三 真相 -1-

 本殿の扉は苦もなく開く。中へ体を滑り込ませれば、ひんやりとした静謐な空気が満ちていた。雨に濡れたレインコートのフードと前のボタンを外し、俺は真っ直ぐに祭壇へと向かう。

 わずかな段差があり、その奥に御簾がかかっている。視線を横に向ければ、先日瀬戸が根贈を取り出すときに入って行った小部屋がある。中を覗いてみても、そこは物が整然としまわれているだけの場所だ。祭壇に足をかけるのはなんとなく後ろめたさを感じたものの、躊躇している時間もないので先へと進む。

 視界を遮るようにかかっている御簾をたくし上げると、持ち上げた隙間から体を滑り込ませ、中へと入る。体感温度がいっそう下がった。

 緊張しながら懐中電灯の光で中を照らす。空間の中央には、古い井戸のように石が積まれた円柱状のものが設置されていた。近づいて中を覗き込むと深く穴が開いていて、そこに梯子がかかっている。これは紛れもなく、地中への入り口だ。自分の推理が間違っていなかったことに、たしかな興奮を覚える。

 穴の底に光を当ててみても、暗がりが広がっているのが見えるだけだ。どれほどの深さがあるのかもわからないまま、懐中電灯を点灯させた状態でバックパックに下げ、穴の中へと入っていくことにした。

 梯子は木製だが、穴の壁には金具で設置されているため、体重を預けても不安感はない。足を踏み外さないように、一歩一歩先の梯子の感触をたしかめながら降りていく。懐中電灯をつけているとはいえ、暗闇の中の梯子をひたすら降っていくというのは、さまざまな感覚が麻痺していくような体験だった。

 地上が遠ざかると共に、本殿の外から聞こえていた雨音も聞こえなくなった。逆に、どこかから吹き抜けて反響する風の音が強まる。まるで、穴の底に待ち構えている化け物の呻き声のようだ。

 どれほどの時間降り続けていたのかはわからないが、同じ動作を繰り返していると、自分が降っているのか登っているのかも判然としなくなってきた。極度の緊張感に支配されたまま、梯子を握る指先が痺れを感じだしたとき、次の梯子の横棒を探すために伸ばした足が硬いものに触れた。足先で探るようにして安全性を確かめてから、体重を預けて梯子から手を離す。

 全身にこもっていた力を抜きながら懐中電灯を手にして、あたりを照らしてみる。穴の底についたのだ。

 そこからは、横穴が続いていた。壁は木材で補強されている箇所はあるものの、基本的には地中に穴を掘っただけであり、思い描く坑道そのものだ。一本道で、穴の高さは一七〇センチほど。身長一八〇センチメートルある俺は、軽く腰を曲げて進まねばならない。圧迫感を覚えて無意識に唾を飲み込んだ音が、やたらと大きく響いた。懐中電灯で照らしながら意を決して先へと進む。

 坑道を歩きだしてからすぐに気づいたことだが、道は水平ではなく常に下り坂になっている。梯子でも長いこと降下したが、ここでもまた下へ下へと降っているのだ。

 暗がりの中を歩き続けてしばらく経った頃、空気が変わるのを感じた。ひんやりとした空気に湿気が混ざり、雨の気配を覚えたのだ。遠く雨の音が聞こえ、ぼんやりとした白い光が見える。懐中電灯の光とはまた別種のものである。もしやあれは月光ではないかと、先へ進む足が早まった。

 俺はついに、坑道の終着点へと辿り着く。

 そこは、予想どおりに大穴の中だった。どの程度の深さに自分がいるのかはわからないが、目の前に大きな円柱状の空間が現れたのだ。

 大穴に横穴を開けたというだけの場所で、坑道から出た先に足場はない。見下ろしても見上げても、穴の横から生えた木に阻まれて、先を見通すことはできない。穴の中央付近を中心に、木々を通り抜けた雨が降ってきていることだけはわかった。

 何よりも俺の目を引いたのは、大穴の中で点々と灯っている不自然な淡い白い光だった。まるで、夜の海に漂い、発光するウミホタルの群れのようだ。よくよく目を凝らして見れば、発光しているのは、壁一面にびっしりと生えた根贈であった。根贈は根元まで透き通っており、懐中電灯で光を当てると、存在自体が掻き消えるようによく見えなくなる。

 俺は急いでカメラを取り出し、あたりを撮影しはじめる。だが、撮影したい植物それ自体が淡く発光しているため、正しく対象を写すことが難しい。懐中電灯の光を当てたときと同様に、フラッシュを焚くと存在がまったく見えなくなる。逆にフラッシュを焚かない場合、淡く光る根贈の様子はわかるが、周囲の状況は判別できなくなる。地上からの調査の途中、フラッシュを焚いて穴の中を撮影したモノクロ写真に、根贈の姿が映らなかった理由がわかる。

 また、大穴に通じる坑道の端っこには、大きな襤褸布のようなものが落ちている。広げてたしかめてみると、布はくすんだ土色をしており、大穴側の坑道の出口全体を覆えるほどの大きさがあるようだった。大穴内部に調査が入るときは、これで坑道の存在を隠していたのだろうか。

 苦心してあたりの状況の撮影を済ませてから、手の届く範囲の根贈を引き抜いて採取する。すると、地面に植わっているときの根贈は完全に透き通っているにもかかわらず、土から離れると途端に白っぽく普通の植物らしい色がついた。同時に、ほのかな発光もしなくなる。こうなると、健の死体から生えていたものとまったく同じ姿になった。

 荷物から密閉容器を取り出すと、採取した数本の根贈と共に、周辺の土も一緒に容器へと詰めていく。周辺の土ごと容器の中に移しても、根贈は地面から離れると姿を変えてしまうようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る