第三章 過ぎ去りし日々の記憶

 仕事を持つとはいえ、特別な事情がない限り幼体の邪神たちは基本的に最低賃金で週三日しか働かない。


 大人たちも休む土日を抜かした二日間は児童館で遊んだり学んだりする。


 定年退職をした春平も再雇用扱いなので時々、幼体たちに簡単な武術や昔の遊びを教えた。


 ゴル・ゴロスの身元引受人は園田というヨガを教える男性講師である。

 彼は本場インドでヨガを習得していて、彼が講師の時は妙に女性が多い。


 最初、ゴル・ゴロスはただ、窓辺で空を見ていた。


――ゴルちゃんは優しいのね


 沙耶からもらった言葉が胸に残り、ほんのり温かい。


 初めての賞賛だった。


 思い出すと顔が歪む。


「よう、横いいかい?」


 そこに幼体たちにお手玉を教えていた老人がやってきた。


「……うん」


 この時のゴル・ゴロスの知能は幼稚園児程度だ。


 老人は変な服を身に着けていた。


 後に着流しと呼ばれるものだと知る。


 その袖から細長い袋を出し細長く先が曲がっている筒を出した。


 煙管である。


 老人は、そこに変な匂いのする何かを詰めマッチで火をつけた。


 マッチは指を焼く前に携帯灰皿に入れ揉み消す。


 煙臭い。


「変な臭い」


 思わず、ゴルは鼻(?)に手を当てる。


「わりぃね。この世界まで禁煙ブームが来てさ……窓辺しか吸えねぇんだ」


 そう言って老人はいたずら小僧のように笑った。


「まあ、爺様の楽しみだと思ってくれ……俺は平野平春平」


「ひらのだいらしゅんぺい? 変な名前だね」


「俺の養父おやじさんが付けた名前さ……ゴル・ゴロス」


「僕のことを知っているの?」


「だって、君だけだぞ。遊ばないのは……」


 そう言って春平は長いため息を煙と共にはいた。


「あー、春平。また、煙草吸っている!」


 別の声がかかる。


「いいじゃねぇか……老人の楽しみだぞ」


 現れたのは緑のゴルより少し大きい体、茶色い小さい羽、細長い黒目、垂れ下がった太い三本の触覚……


「ワシ、クトゥルフ。そこで煙草ぐらいしか生きがいのない爺様に世話になっとる……」


「僕はゴル・ゴロス……」


「じゃあ、ゴルちゃんでええな」


「え?」


「これからウボさんちで『ファミコン探偵クラブ』をみんなでやるんやけど、ゴルちゃんも一緒に行こうや」


 ゴルは思わず、春平を見た。


 老人はのんびり煙管で吸った煙を輪にしていた。


「行っといで。四時までには戻れよ」


「ほな、行こう」


 そこから、クトゥルフとゴルは知り合い、他の邪神たちなどと交流が始まる。

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