第22話

◇金剛寺呼虎・雷陵高校◇



「ホントにホントに断ってよかったんですか、ココさん? あのノート、魅力的だったのに」



部室に向かって廊下を歩いているとブロンドの人形みてえな二年生 マミがあたしを待ち構えていた。目が合うとすぐに挨拶もナシでいきなり詰問される。



「良いか悪いか、じゃねえんだよ。あの女の思い通りに動くのはよぉ、癪だろうが」

「キャー! 流石、ココ様! カッコいい! 子供みたい!」

「ぶっとばすぞ」



霞流の野郎を誘った時点で、もはや中曽根の計画は頓挫したも同然。泥船だ。降りるに限る。


マミの制服の襟首を右手で掴んで持ち上げてやる。首が締まらないよう、一瞬で肩に担ぐ。軽い膺懲のつもりだが、当人はアトラクションのように楽しんでやがるのが更にムカつく。



「でもでも実際気になりません? 私たちって今のまま勝てるんですか?」

「マジで投げんぞ。戦う前に泣き言吐くんじゃねえよ。みっともねえ」



耳のすぐ傍で喋られて、妙な感じだ。勢いで適当なことをするもんじゃねえなぁ。マミみたいな喧しい奴を担ぐ時は耳栓が欲しい。



「あ。みっともねえといえば落道君と剛力さんがまたまた喧嘩中らしいです!」

「あぁ? またかよ、あのアホども。場所はどこだ」

「武道場です!」



よりにもよって結界のない場所かよ。素の身体能力を見たいんだろうが怪我でもされたら非常に困る。どうやら行くしかなさそうだ。


あたしはマミを担いだまま武道場に向かう。


古めかしい道場の扉を開けると、黄緑の髪を伸ばし過ぎて、かろうじて目が見える細男 落道と、赤髪をスポーツ刈りにしている恰幅のよい男 剛力が道場の中を走り回っていた。……こいつら、何度言っても道場に敬意を払わねえな。



「逃げずに闘え! 落道!」

「うわぁああああ! 怖い、怖い、怖い! 追いかけないでくださいよぉ!」



「マミ、剛力の方止めろ。あたしは落道の方をやる」

「はいはい! 了解です! 私じゃあ落道君止められないですからね」



落道が大分テンパってんな。このまま本格的にパニック起こして暴走されると全員の怪我は必至。こりゃあどちらも抑えなきゃダメなパターンだ。



マミがあたしの肩から降りて剛力の前に割り込む。華奢なマミを前にしても剛力は一切勢いを衰えさせずそのまま突進するが、即座にマミの小さな手で道着の襟をつかまれた。そして体重100キロは下らない剛力を50キロもあるかどうか怪しいマミが持ち上げる。マミほどの内功があれば、身体強化の魔法を使わずとも剛力程度の巨漢なら余裕で制圧できる。



「う、うぉっ!?」

「剛力さん、後輩イジメちゃダメダメですよぉ」



あたしは屈伸を数度した後に、落道を追いかけて走る。すぐに追いついたが、捕まえようと手を伸ばした瞬間、本能の危機察知で、突然方向転換して躱しやがった。刮目すべきは体重移動の滑らかさ。ほとんどスピードを落とさずにほぼ直角に曲がった。如何にも不健康そうな青白い見た目のくせに、相変わらずとんでもねえ身体能力だぜ。…とはいえ、これ以上逃げられてもめんどくせえ。ここまで近づけば十分だろ。



「オチミチぃいいいいいい!!!!」



もしかしたら校舎にまで届いただろうか。あたしの響き渡る大声を聴いて、落道は反射的に立ち止まる。この距離でこの声量を出さねえと半パニック状態の落道には届かねえ。ホント、毎度世話が焼けるぜ。



「ココさぁん! いたなら助けてくださいよぉ。剛力先輩が僕のことイジメるんです!」

「剛力ぃ! 落道には慎重に接しろっつってんだろ!」

「しかしココ! あれではあまりにも勿体ないじゃないか!」

「人のこと言ってる場合か。てめえは筋肉ちゃんと使えるようになれ」

「うぐっ…。すまない…」


「落道! てめえもいつまでも逃げてんじゃねえよ。てめえが背負ってるタイトルとその意味、もういっぺんよく考えろ。てめえがみっともねえと同世代の奴らのメンツも潰れんだ。勝者なら勝者の筋を通せ、いいな?」 

