第7話

鹿王高校の練習場はオフの日でも申請すれば利用できる。練習場に入ると自主練に取り組むグループが既に何組かいた。熱意があって大変素晴らしい。


「「「お疲れ様です!」」」」


俺に気づいた部員たちが畏まった挨拶をしてくれる。…少し悪い事をしたかもな。


普段の練習はスコアラーやコーディネーターが常に見張っていて、プレイヤーたちは非常にやり辛そうにしている。その点、自主練では誰にも何もチェックされず、ノビノビと練習に取り組める。しかし俺が来てしまうとどうやらその解放感も消え失せてしまうようだ。


「お疲れ、頑張ってんな」


なるべく緊張感を与えないよう、フランクに挨拶を返した。


「「「ありがとうございます!」」」


…あまり意味はなかったみたいだ。


俺が今日組んだ練習メニューを確認していると、桐島と風間が並んでやってきた。二人で来るなんてもしかして何か交流があるのか? 後から気づいたことだが二人は同じクラスだ。トレーナー陣が見逃しただけでどこかで接触していても全然おかしくはない。


二人は一直線にこっちに来る。しかしその間、互いの方を一瞥もしない。会話もなく、ただ、相手より先にこちらに来ようとしているのか段々早足になってきた。早足はすぐに駆け足になり、駆け足は全力ダッシュへと変わる。


結果、同時に俺の前に到着する。…あの勢いのまま突進されるんじゃないかと少し怖かったぞ。


「…何してるんだ? お前ら」

「ウォーミングアップです」

「別に」


ふむ。こいつら二人は大分似てる気がする。負けず嫌いで、プライドが高く、挑戦的。友人としてはともかく、ライバルとしてはちょうどいいかもな。






風間は打刀を中段に構えて、桐島を待つ。五行の構えの中で中段は最も防御に優れた型だ。桐島もそう易々とは近づけない。


しかしファンタジアで明らかな待ちに徹するのはあまり有効でないとされている。なぜなら全てのプレイヤーが使える最強の遠距離攻撃 魔弾が存在するからだ。


特に『回転』の魔力特性をもつ桐島の魔弾は凄まじい。その威力も然ることながら軌道や弾速まで変化させられるのが強い。桐島は人差し指に溜めた人間の頭ほどの魔弾を放つ。放たれた魔弾はジャイロ回転で飛んでいき、不規則な揺れをしながらも目にもとまらぬ速さで風間に襲い掛かる。


魔弾がぶつかる刹那、風間は消えた。そして、結界内の別の場所に現れる。桐島や、傍から見ている俺でさえ見失うほどの速さで動いたのだ。しかし速度を殺しきることができず、そのまま結界の壁に思い切り激突する。


「…やはりブレーキが問題か」


俺が風間に提案したスタイルは『待ちの加速』。加速を維持したまま、構え続けて相手の攻撃を見てから突然の高速移動、カウンターを決める。このスタイルは奇襲性が高く、カウンターをとるから小田の時のように反撃されることがない。問題は加速状態で止まっているのは相当に神経をつかうこと、そしてあまりに突然の急スピードを風間が扱いきれないことだ。


「よし、そろそろ休憩にしよう」

「まだいけるよ」

「はい」


風間は反発してきたが桐島は従ってくれた。結界から出てタオルで汗をぬぐい、ドリンクを飲む。相手がいなくては練習にならない。風間もしぶしぶ結界から出てきた。


風間は何か勘違いしているようだが、この組み手はあくまで桐島の成長と風間の新スタイルのデータをとるためのものだ。もう1時間くらいやったし、これ以上必要ない。


「桐島は特に魔弾が成長したな。魔弾で相手を誘導し、得意な中距離を維持するのも上手い。魔弾を撃つか、近づいて肉弾戦か、この二択を相手に押し付けるスタイルは見事だった」

「ありがとうございます!」

「ただ、折角魔弾と相性がいい『回転』の魔力特性なんだ。もっと魔弾の回転に種類をつけるとか、近距離で溜めを短くして撃つとか、そういうできることを増やす方向の練習もいいだろう。俺がメニューを組むから参考にしてくれ」

