第14話 油ナマズと火吹きリス

 油ナマズは汗の代わりに油を出すんだって。

  毛毛丸けけまるは、冬の寒い日なんかに、油ナマズの油を使って焚き火をしたりするらしい。


 十メートル以上もある、その大きな巨体をスマホの画面にしっかりと収める。

 油ナマズは大きな口を開いた。


『小僧は変わった人間だな。いい匂いがする』


「あはは。そうかな? 毎日お風呂に入ってるからかもね」


『じゅるり……』


 今、ヨダレを垂らしたよね?

 妖怪って子供を食べる奴もいるらしいからな。


 油ナマズのヨダレは油だった。

 僕は滑って尻餅をついてしまう。


「痛ぁっ!」


 油ナマズは僕を見て笑った。


『ははは。おまえ、美味そうだな』


 う、美味そう?


『少しだけ、小僧の体を舐めさせてくれないだろうか?』


「いや。無理です」


 そのままパクリといかれちゃいそうだよ。


『なぜだ。ちょっとだけだぞ。ぺろりとな。ひとかじりだけさ』


 もう、かじるって言っちゃってるもん。

 食べられること前提だよね。


『おい。油ナマズ。ユートを食べたらオイラが許さないぞ』


『ちょっとだけならいいだろう!』


 ちょっとでもダメです。


「あ、ありがとうございました」


 怖いから次にいこうか。


 そう思っていると、


『おーーい。おまえかーー? 美味しいもんくれるって小僧っ子はよぉ?』


 その声は木の上からした。

 見上げると、真っ赤な体毛のリスがこっちを見ている。


 あ、赤いリスなんて初めて見た。


『へへへ。俺っちは火吹きリスっていうんだよ』


 目がクリクリっとして可愛らしいリスだ。

 よく見ると、尻尾が炎になっていた。


「すごい……。尻尾が燃えてる」


 触ろうとすると熱い。


『俺っちはよ。百年生きたリスが妖怪になったんだ』


「へぇーー!」


『おい。俺っちにも美味いもんくれよ』


「えーーと。撮影させてくれる?」


『撮影ってなんだ? よくわかんねぇけどよ。美味いもんくれるんならいいぜ』


 それじゃあ、なにか美味しそうなお菓子を……。


 僕はリュックの中をゴソゴソ。


「あったーー! おかきピーナッツ! これは好きなんじゃないかな?」


『おお、いいじゃん。豆だな。俺っちの好物をよくわかってんな。俺っちは小さくて丸い物が大好きなんだ』


 火吹きリスは夢中になってピーナッツをかじった。

 おかきは食べないみたい。

 やっぱり、リスだから木の実とか種が良さそう。


「火吹きリスはどんなことができるの?」


『おお。俺っちはよ。火を吹き出すことができんだ。見てろよ。ピュゥウウウウウ!!』


 おおおおお!!

 口から火を吹いた!


「すごい!」


『へへへ。俺っちの火の息はかっこいいからな。美味いもんを食わしてくれんならよ。また見せてやっても良いぜ』


 なんだろう?

  毛毛丸けけまるみたいに話しやすい妖怪だな。


『俺っちは火吹きリスの炎ノ助えんのすけだ。よろしくな』


 油ナマズに火吹きリス。

 今日は二匹も仲良くなってしまった。

 また、妖怪の友達が増えたな。


 僕が家に帰ると、母さんがその動画を編集してくれた。

 僕の配信は絶好調。

 チャンネル登録者は二十万人にも膨れ上がっていた。


 いつしか、 目目連もくもくれんのことを忘れて、憑依変化の術の練習をしなくなっていた。

 それくらい調子がよくて、楽しくて充実していたんだ。


 七月は中旬を過ぎて、もうすぐ夏休みが近づいた頃。

 事件は起こった。


 僕はいつものように姫井ヶ森に向かう。

 そんな時。まさか、が跡をつけているなんて、思いもよらなかったんだ。


 僕の携帯に電話が入る。


 表示は母さんになっていた。

 

 あれ、なんかあったのかな?


「もしもし、どうしたの?」

 

「杏ちゃんが家に帰ってないんですって。携帯に連絡しても出ないからね。ご両親が心配してこっちに電話が入ったのよ。優斗は杏ちゃんと一緒じゃないの?」


「僕は 毛毛丸けけまると姫井ヶ森に来てるけど?」


「あらそう……。杏ちゃん、変なことに巻き込まれてなければいいけどね」


 これは心配だな。

 僕も携帯に電話してみる。


ぷるるるるーー!


「……ダメだ。出ないな」


『なんだよ。心配しすぎじゃねぇか?』


「心配して当然だよ。子供の誘拐だってあるんだからさ」


『……まぁ、杏の心配もいいんだけどよ。この毛を見てくれよ』


  毛毛丸けけまるの毛は静電気を帯びて逆立っていた。


「そ、それって……」


『ああ、この妖力は 目目連もくもくれんだな』


 近くに来てるのか。

 どうしよう……。

 憑依変化の術がまだできないんだよな……。

 それに、杏ちゃんの連絡をとれないのも心配だ。


 そうだ! 

 彼なら杏ちゃんの居場所がわかるかも。


「雲外鏡ぉおおお!」


 僕が呼びかけると、床の隙間からウニョーーンと大きな鏡が現れた。


『オラ〜〜を呼んだだかぁ?』


「探して欲しい人がいるんだ。秋本 杏って女の子なんだけど、探せるかな?」


『オラ〜〜。知ってる顔の奴じゃねぇと〜〜。探せねぇ』


 あーー、じゃあ……。


 と、僕は携帯に保存してある彼女の写真を出した。

 これは杏ちゃんが強引に送ってきた写真だ。


「この子なんだけど。探せるかな?」


『んーー。調べるからちぃーーと、待っててくんろ』


 すると、


『いただぁ〜〜』


「見つかったの!?」


『この森に来てるだ〜〜よぉ〜〜』


 なんで!?


「とにかく映して!」


『あいよ〜〜』


 そこには杏ちゃんの姿と、もう一人。

 暑い日だというのにロングコートを羽織った女の人。


目目連もくもくれんだ!!」


 杏ちゃんが怖がってるぞ。

 

「襲われているんだ。 毛毛丸けけまる。助けに行こう!」


『おう!』


 僕たちは雲外鏡の鏡の中に飛び込んだ。

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