二 大豊災 -3-

 翌日は、相変わらずの雨と風だった。

 五日後に祭りがあるというのは本当のようだ。外出を躊躇するほどの悪天候だというのに、多くの人が社務所にやってきては、瀬戸に何かと相談や話し合いをしている。祭りの準備は大詰めになっているらしい。

 そんな来訪者たちのたてる物音や話し声を遠くに聞きながら、俺は、社務所の自分の部屋に療養も兼ねて一日中引きこもっていた。なんとなく昼飯も夕飯も集まる気になれなくて、昨晩と同じように、冬夜に部屋まで運んできてもらった。こうしていると、部屋に引きこもっていた家茂・後藤が思い出されて、縁起が悪いなと感じる。

 テレビすらもない自室で他にすることもなく、俺はただただ思考を巡らせる。

 春樹の死体を木にかけたのが、人の手によるものだと確信できた。これにより、いままでなんとなく目を逸らし続けていたものを、正面から見つめることができるようになった。理性では否定しながらも、俺は、どこかで根っこ様の存在を認めてしまっていたのだ。しかし、島で起きたことのすべてを人がやったのならば、健の死にも説明がつくはずだ。

 健は大穴の中で死んだ。ならば、大穴の中に殺人犯がいたのだ。これも荒唐無稽なことのように思われるが、人が突然奇怪な死に方をするわけがないことを考えれば、それ以外にあり得ない。犯人は大穴の中で健を待ち構え、降りてきた健に気づかれる前に、なんらかの方法で彼を殺した。そして、彼の体から花が噴き出して死んだかのように見える細工をした。健が穴の中にいた時間は長く、そういった細工をする時間は十分にあったはずだ。

 健は家茂の呼びかけに応えて度々返事をしていたが、レコーダーなどに最初の返事を録音しておいて、あとは呼びかけられるたびにその声を再生すれば時間が稼げる。これで、健の返事が妙だったことにも説明がつく。

 最後のロープを引っ張る合図も、殺人犯が細工を終えたあとにロープを引っ張れば良い。

 島中を探し回っても見つからない根贈が健の死体に多数つけられていたことから、根贈の生育地は穴の中にあるとみて間違いない。犯人が健を待ち構え、さまざまな細工をしたことからしても、大穴の中には、人が滞在できる場所が存在している。

 さらに、あの大穴の中に根贈の生育地があるのではないかという予測には、もう一つ根拠がある。それは、岩っこに流れ着いた家茂の死体だ。

 根贈は通常、岩っこに流れ着いたものが拾われている。そして、家茂は大穴のある崖から落ちて、最終的には岩っこに流れ着いた。花と死体という大きさも重さも違うものだからまったく同じには扱えないが、大穴付近から岩っこまで物を運んでくる海流が存在することは確実だ。

 ここまで仮定して次に問題となるのは「ではどうやって、大穴の中に犯人が入ったのか」ということだ。あのときは大穴の上に足場が組んであって、そこからロープで降りていくことは可能な状態だった。しかし、犯人が健と同じようにロープで降りたとは考えにくい。なぜならばあのときの大穴に、健の使用したロープ以外のものは存在していなかったからだ。

 さらに、根贈をMADの材料として利用している者は、普段から大穴の中に出入りする必要がある。そのとき、いちいち穴の上からロープを伝って懸垂下降をしているとは考えにくい。つまりここで『大穴に通じる横穴が存在するのではないか』という仮説が立つ。横穴の道があるならば、道には入り口がなければならない。

 俺は島の周囲の海から島を観察したが、それらしい洞窟は存在しなかった。俺が一ヶ月間島の様々な場所を見て回って、それでも見つからなかったということは、入り口は島の上にあり、隠されているのだ。

 大穴に近く入り口を隠すのに最適な建物といえば、この大洞神社だ。社務所は隅々まで見ているが、横穴への入り口などがないことはわかっている。それがあり得るのは本殿しかない。

 俺はふと、扉の閉めきられた本殿で風の流れを感じたことを思い出す。

 本殿はそう大きくはなく、中は大きな一つの部屋になっている。もし入り口を隠しているのならば、俺が見ていないのは、

「祭壇の中、か……」

 そう呟いてみれば、推理は確信へと変わった。

 遠くで、瀬戸と訪れてきた誰かが会話をしている声だけが聞こえる。なにを言っているのかまではわからないが、瀬戸の穏やかで優しい声は判別できる。

 その声を聞いても、俺の心はいっさい休まらなくなっていた。いままでのすべてのことを人がやったのだと認めたとき。春樹を中庭の木に掛けた人間は、あの晩に社務所で寝ていた俺たちの中の誰かだということがはっきりとしている。

 さらにその人物が、本殿の中から通じる入り口を通って健を殺したのなら。それは、瀬戸以外あり得ないのではないかと思うのだ。

 健もろとも足場が落下した直後、瀬戸はタイミング良く現れた。思い出せば、後藤が港から船に乗る前に、瀬戸は酔い止めと称して彼に薬を飲ませていた。あれは本当に酔い止めの薬だったのだろうか。

 悶々とした思いを抱えながら、俺は部屋の中で耳をそば立て、社務所の中が眠りにつくのを待った。


 生活音が絶え、人の起きている気配のなくなった社務所内。

 バックパックに、必要になるかもしれないものを詰める。

 悩んだ末、二重底にしている鞄の奥からホルスターとセットになったオートマチック銃を取り出して、腰に装着した。必要になることはないとは思うが、根贈をMADの材料として生育していた場合、大穴の中に武装している者が待ち構えていないとも限らない。腰のホルスターは、上から長めのティーシャツの裾をかければ目立たなくなる。

 さらにその上からレインコートを着込んで、バックパックを背負った。手には後藤からもらった懐中電灯を携える。

 ふうと息を吐き出して、深夜に墓地へ向かったあの日と同じように、俺は静かに社務所を抜け出した。

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