2 場違いな善意(後編)(ヴィーニュ王国カンタン・クノー宰相視点)

 王宮おうきゅう宰相さいしょう執務しつむしつに、侍女じじょがしら近衛このえ騎士きしがやって来る。

 彼等かれらも、黒い服装ふくそうである。

 宰相秘書ひしょかん応対おうたいしているが、訪問ほうもん予約よやくけていない。

「フランジュ王女おうじょ殿下でんか単独たんどく公務こうむけんでおはなしがあるとおえでございます」

「王女殿下の単独公務?

 そのような予ていはございませんが」

 私は侍女頭と近衛騎士に退室たいしつうながしたが、「王女殿下のつよいお気持きもちでございます。どうか、不敬ふけい態度たいどはおやめくださいませ」とくぎされた。

 どこが不敬なんだ。

「しかしながら、こちらは国王陛下にわって、国務こくむちゅうです。

 王女殿下の父君ちちぎみに代わり、国をまとめる大事だいじ作業さぎょうでございます。

 さらに、すならば。

 王女殿下の公務にかんして、私は関する立場たちばにございません」


 お行儀ぎょうぎわるく、とびら両手りょうておもり、おとてて、ける。

 お辞儀も無しに。

 こちらが言葉ことばをかけるまえに。

わたくし一人ひとりで。

 クレメン統領とうりょうこく奮闘ふんとうする、彼等かれら

 ヴィーニュ少年兵のもんをしたいのです!」

 そう宣言せんげんした、少女しょうじょのドレスは黄金おうごんのストライプのドレスだった。

 もちろん、左右さゆうそでにも、ド派手はで髪飾かみかざりにも、喪章もしょうは無い。

 もちろん、手袋てぶくろは黄金いろ

 くろい手袋は使用しようしていない。


 王女殿下はあおざめたかおではなく、赤く高揚こうようしていた。

 なんたるはじさらし。

 我等われらおうおさめる、ヴィーニュ王国の、戦後せんご唯一ゆいいつがい部隊ぶたいからはつ死傷ししょうしゃたというのに。

 なみだひとながさず、おびえず、まるで「戦争せんそうつ!」と意気いきんでいた、かいちょく後の王市民しみんわらないでは無いか。


「それは殿下のおさまじみた我儘わがままですよ。

 少年兵は貴方あなたいたくて、貴方にめてもらいたくて、外国で魔術まじゅつ遺産いさん処理しょりしていません。

 はやいえかえりたいから、魔術遺産を処理しょりしているのです。

 貴方に謁見えっけんするひまがあったならば、一つでもおお危険きけんな魔術をつぶすのです」

「でも!

 国際こくさい条約じょうやく調印ちょういんしたわたくしだからこそ、はげますことは出来ます!

 何だったかしら……えっと、魔術の条約じょうやく


 ……殿下は、はん魔術遺産条約の名称めいしょうそのものをわすれられていた。


 秘書官は、侍女頭と近衛騎士に、「いつも家庭かてい教師きょうしに何をおそわっているのですか?」とっていた。


世界せかいうごかすための国際こくさい条約に調印ちょういんなさったのに。

 殿下は何に調印なさったかおぼえていらっしゃらないんですか?」

「だって、はじめての経験けいけんだったんですもの!

 公式こうしきというか、全然ぜんぜん活躍かつやくする、素敵すてきな公式なかんじはしませんでしたし」

 真っ赤な扇子せんす下品げひんに、ひるがえる。


「ねえ、宰相かっ

 私がかれ等のまえ国歌こっか独唱どくしょうしたり、歓談かんだんしたりすれば、きっと!」


 ガチャンッ。

 扉が開いた。

 王女殿下に黙礼もくれいして、密使みっしが私にって来た。

 王ぞくを前に、はしるなど、平時へいじでは不敬にひとしい。

辞退じたいです」

「……やはりな」

「何かしら?

 見せなさい」

「殿下が関与されることはありません」


 王女殿下は手ににぎっておられた扇子で、文書ぶんしょまもろうとした密使のほほをはたいた。

 私がめにはいっても、私ごと密使をたたつづけた。

なんですって!

