第3話 もっちゃんのいない夏休み《幼馴染み視点》

「勝手に俺の未来を語るんじゃねー!かのんがいなくなったら、俺はダイエットして、細マッチョになってやる。そして、モテモテになって念願の彼女を作ってやる!!」


怒りのままに、もっちゃんは私に人差し指を突き立てそう言い放ってきた。


「い、いや無理っしょ!唐揚げ一度キロ単位で食べるもっちゃんが、ダイエットなんて出来るわけないない!!彼女なんて出来るわけないない!!

そんな事出来たら、私もっちゃんに土下座して謝った上で、パンツ丸見えで逆立ちで歩いてみせるよ!!」


もっちゃんが痩せて、彼女を作るなんて、私の中では絶対あり得なかった(もっというならあって欲しくなかった)。


だから私は、今日も毛先をくるんと巻いて、可愛くスタイリングしたツインテールをフルンフルン思いっ切り振って、ムキになって否定し、同じぐらいあり得ない申し出をしてやった。


「言ったな?その言葉忘れんなよ?

明日からの夏休み、俺はダイエットに励むから、邪魔してくんなよ?二学期の始業式が楽しみだな。」


「え。本気??夏休み、私に一度も会わないつもり??」


私は信じられない思いで、もっちゃんに問い掛けた。

今年は近所のお祭り&花火大会一緒に行かないの?

せっかくもっちゃんに見てもらいたくて、浴衣もビキニも買ったのに、海もプールも行かないの??

夏の計画が台無しになっちゃうよ!


「ああ。その方がお前もいいだろ?

モテないわけじゃないんだし、これを機会に俺から離れて、彼氏でも作ったら?」


けど、私のそんな思いをせせら笑うように、もっちゃんは残酷な提案をしてくるのだった。

高校デビューして、可愛くなったのは、小さい頃からずっと好きだったもっちゃんに女の子として意識して欲しかったからなのに!

他の男子になんて興味ないのに!!


「っ…!!余計なお世話だよっ!!

もっちゃんのバカァッ!!離れてる間、私が本当に彼氏作って悔しがっても遅いんだからねっ!!」

「おう!せいぜい頑張れよー?」

「〰〰〰!!帰るっ!!」


バタン!!


激昂した私は、髪を振り乱してそう言うと、大きく音を立てて扉を閉め、もっちゃんの家を出て行った。


こうして、私、平野花音は、夏休み前日、売り言葉に買い言葉で、幼馴染みで想い人のもっちゃんとケンカ別れしてしまったのだった…。


ケンカしてしばらくの間は、私も頭に来ていたので、素直にはなれなかった。

けど、今までも、ケンカして少し経てば仲直りしてたし、流石に本当に夏休み全く会えないって事はないと思ってた。


まぁ、ちょっと癪だけど、こちらが少し大人になって、歩み寄ってあげてもいいのかな?と思って、メールを送ってみた。


『ねえ。そろそろ、私に会いたくなってきたでしょ?ダイエットなんかやめたら?

もっちゃんが謝って来るなら、仲直りしてあげてもいいんだよ?

花火大会とか、海とか、夏は楽しい事がいっぱいだしさぁ…。』


返答なしー。


もっちゃん、シカトかよ。

そんなに怒ってんのかな…。


夏祭り日に花丸で印が着けてあるカレンダーと、浴衣とビキニがしまわれている洋服ダンスを見遣って私はふうっとため息をついた。


もっちゃんいないとつまんないな…。

仲直りしたら、いっぱい遊べるように今のうちに宿題やっとこ。

         

          *


暇すぎて、3日で宿題終わった…。


もっちゃんの声、顔、でぷんと豊満なお腹、そして、むわっとした汗の匂い。


じっとしてたら、もっちゃんのことばっかり考えてしまう。


出会ってから、こんなにもっちゃんと離れていたの初めてだなぁ…。

寂しい…な…。

あまりに辛くて、大分譲歩する事にしてみた。


『ね、ねぇ…。そろそろ、本当に私に会いたくなって来たでしょ?分かった。100歩譲って謝らなくても、いいよ。お互い水に流す事にしよう。ダイエットなんか全く必要なし。

もっちゃん相撲部の人達よりは痩せてるよ!

だからさぁ、もっちゃんトランポリンを…。』


返答なしー。


それからは、私も、焦ってしまった。


連絡を取ろうと、もっちゃんに大量の電話やメール攻撃をしてしまった。


返答は全くなかったけど…。


夏祭り前日に業を煮やして、もっちゃん家に会いに行ってみたけど、誰もいなかった。


ダイエットするって言ってたから、どこかへ運動しに行ったのかな?

