4 ヴァカンス(義肢職人スカラベ・オス視点)

 ミエルのもと同級生どうきゅうせいはなしをヒソヒソはなしていると。

 きゅう来客らいきゃくがあった。



 このくにぐん関係者かんけいしゃのオルガとジェルマンがいえにやってた。

 このときは、さすがに、「むすめ戦死せんし」を一瞬いっしゅんでもうたがってしまった。

 しかし、彼女かのじょかれ持参じさんしたものは娘の遺体いたい遺骨いこつではかった。


「ユニコーンのつの返還へんかんまいりました。

 あちらの秘匿ひとく施設しせつ職員しょくいんが。ヴィーニュ少年兵しょうねんへい入国にゅうこく審査中しんさちゅう貴方あなたのおじょうさんからぬすんだことを、みとめました。

 危険きけん魔物まもの部位ぶいです。

 しかし、窃盗せっとう直後ちょくご紛失ふんしつしてしまって、うばかえしたと疑われたお嬢さんはかなりひど尋問じんもんけたようです。

 ユニコーンの角は捜索そうさくされて、無事ぶじ発見はっけん。こちらへもどすことになりました。

 お嬢さんはまだ帰還きかん出来できませんので」

 一足先ひとあしさきに、やっかいなユニコーンの角だけ、もどって来た。



 この国の、義肢ぎし職人しょくにんどもの誕生たんじょうおくものはユニコーンのぬいぐるみだ。

 本物ほんもののユニコーンの一角いっかく仕入しいれて、ぬいぐるみの綿わたいて、しこんである。


 ヴィーニュ王国おうこくとクレメン統領とうりょう国のか国かんで、儀礼ぎれい捕虜ほりょ交換こうかんおこなわれているが。

 そのさいに、クレメン統領国がわが。あるいはそのまえに、ヴィーニュ王国側が不思議ふしぎなユニコーンのぬいぐるみにづくだろうとおもった。

 娘がわざわざちこみのかず制限せいげんがある私物しぶつひとつに、えらんだ。

 あのユニコーンのぬいぐるみは問題もんだいになるのは、わかっていた。

 ぬいぐるみなのに、角の部分ぶぶん異様いようかたいのだから。


「貴方は、あの子のあねでは無く、妹であるあの子の派兵はへい打診だしんしましたね?」

「それがなにか問題ですか?

 にゅう国してものこれないような長女ちょうじょよりも、ちから強過つよすぎる女のほうがふさわしいでしょう」

「あのユニコーンの角は、戦争せんそうわらせてくれたクレメン統領国への『みつもの』のおつもりですか?

 貴方もミエルも、それぞれがくに英雄えいゆう

 元てき国への軽率けいそつ行動こうどうは、どうかおひかえください」

 しかし、義肢職人の風習である「ユニコーンの角守り」には両国も干渉出来ないはずだ。


「……だからだよ。

 戦でも、まだお目付めつやくさんんでいない。

 御前おまえたち若者わかものまれながら、目が死んでいる。

 そんな御前たちに、あの子をどうこう出来るはずも無い。

 あの子は、たった一人ひとりで、世界せかい魔術まじゅつ戦争をたたかっていた。

 戦闘せんとう地域ちいきのパント義肢かんに、戦火せんかしていたんだ。

 わかるだろ?」



 わたしまよいなく、義肢館の地下階ちかかいへと案内あんないする。

 義肢職人と、つくっている途中とちゅうの義肢を退避たいひさせる避難所ひなんじょ。そのほかに、倉庫そうこ資料しりょう庫、そして、あの空間くうかん

「ここがミエルの実験室じっけんしつだ」

 ミエルがどうやったかはらないが。いや、ミエルも知らないか。

 ミエルがれてかれたあと、ここへ来てみたら、もぬけのからになっていた。


なにも無い、ただの部屋へやじゃ無いですか?

