第6話 船③

「なるほど?なるほど?」


  扇雪みゆき達の出来事を観測していた人物の一人。彼女にとって、“六合りくごう”も“教会”も“十二の鍵クレービス”なんぞどうでもいいことである。彼女にとって最大の興味は扇雪みゆきである。


「錬金術を使用できるとは思いませんでしたね?団長が目をかけるのも理解でなくもありませんね?」


 女性は首をかしげながら扇雪みゆきたちがいた場所を眺めていた。


 そこには既に何もなく、戦闘が起きた場所とは思えないほど静かな環境になっている。何度か扇雪みゆき達の霊力を感知してこの場を訪れた占星術師達がいたが、全員この場を見て首をかしげた後、何故ここに来たかも分からないといった顔で去っていった。


「正直なところ私は聖都で何をしようが勝手にしてくださいなのです?ですが、彼女は面白そうですね?」


 彼女の名はマナセ。扇雪みゆきは既に彼女の名を“六合りくごう”の保有者、倉橋くらはし久遠くおんから聞いている。


「さてさて、私が相手しないといけないみたいです?ミカゲ=ハーミスト?」


 コツコツという足音がマナセのうしろから聞こえる。マナセは振り返ることなく左手に持った刀に手をかける。


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「これがそのときの史料でありますよ。」


 扇雪みゆき但馬守たじまのかみから一冊の本を受け取る。この本はある入手ルートから扇雪みゆきが頼んだものである。


「しかし、扇雪みゆき殿に妹がおられたとは。それも、流丹斎りゅうたんさいとあの家には珍しく通り名でしたが。」

「あぁ。確かに御井みい家には珍しいが、おまえ達の方は普通じゃないのか?」

「いえいえ、本名を伝えぬのが柳生やぎゅう永家のしきたりなれどそれは“宗”の文字が与えられたもののみでありますよ。」

「なるほどな。となると、は少し違うな。」

「というと...。」

「まぁ、オレから言うことではない。」

「普通そうでありますよね。」


(まあ、理由は単純なんだがな。には御井みい家に名前がないのだから)


 会話を終えると扇雪みゆきは本のページをめくり、目的のものを見つける。


「それは、ペストの初見の記事ですか?」


 扇雪みゆきの本を後ろから眺めていた但馬守たじまのかみ扇雪みゆきに尋ねる。


「記事かと言われると微妙だがある歴史家が残した記録の一部だ。」

「一部?」

「あぁ、この記録は536年頃の記録で表の記録だ。そして、この時期占星術に関する記載は消えている。」

「?!」

「まだ、占星術組織が成立していない日本はまだしも、中国、東ローマ帝国、教会とその分派。それらの記録から綺麗に抜け落ちている。」

「しかし、それが...。」


 だからどうしたという反応する但馬守たじまのかみ。確かに記録から抜け落ちているということは歴史学者のなかであれば謎が謎を呼ぶことになるが、占星術に関する記録は度々組織内外の抗争で抜け落ちることは多々あるのだ。


「まぁ、その反応が妥当だろうな。しかし、記録には太陽がほとんど出ず、夏なのにも関わらず、冬のように寒く雪まで降ったとの記録がある。」

「...。」

「まるで、の再現のようじゃないか?」

「というと」

「北欧神話における終末論。―“神々の黄昏ラグナレク”―。」


「しかし、あれは...。」


 「想像上の話」と述べようとしたところで但馬守たじまのかみは口を閉じる。自分達、占星術師達ですら外の世界では想像上の話なのだ。故にお話だからと片付けられる問題でもない。

 但馬守たじまのかみの紡ごうとした言葉に応えるかのようにある言葉を口にする。


「“”。今まで、数多くの占星術組織が神界を現世に降臨させようとした実験。」

「そんなものが...。」

「その多くは失敗に終わっている。いや、多くはという言葉は正しくない。オレが知っている限り全てが失敗している。」

「...。」


 聖域実験。古来より多くの占星術組織が夢見た神界の現世への顕現。それを実行するために多くの実験がなされ、その数々の実験を総称してそう呼ぶ。“十二の鍵クレービス”の出現以後は行われなくなったが今も夢見る者は多い。この実験において全ての試行が失敗しているが一つだけ試行されなかった実験が存在する。


 何故なのかは誰にも分からない。

 試行されたが結果が記録されなかった可能性もある。


「だが、一つだけ、一つだけ実験されていない項目がある。それが、


―終末世界の再現実験―。」


「しかし、それでは世界が最悪滅びるのでは?」


「基本的にはそういう発想に至るが、実験者達がまともだと思わない方がいい。」

「...。」

「異種族強制配合、エルフの殲滅、疑似理想神域展開及びその拡張等々...。まぁ、現在は各国占星術組織が禁止してるものの原因のようなものばかりが実験内容になってる。」


 絶句する但馬守たじまのかみ。それを見た扇雪みゆきは特に何も言うことなく立ち上がる。


「どこへ行かれるのでありますか?扇雪みゆき殿。」


 ドアノブに手をかけた扇雪みゆきをみてようやく但馬守たじまのかみは声をあげる。


「んあ?実験者達を知る者だよ。」

「?」

「行くぞ。やつはこの船に乗ってる。が調べておいてくれたみたいだ。」


 扇雪みゆきは本に挟まっていた紙をヒラヒラさせながら部屋を出て行く。それに遅れて但馬守たじまのかみも慌ててついて行くのであった。

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