そう言えば、もっちゃんのお姉さんの栞李さん、大学でスポーツトレーナーになる為の勉強してたよなぁ。

もしかして、栞李さんにトレーニングしてもらってんのかなぁ…。


そうだったら、栞李さん、もっちゃんとずっと一緒にいられて、いいなぁ…。


余計に寂しくなって、帰り道をトボトボ歩いていると、突然足に力が入らなくなり、膝をついてしまった。


あれ?どうしたんだろ?おかしいな…。

そう言えば、もっちゃんに会えない心労のあまり、最近あんまりちゃんと食べていないし、寝れてもいなかったかも…。


「えっ。ちょっと、あなた。大丈夫?」


通りがかりのおばさんに声をかけられたと思ったのを最後に私は意識を手放してしまった。

          *


それから、救急車で病院に運ばれた私は、点滴を打たれ、やっと自宅に帰れたのはその2日後だった。


その後も、食欲がなく、寝たきりで、みるみる弱っていく私の様子に、両親は泣いた。


私は最後の力を振り絞ってメールを打った。


『ねぇ……。もっ…ちゃん……。メールみてるんでしょ?わたし…、もう…、あまりにながいロスで、きんだんしょうじょうが…。

おねがいだから、せめて、もっちゃんのすえたようなにおい…を…。ひとかぎ…だけ…でも…。』


やはり返答はなかった。


もう生きている間にもっちゃんと会うことはできないのかもしれない。


せめてもの願いに、もし私が死んだら戒名に元春の春の字を入れて欲しいとお母さんに頼み込んだ。


ああ。こんな事になるなら、憎まれ口なんか叩かないで、もっと素直にもっちゃんに気持ちを伝えればよかった…。

そしたら、一緒に夏祭りにも海にも行けたかもしれないのに…。


私がベッドに横になったまま涙を流して悔やんでいると…。


「かのんちゃん!大丈夫っ?!」

「!??」


突然大きなTシャツを片手に掴んだポニーテール美人が、部屋に飛び込んで来た。


「よかったわね。花音。元春くんのお姉さんが来てくれたのよ?」


お母さんが涙ながらに教えてくれた。


「かん…り…さん?」


「かのんちゃん。まさかここまでの事になっていたなんて…!気遣えなくてホントにごめんね。

あの元春バカはまだ意地張ってるから、連れて来られなかったけど、奴の着ていたTシャツ持って来たわ!」


「!!も、もっちゃんの!そのシャツ、もっちゃんのにおい…する?」


私の縋るような問い掛けに、栞李さんは力強く頷いてくれた。


「ええ!私も、途中でうっかり嗅いで気が遠くなった程のひどい匂いがするわ!」


「!!は、はやく…。はやく、もっちゃんのにおいを…。」


私は碌に動けない体ながら、手を精一杯伸ばして、そのシャツに触れようとした。


「分かったわ。本当にひどい匂いだから、ゆっくり嗅いでね?かのんちゃん。」


「ああ…。もっちゃんのシャツ…。」


栞李さんがベッドに近付き、手渡してくれたシャツを私は震える手で抱き締めると、顔を突っ込みその匂いを思いっ切り嗅いだ。


むおわ〜〜〜ん!!


「ぶえっぐうっっ!!」


そのあまりの強烈な匂いに私は一瞬気絶したらしい。


意識が朦朧とした中で母の悲鳴と、栞李さんの声を聞いた気がする。


「きゃあぁっ!!花音!!栞李さん、弱ってる花音に一体何をしたんですか?」

「おばさん。待って下さい。花音ちゃんをよく見て?」

「えっ。」


「ふうっ…。このすえたようなひどい匂い…✨✨もっちゃんの匂いだあぁ…!!栞李ちゃん、ありがとう!!わあああん!!」


意識を取り戻した私は、起き上がり、もっちゃんのTシャツを抱き締めて号泣したのだった。


「か、花音が起き上がれるように…!!

栞李さん、本当にありがとう!!何とお礼を言ったらいいのか。あああぁっ。」


「い、いや、私はただ単に臭いTシャツを嗅がせただけですから…。」


私とお母さんに号泣しながら礼を言われ、栞李さんは困ったような顔で頭を掻いていた。


         *


それから、栞李さんは、もっちゃんのシャツを持って度々私の元を訪ねてくれるようになった。

強烈な匂いに身悶えしながらも、もっちゃんの確かな存在を感じる事ができ、私の体調はどんどん回復して行き、夏休みの終わり際には起き上がって普通の生活が送れるようになった。


両親も、私も、栞李さんには感謝しかなかった。


仲違いして、今年の夏は一緒にいられなかったけど、次に会うときにはもっちゃんに素直な気持ちを伝えようと思っている事を栞李さんに告げると、二人の仲を応援すると言ってくれて嬉しかった。


ただ、もっちゃんの最近の様子を聞くと、栞李さんは少し言い淀んだ。


「え、ええっと…。元気は元気よ?だけどあの子大分変わってしまって…。

かのんちゃん、そのまま元春を好きでい続けてくれるといいんだけど…。」


「??」


もっちゃん、ダイエット挫折して、リバウンドして更に体重増えちゃったんだろうか?


そう言えば、最近、シャツの匂いが薄まって来ているような…。

トレーニングしなくなったから、汗の量も減ったのかもしれないな。



「ええ…。それはもちろんですよ。私はどんなにおデブになろうが、ぷにぷにのお肉も含めてもっちゃんの全てが大好きなんですから!!」


「え、ええ…。あ、ありが…とう。かのんちゃん…。||||||||」


そう言いながらも、気まずそうに私から目を逸らしている栞李さんに、私は首を傾げたのだった。






*あとがき*

ここまで、前半部分になりまして、今まで読んで下さりありがとうございました✨✨

幼馴染みの衝撃の再会は来週になります。


後半部分もどうかよろしくお願いしますm(__)m


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