恋に奥手な音無くんと

かこ

恋が芽吹くまで

 初めて、目に止めたのは去年の文化祭。展示している俺の書を眺める君の横顔やった。

 廊下の一番端っこの教室で、じっくりと見る人は稀だ。難解な文字を読み解いとるんかな。たまたま見つけたてんとう虫を見続けるような気持ち。

 雲のように進む目がふと止まった。俺の書の前で。

 眦がやわらぎ、自然と笑顔が咲く。野原の何処かでひっそりと花開くような横顔が胸の中にある何かに触れた。

 その一時、呼吸をしていなかったと思う。思い出した頃に瞬きをすれば、殺風景な展示に戻ってた。

 夢かと思うには一瞬で、幻というには鮮明すぎる横顔は現実、だった、はず。


❊。* 𖡼܀❊*


 名前もクラスも、学年も知らん彼女と春には再会を果たしとった、と知らんかった俺はあくびを噛み締めた。机に忘れたプリントを朝礼までに終わらせるために早起きをしたからだ。

 ゴールデンウィーク明けの朝日がまぶしすぎる。


「美化委員も大変やなぁ」


 そんな声に導かれるように、何気なく顔をあげた。寝ぼけた頭が一気に覚醒する。

 花壇に水をまく横顔は、あの時と同じもんやった。見るもんは書から花に変わっとるけど、あの小さな笑みを見間違えるはずがない。

 浮き足だったまま教室の窓から眺めとると、仕事を終えた彼女が校舎に入った。あ、下駄箱にいたら、学年もクラスも、もしかしたら名前もわかったのに。いや、そこまでしたらストーカー……か?

 一人悩んでいると、さっきまで見とった彼女が俺のいる教室に足を踏みいれた。少し驚いた顔をして、軽くお辞儀をされる。

 同じように返したが、表情は固まっていた。

 嘘やろ。同じクラスだったんか。肩につくかつかないかの髪型、多すぎんか。正直、ボブとセミロングと境目がわからん。

 そんなこんなで朝早くに来た理由を忘れとって、怒られた。


❊。* 𖡼܀❊*


 気付くと夏海なつみを目で追う自分がいた。やっと名前もわかったのに、声をかけたことはない。

 鬱陶しい雨が続く中、今日の彼女はポニーテールだ。動きに合わせて揺れる髪先はどんな触り心地なのだろうか。


「ちょ、メグ」


 無意識にのびていた腕を捕まれた。

 ポニーテールが過ぎ去っていく内に自分がしようとした行動を冷静に分析する。


「……やっぱ、問題ある?」

「おんまえ、あぶなっかしいな。順序ってもんがあるだろ、順序ってもんが。恐がらせる前に、声かけて来いよ」


 くされ縁穂高が、髪型をたずねた時の妹と同じ顔をした。

 呆れ顔を見返しつつ、しばらく考えてみるが、いつもの終着点に行きつく。


「……声をかける理由、なくない?」

「コミュりょくマイナスめ」

「んなことない」

「あ? じゃあ、行ってこい」

「話す前に触りそう」

「付き合うまで触るの禁止な」

「え」

「え、じゃねぇーよ。禁止ぐらいがちょうどいいだろ」


 まぁ、と流したら、花の名前をたずねた時の妹と同じ顔をした。


❊。* 𖡼܀❊*


 何も変化もなく、ふた月ほど過ぎて、思わぬ幸運が転がり込んできた。夏海の後ろの席を当ててしまったのだ、俺ではなく、くされ縁穂高が。


「ポニーテールを掴める特等席を手にしたってわけだ」


 うらやましくて、冗談にのる気にさえならんかった。


「ごたごた考えるのやめて、玉砕しろ」

「やだ」

「じゃ、俺が仲良くなっても文句言うなよ」


 押し黙る俺とは逆に、穂高はとても楽しそうだ。くされ縁は押し殺した声で笑った後、特等席を俺にゆずってくれた。

 どさくさで手に入れた場所で、ポニーテールを一日中、心ゆくまで眺めた頭を冷やせ、とでも言うように雨が降り始めた。机に置きっぱなしの折り畳み傘の存在を思い出す。

 変わったばかりの俺の前の席で、触れたくても触れられない横顔が外を眺めとる。

 雨雲のせいか、影が濃い。あの笑顔の欠片も見つからん。

 さみしそうな背中に一歩、近付いた。あんなに理由を探していたはずなのに、するりと言葉が出る。


「帰らんの」


 見開いた目に臆病な自分は映したくないと誓った。


❊。* 𖡼܀❊*


「夏海、帰ろ」

「うん……わっ、急に手ぇ引かんといて」

「俺がつなぎたいし?」

「ま、また! そーゆーこと言う!」

「慣れて?」

「なっ慣れんわぁ」


 そんなこんなで、この二人は十年後に結婚します。


❊。* 𖡼܀❊*


夏海さん視点はこちら。

『音無くんの溺愛はつたない』

https://kakuyomu.jp/works/16817330659568000788


音無くん視点のクリスマス編はこちら。

『愛を知りたい音無くんも』

https://kakuyomu.jp/works/16817330667717455310


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