 王女である私にさからうのですか!

 無礼ぶれいもの!」

 侍女頭と近衛騎士は何もしない。

 茫然ぼうぜんとしている。


「貴方さまは、貴族きぞく令嬢れいじょうとの茶話さわかいで、『単独公務でヴィーニュ少年兵の慰問を計画けいかくしている』とって、同情どうじょうさそいましたね。

 それをきつけた、退役たいえき軍人ぐんじん協会きょうかいの、今回こんかい表彰ひょうしょう予定者たちからの、陳情ちんじょうです。

『フランジュ王女殿下の慰問で、ヴィーニュ少年兵に勲章くんしょうじゅ与をしてやってしい。

 戦争を続けた大人おとなたちが少年兵よりもさきにもらうわけにいかない』と」

 私が暴力ぼうりょくけた密使に「今すぐ、王宮長官ちょうかんに扇子のことを報告ほうこくし、官にてもらいなさい。そして、王宮警察けいさつを執務室へんでくれ」とすすめ、退室をうながす。

「退役軍人協会のパーティーも、今後こんご自粛じしゅくするそうです」と密使は文書にくわえられなかった最新さいしん情報じょうほう口頭こうとうで追加した。


「貴方の、軽率けいそつな、言動げんどうが、戦争でたたかったすべての兵士へいしを、侮辱ぶじょくしたのです。

 もう、つつしまれてもおそいでしょう。

 私から何かをただすことはございません。

 手にえぬ事案じあんとなりましたよ」

 私がさじげたあと、すぐに何かこえて来た。


「国際条約に背伸せのびして調印して、ご機嫌きげんだった」

条文じょうぶんまずに調印したのだろうな。

 当時とうじ緊張きんちょうはしていたが、今はもうはな高々たかだかでいらっしゃる」

今日きょうもどこかへおちゃ会にってるだろうさ。

 おなどしの子は空襲くうしゅうさった硝子がらす摘出てきしゅつ手術しゅじゅつ順番じゅんばんちだって言うのに」

 執務室にめんした大廊たいろうから、皮肉ひにくのこもった噂話うわさばなしが聞こえてくる。

「私はここにおります!

 私を侮辱ぶじょくするのはどなかですか!」


 執務室の扉がすぐに開けられ、私の存在そんざいづかずに、田舎いなか騎士堂々どうどうと殿下に意見いけんした。

「貴方を守ってあげている者ですよ。

 王宮前はひど暴動ぼうどうきています。市街しがい略奪りゃくだつおこさず、しょ民が貴方にかってガラスの破片はへんを握って、抗議こうぎして、だらけです。

 連日れんじつの、『硝子運動うんどう』をご存知ぞんじ無い?

 おしあわせなおとぎ話のお姫様、ですね」

「王宮から出て行きなさい!」

 公務をしたいと我儘を言っていたのに。そんなことも忘れて、くちわるい田舎騎士と喧嘩けんかはじめた。


「扉をめてくれ。

 礼儀れいぎがなっていない子どもにも、騎士どうはんする騎士にも、対応たいおうは出来ない」

 しかし、その前に、王宮警察がってしまった。

 フランジュ王女殿下と侍女頭、近衛騎士は、田舎騎士の目の前で、手枷てかせ拘束こうそくされた。

 宰相に文書を届けた公務中の密使に暴行ぼうこうはたらいたのだ。

 公務中ではない王女殿下はそれ相応そうおうつぐないが必要ひつようになる。

 王宮内の公務妨害ぼうがい国家こっか反逆はんぎゃくざい直結ちょっけつする。

 まあ、反魔術遺産条約調印をしているから、国王陛下にてられない可能性かのうせいはあるが……。

 あの田舎騎士等は興奮こうふんして、私にあたまげずに執務室をび出していった。

 明日あすのミルデュー新聞しんぶん風刺ふうしは、手枷をしたデブネコになるだろう。


 ガリガリの黒猫どものなか一匹いっぴきだけの、真っしろなデブ猫にするはずだ。

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