割られたガラス②

 次回の相談時に玉井さんの彼氏を連れてきてもらう。そして、その彼に今回の話を伝えてもらう。今回はそういう落とし所で玉井さんにはお引き取り願った。


「しっかし、何の話か全然わかんなかったな」

「まあ、私は心当たりが無いわけではないんだけれど」

「えっ?」


 玉井さんは先ほど、『車のガラスがパリーン』と言っていた。つまり、自動車の窓ガラスが割られる事件が起こり、彼女の交際相手がその事件に巻き込まれていると考えられる。そしてごく最近。その条件に当てはまる事件が、実際に校内で起こっているのだ。


「さっき玉井さん、車のガラスが割れたみたいな表現をしていたでしょう?実際にあったのよね、先週の土曜日に」

「……どういうことだ?」

「私も職員会議で聞いただけなんだけど。どうも野球部の外部コーチが乗ってた車の窓ガラスが割れてたんだって。学校ウチの駐車場で。質の悪いイタズラだってことで警察にも連絡したらしいんだけど……」

「なるほどな。で、梨華の彼ピ殿はその事件に巻き込まれちまったっつーわけか。てか、センセー。そんな事件知ってたんならもっと早く教えてくれりゃあよかったのに。それこそ探偵倶楽部の出番じゃねえか」

「アハハ……」


 すでに警察には連絡してあるのに、わざわざ引っ掻き回すようなことはしたくない。


(だいたい、そんな話をしたらまた助手をやらされかねない。それだけは御免だわ)

「まあいいじゃない。それより宮原くんもさっさと帰りなさいな。今日はもう店じまいよ」


 私はそう言ってシッシッと彼を追い払った。どうせその彼氏とやらが来なければ話は進まないのだ。ならば時間は有効に使わねば。渋々と教室を去る宮原くんの後ろ姿を眺めながら、私は一人でそんなことを考えていた。

 数日後、玉井さんから事前に連絡を受けた私達は、相談室の中でソワソワしながら彼女らの到着を待った。すると、教室のドアが遠慮がちにノックされた。


「失礼します。玉井梨華からここに来るように言われたのですが……」


 そう言って顔を覗かせたのは、坊主頭の好青年だった。その顔は私もよく知る顔だった。


「あら?玉井さんの彼氏ってさかきくんだったの」

「はは……。まあ、はい」


 榊くんは照れくさそうに頭を掻くと、小さくお辞儀をして教室に入ってきた。


「なんだ、センセーの知り合い?」

「知り合いっていうか野球部の副部長よ、彼。三年生の榊茂さかきしげるくん」

「いやー、知らないなぁ。何か野球部って坊主頭のせいか、皆同じに見えるんだよな」

「失礼なこと言わない!」


 ペチンと宮原くんの額を叩く。だが、そんな失礼な発言にも榊くんは苦笑いで返した。


「ははは。まあしょうがないよ。実際その通りだしね」

「ですよね?先輩」


 榊くんが三年生だとわかると、一応敬語に切り替わる宮原くん。……私にはタメ口のくせに。


「それで、えっと……。君が宮原かい?梨華から言われて来たんだけど」

「はい。俺がご存知、名探偵の宮原圭吾です」

「ははは、名探偵か。それは頼もしいな。三年の榊茂だ、よろしく」

「ところで榊くん。玉井さんは来てないのかしら?」

「ああ、そうでした。今回梨華には帰ってもらったんです。元々は僕の問題だし、こう言っちゃなんですが……あの子がいると話が進まないでしょう?」


 彼の言葉に宮原くんは首をブンブン縦に振った。玉井さんとのやり取りが、よっぽどストレスだったのだろう。


「それは英断っスね。で、早速ですがその事件ってのは?」


 宮原くんの問いに、榊くんは少しだけ目を瞑る。そして、その日のことを静かに語り出した。


「あれは、先週の土曜日のことだ。学校は休みだったけど僕達野球部は練習があってね。いつも通り学校のグラウンドで練習をしてたんだ。でも、ウチの野球部の顧問は野球経験がないんだ。だからいつも外部コーチに来ていただいてるんだけど。……実はそのコーチの車の窓ガラスが何者かによって割られていたんだよ」


 やはりその話だったか。職員会議で聞いた通りの話だったと私は腕組みをした。チラリと横目で宮原くんを見る。すると彼はいつの間にやらとりだしたメモ帳に、すらすらとペンを走らせていた。


「概要はわかりました。でも先輩はこの事件にどんな関係が?」

「実は犯人じゃないかと疑われてね」


 以外な答えに私は少し驚いた。なにせ彼は、成績・生活態度共に良好な優等生なのだから。


「榊くんが?何か理由があるのかしら」

「ええ、一応。僕は休憩時間にコーチからちょっとしたおつかいを頼まれましてね」

「おつかいスか?」

「ほら、体育館脇に自動販売機があるだろう」


 そういえばそんな物があったはずだ。私は普段から自動販売機は利用しないので、あまり意識して見たことはなかったが。

 確かにあっただろう。くらいの認識の私に代わり、宮原くんが返事をした。


「ありましたね。あの無難な飲み物しかない、トキメかない自販機」

「そうそう。で、僕はコーチに頼まれてそこにお茶を買いに行ってたんだ」

「それってパシリってことですか?」

「まあ、わざわざ外部から来てくれてる訳だし。それくらいは、ね。……それで、だ。グラウンドからその体育館脇に行くまでの道中に駐車スペースがあるだろ?」


 ピタリ、と宮原くんの手が止まる。


「まさか」

「そうなんだ。僕が犯人じゃないかと疑われてる。コーチがガラスの破損に気が付いたのは昼休憩のタイミング。つまり、野球部の練習開始から正午までの間に窓ガラスは割られたんだ。そして現在、その時間帯に駐車スペースを通ったとされる生徒は僕しか確認されていない」

「でも、いくら休日だからってそんなに人が通らない場所ですかね?」

「土居中高校はそもそも生徒が少ないからね。だから目撃者もいない」


 やれやれと、榊くんは大袈裟に首を振ってみせた。


「つまり先輩は、窓ガラスを割った真犯人を見つけ、俺達に疑いを晴らしてほしい。……そういうことですね?」

「ああ。話が早くて助かるよ」


 宮原くんはそれだけ聞くと、榊くんに手を差し出した。それに榊くんが応じると、二人はきつく握手を交わした。


「わかりました。探偵倶楽部に任せてください!」


 ……我々?

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アラサー教師・中村恵美の事件簿 矢魂 @YAKON

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