第13話 人を喜ばせる

 一番好きな小説家を訊かれると、H.P.ラヴクラフトと即答する。


 怪奇小説を書こうと思い立ったのは、ラヴクラフトに影響を受けたからだ。正確に言えば、ラヴクラフトが原作のゲーム――クトゥルフ神話TRPG――に惹かれて、怪物が出る小説を書きたいと思ったのが、きっかけだ。


 僕は怪奇小説を愛し、と名のつくものは、つい手に取ってしまう。ラヴクラフトの小説に魅了され、怪奇小説の雰囲気が好みのものだと、知ったからである。


 当初の僕は、自分の書きたい小説を執筆していた。読者のために書く、という発想がなかったからだ。


 ――そもそも語彙力がない。物語が思い浮かばない。文法がおかしい。


 このような状態で、読者を想定して書くのは難しかった。


 文法は、学校で習うのが高橋文法だからまだいい。文法といっても、学校文法がすべてではない。しかし、文法以前に物語さえ思い浮かばなかったのだ。


 だが今は違う。いくらかは以前よりマシになった。読者という存在を意識しはじめた。


 ――読者のために書くか、自分のために書くか。


 だが、選択肢が二つだけではないように思える。中途半端がいけない、というわけではない。しかし、第三の選択があってもよいのではないか。


 ――自分を求める読者に向けて、小説を書く。


 拍子抜けするほど、簡単な回答だ。

 とはいえ、この回答にたどり着くまでに三年かかった。自分をないがしろにせずとも、誰かのために小説を書けると気づくまでに。


 たとえ批判されようとも、小説が人どうしをつなぐのはたしかだ。その糸は、作家がいなければ存在しなかったのである。


 小説は、ムダな生き物ではないと思う。だから、小説家はそれを手放すかどうか、早まってはいけないのだ。


 少なくとも、小説家がつらい思いをしない限りは。

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