月光に照らされて、何を想う

椿



 少年はただの迷い人だった。

 母親に家から離れた所に遊びに行っちゃダメ、特に森には入らないようにと忠告されたのにも関わらず、好奇心に負け森に踏み入ってしまった。

 その森は深く、自分が右に進んでいるのか左に進んでいるのかもわからない。

 同じような景色が広がり、少年の方向感覚を狂わせた。

 家に帰りたい、その一心で草木をかき分け少年は進む。


「はっ……ッッ…はぁ…つか、れた…」


 どれくらい時間が経っただろうか、家を出た時には太陽が空に浮かんでいたのに今ではすっかり沈み、夜闇を月が照らしてる状態だった。

 服は汗と泥で汚れ、それでも歩き続けたお陰で漸く森を出ることが出来た。


 森の先にあったのは丘だった、草木が生い茂っている訳では無いが、逆に枯れ果ててる訳でもない。

 ごく普通の、なんの変哲もない丘。

 家の近所にこんな丘、あっただろうかと少年はふと疑問に思う。

 だが、それよりも目の前の異質な光景に目を奪われてしまった。


 それは其処にいた。

 丘の頂上に小さな岩がある。その上に更に小さな白兎がいたのだ。

 時刻はきっと真夜中、だけど夜空に広がる眩い光を放つ満月。

 綺麗でまんまるとしたそれは、他の小さな星の灯りは霞んでしまう。

 だからこそ白兎の白さを共に際立たせ、異質さを感じてしまった。


 まるでスポットライトみたいだ、少年は思う。

 白兎が主役の、不思議な世界に迷い込んだみたいだと。

 だけど、それだけでは終わらなかった。


「っ……な、なんだよ。…これ…」


 月光に照らされて、兎はゆっくりと淡い光を纏う。少しずつ姿を変え、足が、腰が、手が、そして頭が___兎は人へと姿を変えたのだ。

 少年は目の前の異様な光景に目を見張り、思わず後退りをしてしまう。

 それでも兎から視線を外さない、外してはいけないと思ってしまった。

 兎が、否。彼女がとても美しかったから。


 いつの間にか、彼女は少年を見ていた。人となった彼女には小さいであろう岩の上に腰を掛け、ジッと少年を見詰める。

 少年も彼女を見つめ返す。

 二人の間にあるのは緊張感、言葉はなくただ草が風に揺れる音が聞こえるだけ。


 静寂を破ったのは、彼女の方だった。


「キミも、帰りたいの?」


 綺麗な白髪が風に揺れ、兎の耳がピクピクと動く。

 鈴のような耳馴染みの良い綺麗な声、思わず少年の胸が高く鳴る。

 少年は返事をしない代わりに、悩む様に少し間を開けてから小さく頷く。


「そっか、じゃあ一緒だね。」


 ───私も、お家に帰りたいの。


 そういって彼女は、空に浮かぶ綺麗な月に視線を向け、何処か寂しそうに笑った。

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月光に照らされて、何を想う 椿 @Tsubaki3

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