「ふふ。」

「? なんだ」

「いや、あたしに手厚いのは期待してくれてるってことですよね?」

「ウチは実力主義だからな、強い奴をエコ贔屓くらいするさ」

「エコ贔屓…」


桐島は照れて笑った。そういう朗らかな顔をもっと日常生活で見せれば友達くらい簡単にできそうなんだがな…。


まぁ、確かに桐島の育成については俺も少し力が入っているかもしれない。中学3年生の時はなんとも思わなかったが、桐島を原作の通り育てるなんて俺のトレーナーとしてのプライドを傷つけるみっともない行為だ。俺は一流のトレーナーを目指しているのだから俺なりのやり方で桐島を原作以上に育て上げたい。


「風間。カウンタースタイルはどうだった?」

「ムズ過ぎ。これなら普通に攻めた方が勝率高いでしょ」

「もちろんそうだ。だがお前のあのスタイルだけだと弱点を看破された時点で詰みだろ」

「……なに、嫌味?」

「知らなかったのか? プレイヤーのメンタルを鍛えるために監督は嫌味も言うんだぞ」

「ちっ…」


風間とのコミュニケーションもだいぶコツが掴めてきた。基本的にこっちが積極的に先導してやればいいのだ。


「難易度に関してはそうだな。何秒までなら構えをキープできて、その後まともに動けるかを計測するぞ」

「そんなの意味ある?」

「あるに決まってるだろ。成功体験が一回でも有ればその感覚を手本にできる。あと、姿勢や走り方を意識すればもう少し速く動いてもバランスを崩さないはずだ」

「どう気をつければいい?」

「さっきの様子を録画してある。2人で見返して案を出し合いながらひたすら試す」


風間は何も言わなかった。どうやらコイツが何も言わない時は文句ないという意味らしい。


「さて、じゃあここからはそれぞれの練習に移るぞ。桐島は「それは中止」


するりと俺の首に二本の細い腕が巻かれる。後ろから抱き寄せられ、体を預けると肩に頭を乗せられた。


「脅かすなよ、明日佳」


「明日佳さん……!」


「オフに練習場来るなんて珍しいな」


明日佳の『真の自由自在』の恩恵は試合中にとどまらない。体がイメージ通りに動くので、あらゆる技術を最短でマスターできるのだ。故に明日佳は肉体のトレーニングに練習時間のほとんどを費やす。


