3 それって、地下遺産課の仕事?(前編)

 六月ろくがつ

 カラッとしたあつさのもあったにはあったけれど。

 あめだ。

 雨。

 おお雨。

 附属ふぞくこうのための演習えんしゅうじょうには、大きな水溜みずたまりが出来できて、はつのまままっていた魔術まじゅつ遺産いさんかおしたこともあった。


 なん派兵はへい中断ちゅうだんしたのはいっ週間しゅうかんだけだった。

 つぎの部たい編成へんせいされ、魔術遺産をしょしにってしまう。

「シロップはいよね。

 学校がっこうのこれてさっ」なんて、どうから口々くちぐちわれてしまった。

 ここは、「学校」なのだろうか。

 わたしはそうはおもわない。

 思っていたかもしれないけれど、もう思えなくなった。



 砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してんかいにも、「暗視あんししつ」のようなくら部屋へやがある。

 でも、大ぜいの行いん出入でいりして、作業さぎょうしているのに。

 おん

 ここまでしずかなオフィスも無いだろう。

 まあ、静かさをきそうのが仕事しごとではない。

 一こくはやく、魔術遺産を処理しょりしていかなければ。

 それが少年しょうねん兵として、クレメン統領とうりょうこくにゅう国した、わたしの使めいだ。


 暗視室。

 ひとがいかろうじて見えるのは、かべにはられた地図ちず

 シアン市内しない全域ぜんいきの地図と、シアン市中央ちゅうおうの市がい地図。そして、クレメン統領国ない全域の地図。


 シルヴァーノ・ソーレとわたしはび出されたとおりに、地階からやって来た。

 地遺産の課ちょうからの任務にんむ指示しじでは無い。

 暗視室のおさ、クレート・クレモンテ……いや、ちがった、えーっと、クレート……クレートはっている。


 あっ、クレート・トレモンテ!

 かれ部下ぶかからのび出しだ。

 諜報ちょうほう活動かつどう協力きょうりょくするのだろうか……。

 もっと危険きけんな魔術遺産の処理をさっさとはじめて、さっさと国へ帰還きかんしたいのに……。


 キャシーン、キャシーン。

 いやおとがする。

 みみざわりで、思わずかおをしかめた。

「シアン市庁舎ちょうしゃ周囲しゅういで、魔術遺産をたん

 成年者せいねんしゃが魔術使用しよう制限せいげん区域くいきで、魔術遺産を使用ちゅう

 ただちに行員をきゅう行させろ」

どもが玩具おもちゃわりに魔術遺産をげてあそんでいるんです。

 からっぽのものがほとんどなんですが。

 に合うといですね」


 ドーンッ。

爆発性ばくはつせい魔術遺産か。

 だから、おやは子どもからはなすべきじゃ無いんだ」と、あたまかかえた行員は監視かんしだいからはなれて、あたまきむしった。

 ここから、市庁舎の方面ほうめんからさけごえこえてこないだろう。爆発音以降いこうなにも聞こえない。


 ザザーッザッザッ。

 キュイキュイキュイン。

 ジジジジジーッ。

 <……しゅうだ!げ……>

 ザザーッ。


「ラジオじゃ無いな。

 盗聴とうちょうか?」

 ソーレのいかけにこたえない、魔術機器を繊細せんさいつきで調整ちょうせいする行員たち。

 さきほどまで、無音だったのに、だれかが「盗聴情報じょうほう共有きょうゆうをおねがいします」と宣言せんげんした瞬間しゅんかんざつ音交じりの音せい部屋へやのどこかにあるスピーカーからながれ出す。


 <とっ……>

 <……めでとう、しょくん

 <まねかれざる平和へいわ乾杯かんぱい

 <偽物にせものの平和に乾杯>

 <子どもだけか?>

 <写真しゃしんれたか?>

 みんなせいめて、流れて来る音声にしゅう中している。

場所ばしょは、ババひろ場の、営業えいぎょう停止ていし処分しょぶん中のカフェ『フランコ』です」

 一斉に、なにかを議論ぎろんし始めた。


 けれども。そのはなしくわわらない行員がわたしたちにちかづいて来た。

「これは、これは。

 地下遺産課のソーレふく課長ではありませんか!

 そして、優秀ゆうしゅうな魔術師シロップですね?」

 ニッコニコなせい年がわたしたちに握手あくしゅもとめて来た。

「……がいですね。少年兵をべつする方々かたがたがほとんどですよ?」

戦争せんそうおもてきにわりましたよ。

 これからは国際こくさいしなければ、クレメン統領国ものこれません。

 外国人がいこくじん排斥はいせきをしても、絶対ぜったいに、くにゆたかになれませんから」

「君のような人間にんげん外務がいむしょう職員しょくいん外交官がいこうかん適任てきにんでは?」

 ソーレが青年をめた。

 それなのに、青年は残念ざんねんそうな顔をしてみせる。


「ソーレ地下遺産課副課長。

 わたし食事しょくじやティータイムよりも、『密談みつだん』の盗聴が大好だいすきなのです。

 世界せかいじゅう言語げんご独学どくがく勉強べんきょうつづけるのも、内緒ないしょばはんしはなかせる人間が大好きだからです!

