なるほど...錬金術か...。」


 扇雪みゆきの右手には刀が握られている。亜空間庫や異空間の気配は感じられなかったため、久遠くおんは錬金術と判断した。


「んあ?いや、錬金術じゃねーよ。」

「?」

「遅すぎるんだよ。式自体がな...。」


「でも、その発言、錬金術自体は使えるみたいだね。」

「んまあ、一応な。」

「錬金術は禁忌であり、呪術が使える人間は使えないはずなんだけど...。」

「だから、言ってるだろだって。」

「なるほどね。君はそう思っているわけか」


 久遠くおんは再度呪術を発動する。今度は、扇雪みゆきの周囲に式をおき、ギリギリまで霊力を込めずにいた。故に、扇雪みゆきの反応は当然遅れるはずであった。


 だが、扇雪みゆきは迷いなく、無数に伸びる黒い手を切断する。本来なら全く意味のない行為。


「どういうことだい...。」


 黒手こくしゅあら御前みさきは彼岸より、亡霊の手を呼び出す呪術。基本的に呪術でしか防ぐことはできない。

 しかし、扇雪みゆきは一見何の変哲もない刀で切った。


「いや、君の固有式か...。」

「いや、ちげーぞ。これはあや家の呪術だ。確か、名前は。」

「!?まさか、その刀自体が呪術だったと?」

「そうだぞ。まあ、オレの血液でできてるから特別仕様だがな。」


 久遠くおんは傷を押さえながら、唖然とする。


 もしかしたら、敵に回したら厄介な者をを敵に回してしまったのかもしれない。


 故に、久遠くおんは出し惜しみなしで全力で扇雪みゆきを排除することにした。


 「―術式解放―」


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