「うぅ…、はい」



中曽根の虎の子があのノートとオーダー予知なら、こっちの虎の子はこいつ、落道だ。

落道は昨年の全中個人優勝者。…あたしは明日佳に阻まれて獲れなかった中学最強の称号をもつ一人だ。


…中曽根め。何が「今のままじゃ鹿王に勝てない」だ。こっちだってカードは揃ってんだよ、バカ野郎。



ブブブブブブブ



あたしの心を見透かしたように、中曽根から電話がかかってきた。つくづく癇に障る奴だぜ。



「なんだよ」

『やぁ、ココ。決裂して残念だよ。振られるのは初めてじゃないけれど、傷つかない訳ではないのだよ?』

「再考はしねえぞ。お前らとは組まねえ」

『残念だが、諦めることにするよ。それで、これは全く別の話なんだが、練習相手に困ってないかい?

よかったらうちのレギュラーを貸して進ぜよう』



どこが諦めているんだ。畢竟、こいつは目的を達成するまで止まらないんだろうな。振られるのは初めてじゃない、といってたが、相手には同情を禁じ得ない。中曽根に恋慕されたら相当に厄介だろう。



「断る。二度とかけてくんな」

『じゃあ勝負ならどうだい?』

「あぁ? 勝負だぁ?」

『負けたら綺麗さっぱり諦めるし、ただの練習相手としてウチのレギュラーを派遣しよう』



非常にムカつくことに中曽根はあたしのツボを抑えていた。勝負事からは逃げない、いや、逃げたくないあたしの性格を知悉していたのだ。実際練習相手は欲しい。強豪五校の中では一段劣るとはいえ、翠晴のレギュラーならそこそこできるだろう。そこそこのレベルの練習相手をタダで派遣してくれるなら美味しい話だ。



「細けえルールを知らないとなんとも言えねえな」

『大変結構。では、ルールを決めようじゃあないか』




◇霞流蓮静・紫雲高校◇


「…ていうことがあったんですよ。まったく中曽根さんはすごいことを考えるものですね」

『いや、俺に言われても…。ていうか霞流、ソラの作戦を俺に喋ってよかったのか? 対鹿王用の作戦なんだろ?』

「え、ダメなんですかね。でも口止めとかされてないですよ?」

『そりゃあ当たりまえのことだからな…』

「はは、まぁ大丈夫でしょう」



僕の親愛なる友人、拓翔君に早速今日のことを電話で報告する。お互い忙しいから普段は連絡しないけど、今日は中曽根さんの旧友である拓翔君とこそ、この興奮を分かち合いたかった。



「あ、そうだ。僕としては合同で練習合宿とかしたいんですよね。鹿王の皆様もいらっしゃいませんか?」

『断固断る』

「残念です…。あ、そうだ! 参加して下さるなら件のノートの写しを拓翔君にも送りますよ? まだ全部はもらってないんですけどね。今ある分だけでも貴重な情報でしょう?」

『要らん』

「少しは考えるくらいして下さいよぉ」

『いいか、霞流。俺は何があってもお前とは組まない』

「なんてご無体な! 流石の僕でも傷ついちゃいましたよ」

『嘘をつくなよ、白々しい。本当はノートの写しなんて少しも貰ってないんだろ?』

「ご冗談を。……あれ? もしもし? もしもーし?」



一方的に電話が切られた。拓翔君とのおしゃべりは楽しい。叶うならばもう少し話していたかった。



「すみません、愛望さん。やっぱり拓翔君は話に乗ってきませんでした…」

「そっかぁ。まぁ仕方ないね。それに、片方の目標は達成できたんだから万々歳だよ」



ツインテールは子供っぽい印象を持たれがちだが、赤紫の髪をツインテ―ルにしている愛望さんは僕よりはるかに部長らしい。人を励ますのが上手で、僕のミスをいつも許してくれる。



「吾輩には分からんなぁ。わざわざ作戦をバラす必要があったのか?」



二メートルを越える巨体、かつ黒髪をオールバックにまとめたイギリス人 ローレンス君はドラキュラが好きで、髪型も態度もそれっぽい。しかし部室で涅槃のポーズをしながら漫画を読む様はただの堕落した現代人にしか見えない。