 ふざけないでください!」

 ヴィーニュ軍関係者は憤慨ふんがいする。べつに、からかっているわけでは無いのに。

「あの子は義肢希望きぼう者のうしなわれた身体からだいち部を完全かんぜん復元ふくげん召喚しょうかん複数回ふくすうかいかえしていた。

 どうやって、き飛ばされたのか。

 どうやって、『魔術混乱こんらん』でひと身体からだたもてなくなったのか。

 どうやって、瓦礫がれきつぶされていたのか。

 あの子は自分じぶんの目とみみはだで、さぐるしか無かった。

 職人のだれも、あの子に指導しどうする時間じかんは無かったからだ。

 だが、あの子はちゃんと義肢を作っていた。

 あの戦争実験にかんしては。戦中であれば、人道的じんどうてきおこないとして、一生いっしょう刑務所けいむしょ厳重げんじゅう独房どくぼうで魔術使用しよう制限をけて、ぬまで、何もかんがえることもゆるされないごく生活せいかつおくっただろう」

 そこへ羽虫はむしがユラユラと呑気のんきに、何も無い空間へやって来たと思ったら。

 私たちよりも空間のおくへ飛んでいった。

 そのちょく後。


 ベーン、ベレレレレ-ン。


 何か伝統でんとう楽器がっきげんいたようなおとひびいた。

 羽虫は人の右手みぎてひだり手のようなかたちになったとおもったら、爆散ばくさんした。

 だが、羽虫の欠片かけらも、人の欠片も、空間にはのこらなかった。


「世界魔術戦争。

 あの子のあたまなかにはかいまえから、見えないフレシェットがさりつづけた。

 あの子は義肢職人のかがみでも、人道主義しゅぎ者でも無い。

 英雄えいゆうなんて、言葉ことばあそびはやめてもらいたい」


 来客二人は何も言えないまま、かたまっている。

「戦争の空い過ぎたあの子には。

休暇ヴァカンス』が必要ひつようだと思わないか?」

 私は軍関係者にいかけた。

 わかいオルガは軍人らしからぬほどおびえていて、ブンブンくびたてにしてうなづいた。

 しかし、沈黙ちんもくつらぬいていたジェルマンがとうとうボソッとくちひらいた。


「これは……報告書ほうこくしょにまとめられないな」

無難ぶなんに、たのむぞ」

 私は、ジェルマンの無表情むひょうじょうの中にも、なやましな表情を見つける。


 私は軍関係者を連れて、地じょう階へと戻ることにした。


 ふるいが、頑丈がんじょう階段かいだんへ戻るだけだ。

 私たち三人が空間にけた瞬間しゅんかん


 ゴドンッ。

 ちいさなひつぎ足元あしもと落下らっかした。

「ヒッ!!」

 オルガなんて、幽霊ゆうれいやおけにおどかされたように、kあおきつらせて、ジェルマンにきついた。


 ポフンッ。ポフンッ。

 本物の角が私のうでの中でおどっている。

 ボロれが棺がシュルシュルと棺の隙間すきまから出て来て、私の腕の中にあった角をつつむ。


 ヒラヒラッ。

 ヒラヒラッ。


 あっというに、ボロ切れはシーツへと変質へんしつする。

 しろなシーツをかぶった何かが、シーツから一角だけをき出している。

「ユニコーン。御前はんだんじゃ無かったか?」

 からかうように、私はシーツを被ったミニユニコーンの問いかける。

 しかし、ミニユニコーンは私に何度なんどせてみせる。

 私の手には、愛用あいようの魔術工具こうぐにおい。ユニコーンの臭いがするからだろう。


「御前にもヴァカンスが必要だな。

 良い旅をボン・ヴォヤージュ


 角が出ている真っ白なシーツは人の手をはなれて、行ってしまう。

 ひづめける音はしてこなかった。

 パタパタッ。

 シーツがかぜではためくような、音がした。

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