第6話


その後、風間は何も言わずにオリエンテーションに参加した。1年生は腫物みたいに風間を避けるが、それ以外のところでは和気藹々とした雰囲気だった。


しかしオリエンテーションとは名ばかりの地獄の耐久練習に参加したことで次第に口数が減っていく。休憩毎に喋る奴は少なくなり、最終的には全員ただただ体力の回復に努めて黙るようになった。


想定外のハプニングで時間を削られたから、どこまで追い込めるか心配だったが杞憂だったな。最初の部活はそのまま終了し、1年はゾンビのように練習場を後にする。


「あの、拓翔さん」

「桐島」


感心なことに桐島は元気そうだった。桐島は風間と小田の試合も見ずにオリエンテーションに参加していた。にも関わらずまだ覇気がある。この3年間相当ハードなトレーニングをしてきたんだな。


「あたしの練習メニューについてなんですけど」


「あれ。久しぶり、桐島ちゃん」

「…明日佳さん」


桐島が俺に話しかけてくるや否や明日佳が割り込んできた。


「まさか本当に入ってくるなんてね」

「あなたに勝つためなら手段は選びません」

「はは、まだ勝つつもりなんだ」


明日佳は桐島を小ばかにする。ちょっと大人気ない気もするが、真剣勝負の世界だ。桐島より強い明日佳が優位なのは間違いない。


「それで、メニューのことなんですけど…「桐島ちゃん」


桐島が明日佳を避けて俺に話しかけようとする。しかし更に明日佳がそれを止める。


「私に勝ってからじゃなかったっけ?」


桐島は憤懣を隠そうともしない。表情、態度、雰囲気のどれもが明日佳への激しい怒気に満ちていた。しかし突っかかるようなことはせず、そのまま踵を返してどこかへ行く。


「明日佳…、桐島はもう後輩だ。敵じゃないんだぞ」

「それは立場によるでしょ」


明日佳がここまで敵意をむき出しにするのは珍しい。桐島のことを正レギュラー1位の座を脅かす強敵だと認めているんだな。


「拓翔、今日はお疲れ」

「ん? あぁ。なんだ急に?」

「ねえ、今日のアレ、なんだか普段より活き活きしてた? やっぱりああいう平凡な子を支える方が好きなの?」

「気のせいだろ。…ただ、俺の理想には近かったかもな」

「ふーん。その様子だとまだ私の専属になる気はないんだね」

「前も言ったろ。今は3連覇しか頭にないんだ」


ふと気になって視線を動かすと、風間が部屋から出て行くのが見えた。平静を装っている雰囲気が殊更に痛々しい。それでも毅然とし、言い訳も何もしない風間は立派だ。


風間が俺に噛みついた理由は大体察しがつく。中学の頃、あいつは団体戦で活躍できなかった。資料では不遜な性格のせい、と端的に表してあるが、その内情はもう少し複雑だ。


風間がいた中学校の監督は、監督として長く勤めていたもののファンタジアのプレイ経験はない昔気質な根性論者だった。風間はその監督の度が過ぎた指導に妥当性がない、と反発し続けたのだ。仲間たちは最初こそ風間を応援していたが、監督の機嫌を損ねて練習と叱責を長引かせる風間を疎ましく思うようになった。そして風間は孤立し、監督だけでなく仲間からも信頼されず、団体で結果を出せなかった。


多分、あいつは肩書だけで闘えない監督に不信感があったのだろう。結果的には中学の時と同様、監督に反発して周りと溝をつくってしまったわけだが…。


ちなみに俺がこんなに風間の過去に詳しいのは、原作で風間のバックストーリーが試合中に差し込まれていたからだ。


…このまま風間を行かせてしまったら俺はあの監督と変わらないんじゃないか。そう思った途端に俺は居ても立ってもいられなくなった。


「風間」


俺は何も考えずに風間を呼び止めてしまう。風間は心底嫌そうにこっちを振り向く。


「…俺の指示には従えそうか?」

「アンタならいいよ」


風間はそれだけ言って返事も聞かずに帰った。顔は苦虫を噛み潰したようだったが、部活の時より言い方が柔らかい。その一言を聞いた瞬間、さっきまでの心配が嘘みたいに消えていく。自分でも理由は分からないが、風間は大丈夫だと確信できた。