練習場はファンタジアを練習するにはとても良い環境だが、体を鍛えたいだけならジムとかの方がいい。


「鈍いなぁ。拓翔を探してたんだよ」

「俺を? 何か用か?」

「うん、カポエラの技術を取り入れるのはどうかと思ってさ」

「カポエラか…。分かった、俺の方でも調べとく」

「いや、今からやろうよ」

「今からか? それは無理だ。コイツらの練習に付き合う約束してるからな」


明日佳は俺から一度離れ、庇うみたいに俺の前に立った。


「良いよね? 桐島ちゃん。だって私、まだ負けてないもんね?」

「っ…!」

「それとも今闘う? 私はそれでも全然構わないけど?」


桐島は歯を食いしばって何も言い返さない。いや、言い返せないのだ。…明日佳と自分の力の差を自覚しているのだ。しかし、そろそろ流石に桐島を苛めすぎだろう。


「普通に先約が優先でしょ」


風間が明日佳に立ち向かった。あまり喧嘩腰で応えないで欲しいんだが…。


「トレーナーに負けるプレイヤーがいくら鍛えても無駄だよ。拓翔が時間かけるのは勿体無いんじゃないかな?」

「あれ見てそういう風に思ってるならアンタの底も知れるね。アンタこそ、どうせこれ以上強くならないんだし、引っ込んだら?」

「…はは、懐かしいなぁ。この感じ。長津と雪寝もうるさくてさ。でも何回か試合したらすっかり静かになったんだよね」

「突然昔話? もしかしてもうボケてんの?」


背後からでも分かる。明日佳から笑みが消えた。マジギレ寸前だな…。


クソが…。胃がキリキリする。俺はあくまで鹿王のトレーナーだ。明日佳を優先することが多いのは彼女が正レギュラー1位だからであり、それ以上の理由はない。


そもそもこの場は人間関係が希薄な1年を元気づけるためのものだ。しかし、この明日佳の不機嫌さを無視すれば後から困ることになる。


明日佳が本気でキレて2人の心を折ろうとしたなら、多分それはそう難しくない。有望なプレイヤーを1度に2人失うことになりかねない危険な選択だ……。


その時、俺は周りがとても静かなことに気づいた。俺のせいで緊張していた部員たちがさらに緊張した面持ちでこちらを見ている。


「全員! 集合!!」


俺はいつものかけ声を腹の底から思い切り出した。今日はオフだが、皆、かけ声に従ってくれる。いや、2、3年生は反射的なものかもしれない。


ざっと30人程度の部員が集まる。よし、これなら充分だろう。


「只今から俺のノートコピー争奪、妨害シャトルラン大会を開催する!」


相変わらず1年は置いてきぼりだが、2、3年は歓声と雄たけびを上げる。ノリの良い奴が数人紛れてくれていて助かった。


「監督のノート?」

「ああ、あの人のノートはすげえんだぞ。あの雪寝に赤点を回避させ続けてんだからな」

「雪寝さんってそんなに、その…」

「ああ、ヤバい。アメリカの首都はどこか訊かれてホワイトホームと答えた女だぞ」

「おぉ…」

「その雪寝が拓翔さんからノート貰うようになってから赤点取らなくなったんだ。すげえだろ」


置いてきぼりだった1年たちも俺のノートの凄さを知って意欲的になってきた。いいぞ、こうやって盛り上げてさっきの気まずさをなくしてやる…!


「ルールは簡単! 結界内でシャトルランをするだけだ! ただし他人の妨害は自由。先輩だろうが、仲がよかろうが忖度なしでぶっ潰せ! 1位は3教科分、2位には2教科分、3位には1教科分くれてやる! さぁ、参加希望者は結界内に入れ!」


嬉しいことに全員が結界内に入ってくれた。残りは明日佳、桐島、風間だけだ。まず明日佳と目が合う。


「はぁ…、仕方ないなあ。」


明日佳はまだちょっと不満そうだったが、抑えて結界内に入ってくれた。すると、意外なことに風間と桐島もすんなり結界内に入る。


「やり返すなら」

「ああ、ここだ」


何か不穏な相談が少し聞こえたが、気にしない。試合とかで個人的な恨みを晴らすよりこういう企画で不満を吐き出す方がはるかに健全だ。


「それでは始め!」


結局、風間と桐島を含む大多数の妨害をものともしなかった明日佳が1位だった。


―――――――――――――――――――――


…なんだか不思議な感じだ。まともな監督というか、トレーナーがいる中で練習したのは始めてだった。こっちの課題にすぐ気づき、それの改善案とその方法をすぐに提示してくる。嘘みたいにスムーズに練習と研究が進んでいった。


…あの女が来るまでは。


あの女は襲い掛かる有象無象を優雅に躱し、悠々と20メートルを走りきる。そして気まぐれみたいに時々誰かを邪魔して蹴落とす。


俺たちはあの女のせいで時間内に20メートル走れきれず、脱落した。今はただただあの女の無双を眺める屈辱の時間だ。


「桐島」

「なに?」

「俺も監督との時間が欲しい。二人であの女を倒そう」

「あたしは四季明日佳に匹敵する才能があるって拓翔さんに言われたことある。あんたなんかに同列扱いされたくないんだけど」

「はぁ?」


何かの冗談だろ。俺のことはただのトレーナーでも勝てると思って、桐島のことは四季明日佳に匹敵する才能がある?


「分かった。お前を倒してからあの女を倒してやるよ」

「言われなくてもあたしはそのつもりだった。あんたも正レギュラーも全部倒して、あたしが拓翔さんのパートナーになる」

「俺だってお前を利用するつもりだった」


監督が俺に何を求めていたのかは分からない。でも倒すべき相手はよくわかった。

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