 嗚呼ああ自己じこしょうかいがまだでしたね。

 私は、スピナッチ・ポモドーロ暗視室長補佐ほさ官です」


 嗚呼、この人、変態へんたいだ。

 どっか、あたまのネジがゆるんでいる。ガバガバだ。

 まあ、こういう人を許容きょよう出来る国だから、国力こくりょくをすぐ増強ぞうきょう出来るんだ。

 そして、おそらく、めいだ。

 危険きけんな職務にじゅうしているのだろうと、簡単かんたん想像そうぞう出来る。


「盗聴は、市内です。

 砂糖銀行シアン支店周囲のさんてん

 メリンゲどおりの店舗。

 そして、ババ広場のよん店舗。

 カフェと食堂しょくどうこえひろっています。

 新聞しんぶんだけでは、シアン市はよくわかりませんから」


 ババ広場は、クレメン統領国内かくにある、「地域の顔」だ。

 せつ行事ぎょうじまつりまいしゅうまつの市場としても活用かつようされている。

 シアン市のババ広場も大きな広場で、そこをかこむように、図書としょかん、砂糖銀行、市庁舎がある。

 そして、その建物たてものうように、大通りやみちりょうで使うようなあみの網のようにめぐらされている。


 メリンゲ通りはほうしょくふく飾、けいなどの高級こうきゅう店がならぶ。その店も外壁がいへきが真っしろで、メレンゲ菓子がしのようにかがやいている。


 そのうち、べつの誰かがわたしに話しかけて来た。

 かれは、てつぐみらしく血色けっしょくわるい顔色の青年だった。

「ポモドーロ補佐官の補佐をしております、暗視室所属しょぞくのボネともうします。

 そちらは、ヴィーニュおう国の新聞です。

 何故なぜか、どこの新聞しゃも、真っ白なデブねことガリガリの黒猫のなんですよ。

 貴方あなた意見いけんをおきしたくて。

 これは、ビーニュで流行はやっていたキャラクターですか?」

 ボネは「使えないヴィーニュ少年兵にたよるのは億劫おっくうで」とこぼした。

 ……どういう意図いとで「使えない」と言ったのか。

 戦とう能力のうりょくの無い無力むりょくな少年兵。

 敵国てきこく感情かんじょう正確せいかくこたえをおしえなさそうな少年兵。

 前線ぜんせんくための前線教育きょういくしかほどこされていない、少年兵。

 まあ、どれでも、あまりわらないか。


「ソーレ、この質問しつもんに答えてもい?」

「……そんなに問題もんだいあるのか?

 可愛かわいらしい、絵じゃ無いか。

 子どもけのラジオ放送ほうそう宣伝せんでんじゃないのか?」

 ソーレはらくにそう答えたが、もうポモドーロ補佐官の顔がくもった。


はんせいしゅたかまり。

 ビーニュの王じょと少年兵のふうですね。

 一めんトップ記事きじで、ヴィーニュ少年兵のはじめてのぼうつたえています」

「じゃあ、ガリガリの黒猫は?」

「わたしたち少年兵です。

 こっちの白のデブ猫は、王女です」

「な・る・ほ・ど」

 なんも、何度も、うなづくポモドーロ補佐官。



 久々ひさびさの母国の新聞。

 ソーレはポモドーロ補佐官と「こみった話」をしているので、わたしは一紙いっしばしみしていく。


 フラ王女、王きゅう宰相さいしょう執務しつむ室にて一方的いっぽうてき乱闘らんとう暴力ぼうりょく行為こうい

 宰相は目を負傷ふしょうし、執務を一時いちじめている。

 そうかれてあった。


 フラ王女。

 新聞のりゃくし方。

 本来ほんらいなら、略していない。

 嗚呼、戦争が終わったから、不けいでも、つみわれなくなったんだ。

 検閲けんえつあまくなっている。

 フランジュ王女。

 わたしたちヴィーニュ少年兵のことなんて、もうわすれているだろう。

 わたしたちが何人なんにん死んだかかぞえているとしても。

 それは、おちゃかいでの、しゅくじょらしい、「みつごと」のたぐい

 菓子がしか。

 チョコレート一粒ひとつぶか。

 わたしたちのき死にはやすあつかわれていそうだ。

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