「これで鹿王は翠晴のことを意識せざるを得ない。私たちへの対策に割くリソースが少しでも減ったならそれでいいんだよ」

「そこが分からんのだ。鹿王とやらに勝つのに小細工が必要か? 今年は吾輩がいるんだぞ?」



ローレンス君は漫画から顔を上げて、僕の方を見た。…が、すぐに愛望さんの方に視線を直す。僕の答えは求めていないみたいで傷つくなあ。



「頼もしいよ。ねえ、才牙?」

「…苗字で呼べっていつも言ってんだろ」



愛望さんは愛想のよい笑みでローレンス君の妄言をごまかした。壁の華と化していた水無月君は突然話を振られて鬱陶しそうにしている。青紫の長髪をポニーテールにまとめた耽美な美男子である水無月君は黙っていても絵になる。もう少しだけでも表情が柔らかければきっと名画になるだろう。



「緊急会議だというから来たんだ。こんな下らない内容なら俺は帰るぞ」



だいたいこういうのは言うだけ言って帰らないものだけど、水無月君は本当に帰る男だ。今も部室の扉に手をかけて出ていく直前である。



「水無月。待ちなさい」



愛望さんが水無月君の手を軽くはたいて、ドアノブから放させた。水無月君は不服そうだけど、文句を口には出さなかった。流石の水無月君でも愛望さんには逆らえない。



「本題はここからだよ。ねえ、蓮静君?」

「ええ、その通りです」



愛望さんが僕に話題を返してくれたので、やっとみんなの視線がこちらに集まる。こういう時のコツはあえて少し間を開けること。僕はあえてこのタイミングで息を吸う。エンターティナーとしての癖が、こういう何気ない時にも出てしまうなぁ。



「夏の間、翠晴の選手がウチに練習にいらっしゃいます。演武でどう出演させるか話し合いましょう」

「帰る」

「じゃあ水無月の助手ってことで決定ね」

「おい」



水無月君は再び帰るのを止めた。よっぽど翠晴のプレイヤーが助手になるのが嫌みたいだ。




「吾輩が使ってやっても構わんぞ」

「ローレンス君がいいならそうしましょうか」

「ダメだよ、蓮静君。ローレンスは素人芸なんだから、これ以上素人足すと見てられないよ」



偶には部長らしく話をまとめようとしたら愛望さんにダメだしされてしまった。



「そもそも裏方やらせとけばいいだろうが」

「演者として出演させること、および演武に見合うレベルまで鍛えることが同盟の条件なの」



愛望さんの穏やかだけど何かを訴えかける視線と、水無月君の刺さるような視線に促されて、僕は一歩前に出た。



「僕のプログラムに組み込むますよ。翠晴との同盟も僕が決めたことですから」

「助かるなぁ、ありがとうね。蓮静君」



愛望さんはお礼を言ってくれたけど、水無月君はそれでいいなら最初から呼ぶな、と言いだけに僕を睨んでいる。一方、ローレンス君は何も変わらず漫画を読みふけっている。


…部長って大変だなあ。




◇伊原花舞斗・雨篠高校◇



年季の入ったボロい試合場と、試合場を囲う落書きだらけの観客席。ここは旧試合場。別名、喧嘩場。普段の練習では使われないが、喧嘩の時だけは開放される雨篠高校の聖地だ。


桃色の髪をかきあげサイドバックに固めている色男 理樹は試合場の真ん中で胡坐を書いて座っている。傍らには理樹が創造した円形の盾が地面に置いてあり、正面では気合の入ったモヒカンヘアーの挑戦者が息を切らしている。



「もう終わりでいい?」

「はぁ、はぁ、はぁ…。クソッ…!」



挑戦者は拳で攻め立てるが、理樹は座ったまま盾ですべての攻撃を受け止める。挑戦者が背後に回っても、後ろに目があるみたいにタイミングよく盾を動かしてすべてを封殺する。



「これで、どうだっ!」



挑戦者は理樹の盾を両手で掴んで引きはがそうと引っ張る。すると盾はゴムのように伸びた。なんともコミカルな絵面で、童話を思わせる。理樹が盾を離すと、硬い金属の盾が挑戦者の体にめり込み、挑戦者はその場にうずくまる。