「まだ上から目線なんて逆に大物だよね。私がもうちょっとボコボコにしてこようか?」

「お前は鬼か。放っといてやれ。…あいつはもう大丈夫だ」


こういう時、明日佳の考え方は野蛮だ。去年、長津と雪寝をひたすらボコボコにして従順にさせることに成功したせいかもしれない。


「そういえば敗因は教えてあげないの?」

「自分で分かってるよ」


風間は身体能力強化を使っている間、加速し続ける。ただ、あまりに速くなれば体への負担も大きく、打刀を上手く扱うこともできない。だから風間は攻撃の直前で一度身体能力強化を解除し、速度をリセットする。加速解除、からの加速という緩急をつけた剣撃で相手を翻弄するのだ。


ただ、この戦法は致命的なリスクを内包している。相手が一歩前に出てタイミングをズラすだけで風間は完全な無防備を晒す。


小田は風間の初太刀に合わせて一歩前に出た。それにより強化前の一撃を頭で受け止め、生身の風間に拳を叩きこむことができた、というわけだ。


これは俺が風間の試合のデータから導いた考察だ。九分九厘合っているとは思っていたが、実際に裏を取れると嬉しい。自分のトレーナーとしての能力の向上を感じる。


「なんだか勿体ない闘い方だよね」

「風間のことか? まぁ、色々改善点はあるが、俺は好きだぞ。試行錯誤が窺える」

「…なんか拓翔、1年に甘くない?」

「甘い奴は大衆の面前で晒し者にはしねえだろ」






俺は自室で届いたデータに目を通していた。あらかじめ分かっていたことだが、今年の1年もレベルが高い。これなら中々期待できそうだ。練習の質は部員の質。正レギュラー以外もきちんと強くなければチームは強くならない。


ブブブブブブ


電話がかかってきた。桐島だ。なるほど、電話なら明日佳には邪魔されないか。


「もしもし?」

『拓翔さん、今、いいですか?』

「どうした?」

『あたしの今のレベルを知ってほしくて…。明日の朝とか時間ありません?』

「朝はいつも練習場にいるぞ。部員も結構来るからお前一人を見るのは難しいかもな」 

『そうですか…、じゃあ次のオフはどうですか?』


そう急がなくても練習を見ていればレベルは分かる。特別、時間をとる意義は感じないが…。


俺は桐島の資料をパソコンの画面に表示する。そこには素晴らしい身体能力が記載されている一方で『交友関係なし』と大きく書かれていた。


……桐島は東京から来たばかりだ。友人もいないようだし、きっと寂しいのだろう。ここは先輩として付き合ってやってもいいかもしれない。


「分かった、時間をつくる」


画面をスクロールすると風間のデータがでてきた。そこにも大きく『交友関係なし』と書かれている。


「…もう一人誘っても良いか?」

『まぁ…明日佳さん以外なら』


優秀なプレイヤーである風間を人間関係なんて理由で失うのは痛手だ。それだけは避けたい、


桐島との通話が終わった後、俺は風間の寮に電話をかける。寮監が出て、風間へと電話を取り次いでくれた。


「よぉ。次のオフ、俺と練習しないか?」

『急に何?』

「俺の指示には従うんだろ?」

『…分かったよ、空けとく』


これは勘だが、風間は素直に誘っても来ない気がした。多少強引にでも連れ出すのが有効だろう。


これで桐島と風間を友達にしようなどという浅ましい考えがある訳じゃない。ただ孤立しているときは人との関わりが増えるだけで心労が減るものだ。


―――――――――――――――


久しぶりのオフの日、私は拓翔を誘おうと家を訪れた。しかしおばさん曰く、拓翔は朝早くから出かけて行ったとのことだ。 …おかしい。


拓翔は休日、家にこもってトレーナーの勉強していることが多い。特に一人で出かけることは稀だ。基本的に問題ないとはいえ、外で義足が不調になったらマズイ。どうしても外出しなければいけないときは私かおばさんかおじさんが同行するのが慣例なのに…。


つまり、私やおじさんたちにはついて来てほしくない用事、ということ?

服とかは通販で頼んでるはずだし、年相応のエッチなのだろうか…。


推論を重ねていくうちに嫌な予感がした。最近変わったことといえば、1年生の入学。


「桐島玲奈…」


拓翔があの子に期待しているのは知ってる。でも、それはあくまで鹿王高校のプレイヤーとして、だ。プライベートで会う理由にはならない。


「私に」


私が拓翔にトレーナーの道を示した。少し思ったのとは違うことになったけど、それも今だけ。このまま私が最強でいればいずれ拓翔も私の傍が自分の居場所だと自覚するはずだ。


「私にこそ拓翔の人生を背負う責務と権利がある」


私はスマホの位置情報アプリを開く。拓翔には言ってないけど、こっそり拓翔のスマホも登録してある。見ると家からそう離れていないところを歩いていた。今からなら全然追いつけそうだ。


…ただの買い物だといいんだけれど。

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