第3話

 神代は都内にあるアパートに潜伏していた。

 今まで見つからなかったのは、彼は宅配業者を通じて食料や日用品の調達を行なっており、外に出ることがなかったからのようだ。だが、昨夜は珍しくバーに飲みにいったようで都内を歩く彼の姿を監視カメラが捉えていた。

 整形で容顔を変えていたようだが、街を歩く様子やエレベータに仕込まれた防犯カメラの様子から彼の整体情報と行動特徴を解析し、割り出すことに成功した。


 俺はアナログ情報収集員として、彼の住むアパートへと赴いた。訪問販売を偽り、しつこくインターホンを押して彼を呼ぶ。すると、彼はドア越しに声を聞かせてくれた。

 忘れるはずもない彼の声。それを聞けたことに俺は心からの喜びを感じた。三年間の努力は無駄じゃなかったと実感することができた。


 いよいよ彼と対峙する時が来た。

 時計を見ると深夜二時を回っていた。事前に購入していた『サイレンサー銃』を携え、俺は彼のアパートへと赴いた。


 アパートにいる住人は神代を含めて四人。神代以外の住人は一階に住んでおり、二階は神代の部屋以外は空き家だった。


 訪問販売でアパートに赴いた際に二階の奥の方に監視カメラが仕掛けられているのがわかった。おそらくアパートのものではなく、神代が仕掛けたものだろう。一階の同じ場所には監視カメラがなかったので、そう結論づけた。


 だから侵入は窓からすることにした。神代の仕掛けた監視カメラにはどのような仕組みが施されているか分からない。もしかするとカメラに人が映ると彼のスマホに通知が届く仕組みになっている可能性がある。それを考慮すると窓からの方が安全だと判断した。


 踏み台を使い、彼のいる部屋のベランダへと降り立つ。カーテンで閉められており、中の様子は分からなかった。窓には施錠がされている。

 ポケットからライターを取り出し、クレセント錠付近のガラスを加熱する。熱したことでガラスがピキッという音を立てて砕ける。


 今ので気づかれただろうか。しかし、気づいたところで意味はない。ゆっくりと窓を開ける。そのタイミングで頭にかぶっていた防備を顔に嵌めるとカーテンの下から筒状のスモークマシンを転がす。


 転がってから5秒後に一気に煙が散漫していく。そのタイミングでカーテンを開け、俺は部屋に銃口をかざした。事前に顔面にかぶった機器によって、視覚は煙に左右されず、クリアな状態を保つことができている。


 視界に映るのは質素な空間だった。段ボールが散りばめられており、真ん中にポツリと布団が横たわっている。布団は膨れ上がっており、神代がそこで寝ているのが予想される。


 これだけの惨事が起こったにも関わらず、眠っているとはどれだけ呑気なことだろう。

 慎重に足を前に出し、布団に近づくと布団を一気に剥いだ。

 刹那、大きな音が耳を穿つと足に激痛が走る。俺は銃声の聞こえた方に銃口を向ける。だが、引き金を引く前に拳銃を構えた手に弾が当たる。反動で持っていた銃が吹き飛び、地面に落ちた。


「動くな」


 慌てて拳銃を取ろうとした時、人の声が聞こえてきた。

 俺は動きを止めると静かに彼へと目を向けた。彼はゆっくりと俺に近づいてきていた。


「仮面を取れ」


 彼の言葉に従い、仮面を取る。わずかな煙が部屋には漂っているが、目の前にいる拳銃を持った男の姿は確かに認識することができた。


「久しぶりだな、育人」

「神代……」


 俺は目を鋭くさせ、睨むようにして神代を見た。神代は「くっくっく」を引き攣るような笑い声を見せる。煙はやがて綺麗さっぱりなくなり、互いの姿があらわになる。整形していても神代の面影は残っていた。彼の顔を見続けてきた俺だから分かることだろう。


「もう先輩とは呼んでくれないのか?」

「お前に敬称を付けるほどの価値はない」

「そうか。残念だ。せっかく、三年間も長い間、お前に生き場を与えてやったと言うのに」

「……やはりか」


 神代の言葉で俺は確信に至った。今回の紀章からの神代の居場所特定は仕組まれたもののようだ。


「やはり……いつから気づいていた?」

「お前が混沌バイトの首謀者ということか? はじめからだよ。あまり俺をみくびるなよ。たとえボイスチェンジしていたとしても、音声解析を使えば元のボイスを復元できる。そこで分かったよ。首謀者の正体がお前だということはな」


 正義の味方が悪魔であるはずがない。陳腐な人の考えを利用して、神代は混沌バイトを企てたのだろう。警察にとっては好都合な組織だ。気には留めるものの捜索することはしない。であれば、神代の安全は保証される。


「分かっていて、俺たちの組織に入った理由はなんだ?」

「お前と一緒にいれば、いずれはお前が俺を殺しにくると思っていた。お前は人を使うだけ使って、最終的に切り捨てるどうしようもないやつだって、紗香の事件から学んだからな」


 彼はサークルの後輩を風俗嬢として雇い、散々稼いだところで彼女たちを人身売買していたのだ。それを見かねた紗香が自分、及び周りの子達を助けるために神代に抗議した。


「なるほどな。俺はまんまとお前の思う通りに動いちまったってことか。だが、残念だったな。そこまで分かっていても俺を裁くことはできなかったみたいだ」


 神代は持っていた拳銃を俺の額へと近づける。少しでも動けば撃つと彼の瞳は訴えかけていた。


「一階の住人を巻き込んで火災でも起こせば、俺を殺すことができたかもしれないな。だが、俺一人に狙いを定めてしまったのが運の尽きだ。ドアだろうが、窓だろうが、どのみちお前に俺を裁くことはできなかった」


 彼のいた場所から推測すると、ドアから入ればそのまま打たれて終わり。たとえ窓から入ったとしても膨らんだ布団をブラフに今の状況を作り出して終わりという形になっていたのだろう。


「お前は十分働いてくれた。だから、紗香と同じところにお前も送ってやる。それが俺にできる最後のことだ」

「……一つ聞かせてくれ? 紗香を殺したのはお前で間違えないんだな?」

「ああ。あいつがしつこくまとわりついてきたから、階段で振り払って転倒させてやったんだ。そしたら、頭から血を流して死にやがった。俺に歯向かったバチが当たったみたいだ」

「そうか。最後にそれだけ聞けて良かった。免罪というパターンだけはどうしても避けたかったからな。悪いが、紗香の元には自分の意思で行かせてもらうよ」


 俺はポケットに手を突っ込んで中にあったスイッチを押した。神代が反応するが、その前にガスの漏れていた筒状の『起爆装置』が反応する。

 大きな爆発音とともに大きな反動が俺たちを襲った。視界は瓦礫に満たされていく。


 神代の言っていた通り、火災の手も考えていた。だが、最後くらいはやつの顔を見て、やつの口から紗香を殺したかどうかを知りたかった。


 奴はまんまと口走った。だから躊躇することなく起爆できた。

 下の階にいる住人には事前に通知をしてある。だから今頃は逃げているに違いない。


 俺はようやく紗香の敵を打つことができた。

 だからもう、この世に未練はない。これで心置きなく紗香を追いかけることができる。

 瓦礫によって真っ暗になった視界が真っ白になっていく。


 すると目の前に綺麗な手が現れた。人を殺めた俺が地獄に行かないように紗香が引っ張ってくれるみたいだ。

 俺は紗香の手を掴み、彼女に身を委ねることにした。

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【短編】混沌バイト 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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