蓄積していたダメージで限界を迎えたらしい。そのまま試合が終わる。非常につまらない幕引きだ。理樹は気怠げに立ち上がり、挑戦者の元まで歩み寄る。そしてモヒカンヘアーを掴んで無理やり頭を引き寄せて、耳元で喋る。



「弱すぎ。二度と絡んでくんなよ。三下」



理樹の怖いところはああいうのを、普段のテンションのまま言えるところだ。脅し文句ではなく、本心から言っていることが分かるからきちんと怖い。


かと思えば、さっきまでの雰囲気は嘘みたいに満面の笑みで俺たちの方に手を振りながら向かってくる。



「うわぁ、出たよ。色男の二面性。響ちゃん、ドン引き~」



群青色の髪を後頭部で団子にしている女 響はてっきりスマホしか見てないかと思ったが、正面も見ていたらしい。スマホ中毒者ならではの技術だ。憧れはしないが、ここまでくると感心する。



「んししししし。数字が多い」



茶髪のストレートでメイクがちょっと地雷系っぽい女 アンナは何かが面白おかしいらしく、一風変わった笑い方で楽しそうにしている。



「ごめんごめん。待たせちゃったな」

「気にすんなよ、理樹。挑まれたら応えてやるのが総番の務めさ」

「いやぁ、分かってるけどさ、あのレベルの奴までいちいち俺が相手しなきゃダメかな? 花舞斗を倒せたらオッケーてことにしない?」

「止せよ、理樹。それじゃあ誰も挑めなくなっちまう」

「はははは、全くだ!」



俺たちは笑い合う。そしてそんな様子を面白くなさそうに響が見つめていた。



「調子乗んな~、口髭」

「やれやれ。女は嫉妬しやすくて困るね。副番は俺だぞ?」

「うわ、性差別じゃん。よくもこんなに可愛い響ちゃんにそんなこと言えるよね~」



俺の軽口では響の不貞腐れを治すことはできなんだ。代わりに理樹が子供に話すような甘い声で響に話しかける。



「待たせてごめんな、響。また出演するからさ、機嫌直してくれよ」

「流石理樹君。話分かるぅ〜。理樹君出ると女性ファン増えるから助かんだよね」



「アンナもごめんな、退屈だっただろ?」

「平気だよ。あの子の髪が面白かったから」

「分かるよ、 髪型だけはセンスあったよな」



「…ところで、理樹。翠晴の中曽根から連絡が」

「誰だっけ。それ」

「銀髪の槍使いだよ。中学んときに会ってるんじゃなかったか?」

「思い出せないな。要件は?」

「同盟の申し込みだとさ」

「断っとけよ。俺が友達(レツ)以外と組む訳ねえだろ」



理樹が即答するのはイラついてる証拠だ。理樹は超がつくほど排他的。他人を自分のテリトリーに入れることを極端に嫌う。本題はこっからなんだがな。



「だと思ったよ。そっちはもう断ってある。問題は総番争奪送葬戦だ。…翠晴のプレイヤーがエントリーしてきた」

「あ?」

「断れない。全員が参加できる伝統だ」

「っ〜…! あれは在校生用の行事だろ」

「昔は外部からの参加者も多かったらしい。OBOGも観に来る。伝統は変えられない」



理樹は煩わしそうに頭を掻く。やがてスッキリした顔で俺たち用の笑顔に戻った。



「いいよ。分かった。俺たちのイベントが汚されるのを受け入れる。…でも、わざわざ自分で群れに入ってきたんだ。壮行会でぶっ潰されても文句は言えねえよな?」

「当然。それでこそ総番争奪送葬戦だ」

「その名前、音の響きだけで決められた感じがして、響ちゃんは嫌いだわ~。普通に壮行会で良くない?」

「んししししし、名前は響なのに」

「伝統は変えられないっつってんだろ」



響は人の話を聞かないし、アンナはいつも通り自分の世界に入り込んでいて会話に混ざってこない。

やれやれ、やっぱ俺がしっかりしなきゃダメか。



「よし、メシでも行こうか」

「はいはーい! 響ちゃん、肉がいい」

「花舞斗。店探してくれ」

「ジョニーでいいだろ」

「んししししし。結局いつも通りのファミレス」







―――――――――――――


※人物紹介を作成いたしました。よろしければご覧ください。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る