四 中庭 -1-

 大穴初調査の結果は、その日の夕食時に家茂から共有された。

 とはいえ、初日で判明したことといえば、調査隊が想定していたよりも大穴は深かった、ということだけのようだ。家茂いわく、大穴の中へ定規代わりとなるロープを入れて深さを測ったのだが、事前に用意していた一キロ分のロープをもってしても、底に届くことはなかったらしい。つまり、穴の深さは一キロ以上あることが確実だ。

 次に、ロープの先にビデオカメラをつけて穴の中の撮影を試みたが、僅か六〇メートル下げたところで無線接続していたモニターに映像が届かなくなったという。引き戻してみると、ビデオカメラ自体が故障してしまっていたのだそうだ。宮松から島の磁場が強いという説明は事前に受けていたが、大穴の中は、他の場所よりもいっそう磁場が強いようだ。

 明日は、また別の方法で大穴内の撮影を試みる、というところまで説明があった。

 説明と共に夕食を終えると、その日は解散となる。初日と同じように順番に風呂に入り、全員が各々の部屋へと帰っていく。

 俺は、もともと夜型の生活をしていたこともあり、部屋に戻ってからもしばらくは目が冴えて眠りにつくことができなかった。持ち込んだ本などを読んで過ごし、布団の中に入ったのは夜中の一時を過ぎた頃。

 それから三〇分程たったあと、寝入り端の半覚醒状態で揺蕩っていた俺の意識が浮上する。

 中庭に面している障子の向こうから、瞬間的な光が差し込んできている。はじめは、遠くに雷でも落ちたのかと思った。白い光は断続的に続いているものの、どうやっても眠れないほどに激しく眩しいというわけではない。俺がすでに深い眠りに落ちていたら、気がつくことはなかったかもしれない、という程度のものだ。目を擦り、障子の方をじっと見つめる。雷にしては雨も降っていないし、その後に続く雷鳴もない。不審に思いながら布団から起き上がり、障子を開く。

 月光の下、中庭に生えるガジュマルの前に、ぼんやりと人影が見えた。間に障子がなくなったことで、先ほどよりも眩い光が目に届く。続いて、微かなシャッター音が響く。その音を耳にしたことで、俺は木の前に立つ人影の正体に思い至った。

「後藤さん? 何をされているのですか」

 名前を呼んで声をかけるが、後藤は振り返らない。ただ、木へ向かってカメラを構え、またフラッシュを焚いてシャッターを切る。俺は、縁側に置かれたつっかけサンダルを履いて中庭に出ると、後藤へ近寄る。

「後藤さん、どうかしましたか」

 先ほどより声を張って呼ぶが、後藤には俺の声が聞こえていないようだ。直立不動のまま、またシャッターを切る。

 フラッシュの強すぎる白い光によって一瞬だけ照らされるガジュマルと、中庭の様子。光が眩いが故に濃い影の色と、そこに佇む後藤の姿に、俺は不気味なものを感じた。

「後藤さん!」

 いっそう語気を強めながら、こちらへ振り向かせるように後藤の肩に手を乗せ、力強く引いた。俺を見た後藤は、まさにいま俺の存在に気づいたという様子で目を瞬かせている。

「あ……浅野さん。どうかしたんですか」

「それはこっちのセリフですよ。どうかしたのですか? こんな夜中に木を撮り続けるなんて」

 後藤は数回瞬くと、構えていたカメラを下ろした。暗闇の中、ガジュマルへ再度視線を向けて呟く。

「ああ……いなくなってる」

「何がですか?」

「さっきまで、あの木のところに白いものが見えていたんです。人っぽいんですけど、人ではなくて。それで撮影しようと思ったんですけど、肉眼では見えているのに、カメラには映らなくて」

 言っていることの要領を得ない。怪訝そうな顔を浮かべる俺に、後藤は、

「ほら、見てください」

 とデジタル一眼レフカメラについているモニターを向けてくる。そこには先ほど彼が撮り続けていた写真が表示されているが、もちろん、暗闇の中でフラッシュを浴びている、ガジュマルの奇妙な樹形しか映っていない。

「俺にも、後藤さんが一人でいる様子しか、見えていませんでしたよ」

「そうですか……夢でも見ていたんでしょうか」

 後藤は自分の額のあたりに手を当てながら、ガッカリしたように深くため息をついた。

「そうかもしれませんね。環境が変わってまだ二日ですから」

 俺の宥めるような言葉に、後藤は曖昧に頷く。

「お騒がせして、どうもすみません。それでは、おやすみなさい」

「おやすみなさい。足元にお気をつけて」

 改めて就寝の挨拶を交わし、俺たちは縁側から各々の部屋へと戻っていく。俺と後藤は、同じく右辺にある部屋のお隣同士だ。

 部屋に戻ったはいいものの、フラッシュの光が脳裏に焼きついたように俺は目が冴えてしまった。せっかく眠ったところだったのにと、ため息を漏らす。しかし、しばらく布団の中で心を落ち着けていれば、夢の向こうから甘い香りがしてくる。

 俺は、いつしか気がつかぬうちに深い眠りに落ちていた。

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